刀夜は自分の手を引いて歩く雅を見て少し頬を赤めていた。

前を歩く人物が素敵に思えてしょうがないのだ。

困った時に助けてくれるなんて、そう、まるおとぎ話の王子様のようではないか。

…なんて都合の良いようには解釈はしない、単にカッコイイと思ったのだ。


刀「桜野、さっきは…ありがとう」


すると雅は足を止めて、刀夜を見た。

そして深ーく溜息を付いた。


雅「まったく… 心配掛けさせないでよ」

刀「ご、ゴメン 黒静が来るなんて思わなくて」


刀夜が申し訳無さそうな顔をしていると、雅は彼女を握る手の力を強めた。

そしてもう片方の手で刀夜の頬をムイッと摘まんだ。


刀「…ふぇ?」

雅「危ないと思ったら逃げないと、キミは女の子なんだよ?」

刀「でも、黒静はカズキの友達だし…」

雅「友達でも家族でも他人である事に変わりは無い、僕だって同じだ」

刀「桜野は僕を助けてくれた」

雅「っ…」


刀夜は雅の手を握り返して、彼の顔を覗き込むように見上げた。

前髪の間から見える澄んだ瞳が雅の心を捉える。

目が合った瞬間、胸が締め付けられるような思いがした。


刀「自分の身は自分で守れるから大丈夫だよ、次は気をつける」

雅「……」


そう言って雅の手を離した。

雅はそんな彼女に笑顔を見て、胸に何かが突き刺さるような感じがした。


本当は、彼女の安息など望んではいけない筈なのに。

しかし今頃後悔しても、もう遅い。

雅は “恋”というどんな麻薬よりも厄介なものにハマってしまったのだから。


刀「教室戻ろうかw」


そんな彼女の笑顔が眩しかった。










東「あっ黒静!何処行ってたんだよ!!探したんだぞッ?」

黒「悪い… ちょっと野暮用を思い出してな」

佐「珍しいわね、黒静が単独行動なんて」

八「そうか?コイツしょっちゅういなくなるじゃん」

彩「何にしても見付かってよかったね、教室戻ろうか?」

東「そうだなっww」


カズキの無邪気な笑顔を見て、黒静は目を細めた。


彼は刀夜と雅を危険視しているが、彼女は違う。

彼女等を怪しむような素振りは全く見せない。


黒「カズキ、放課後如月刀夜に会いに行くのか?」

東「んー、多分な」

黒「俺も一緒に行く」

東「何で?もしかして刀夜に惚れた?」

黒「違う」

八「あっ 俺も行くぞカズキ!刀夜に会えるチャンス!!」

彩「私も行きたいな」

佐「右に同じ」

東「はははwじゃあみんなで押し掛けるかっ」


カズキ達は楽しそうだったが、黒静は険しい表情を見せていた。


黒「(今は情報を集めるしかない…)」













闇より深いような場所で、雅は鬼の頂点となる鬼王の前で跪いた。


鬼王は老人のような姿をしていて、とても生きているなんて思えない。

しかし地鳴りのような呼吸をして、目を泳がせている。


「………雅… 何処にいる」

雅「此処におります、鬼王様」


鬼王はまだ完全には復活していなかった。

その為、視力が赤ん坊以下、10cm先のモノすら見えない。


それでも手を動かして、雅の頭に手を置いた。

そして子供を宥めるように、優しく撫でた。


「今や我が子はお前のみ… 頼りにしているぞ」

雅「…はい」


雅はその手の感触を感じて、何とも言えないような悲しい気持ちにさせられた。


この人の頼れる鬼は、今や自分しかいない。

でも彼は、鬼王の宿敵・鎖姫を好きになってしまったのだ。

それが胸を潰すような罪悪感を生んだ。


「早速だが、お前に頼みがある」

雅「何でしょう」

「鎖姫の、側近を数人連れて来い」


雅は「は?」という顔で鬼王を見上げた。

鬼王は薄っすらと不気味な笑みを浮かべている。

鳥肌が立つような冷たい笑みだった。


「兄弟がいないのは寂しい事だ お前に弟と妹を作ってやる」

雅「…鬼化させる気ですか?」


鬼化というのは文字通り、普通の人間を鬼にする行為だ。

鬼殺生や天生・地生、彼等も元は普通の人間で、鬼王の手によって鬼になった者だ。


「嫌か?」

雅「い、いえ」

「それとも、お前には出来んか?」

雅「!」


雅は今日見た刀夜の笑顔を思い出した。


刀夜の側近という事は、刀夜の友達という事。

その友達とは、あのカズキ達以外いない。

もしカズキ達が鬼になったら、刀夜は傷付くだろう。

それこそ、今までの鬼に傷付けられた時よりずっと深い傷が…


そんな事したら、刀夜はもう笑う事も出来ないかもしれない。


雅の心は揺れていた。


「お前の、好みの者を連れて来い 明日だ」


雅を撫でている手に力が入った。

それが恐ろしくて、彼の額から汗がにじみ出ていた。


雅はギリッと奥歯を噛んだ。


雅「……はい」





屋上にて…


東「えっとアタシが東條カズキで、こっちが彩女、こっちが佐智」

彩「み、宮井彩女です」

佐「梶原佐智です」

東「で、こいつが黒静、そいつは八雲」

黒「…黒静隼人」

八「芦川八雲ですっ!!」


それぞれが自分の昼食を食べながら適当に話をしていた。

カズキフレンズは刀夜が女だとは思わなかったらしく、少し驚いたような顔をしていた。


佐「刀夜って呼んで良い?あたし達のコトは呼び捨てでいいから」

刀「あ、うん」

彩「私のコトも彩女って呼んで」


客観的に見ると、クールで大人っぽい佐智・おっとりとしていて優しそうな彩女。

テンションの高いカズキをサポートするには相応しそうだ。



一方男性人の黒静と八雲。

八雲は目を輝かせて刀夜を見ていた。

そんな眩しい目で見つめられる刀夜は困ったように笑っていた。


八「刀夜は可愛いなっ、今まで刀夜みたいな子がいるなんて知らなかったぜ」

刀「ははは…」

八「好きなタイプは?あ、それとも彼氏いる?」

刀「彼氏はいないけど…」


刀夜は少し首を傾げて考えた。

今まで自分の好みなど考えたコトがなかったので分からないのだ。

八雲はドキドキしながら刀夜の返事を待っている。

でも中々自分の好みを言葉に出来ない。


不意に隣にいた雅に目をやった。


刀「桜野…」

八「∑えッ!刀夜って桜野くんが好きなの!?」

刀「違っ、桜野みたいな人がカッコイイと思うって言いたかったの!」


なぁんだと八雲が笑うと何となく周りもつられて笑ってしまった。

雅と黒静を除いて。


雅は隣でかすかに笑っている刀夜の横顔を細い目でじっと見ていた。

その瞳はとても切なく、悲しい色をしているような気がした。


黒静は離れた所の壁に寄りかかって話を聞いていた。


その冷たい目は真っ直ぐ刀夜に向けられている…


東「ところで刀夜、あの時の妖怪みたいな奴って何だったんだ?」

刀「…え゛」

彩「妖怪?」

八「何だそりゃ、前言ってた未確認生命体の話か?」


刀夜は言葉に詰まった。

あの、刀夜にも良く分からないような生き物を、この一般人の彼女等に何と説明すればいい?

頭の中を必死で回転させて考えた。

しかし代わりになるような言葉が見付からない。


刀「え…っと」

雅「刀夜」

刀「へ、え?」

雅「そういえば僕 先生に呼ばれてたんだよね、ちょっと付き合ってくれない?」

刀「あ、嗚呼 いいよ、カズキごめん、また今度ね?」

東「分かった、じゃあ次は教室に遊びに行くね」

刀「…うん」


カズキの笑顔にほんの少し気が緩んだ。

今まで友達という物を持とうとしなかった刀夜は新鮮な気分にされた。

薄っすらと微笑んだ刀夜を見て、八雲は鼻血を吹きそうになっていた。


彩「刀夜って可愛いね」

佐「ツンデレならぬクーデレかしら…」


彩女と佐智はズズッとジュースをストローで飲んだ。


黒「妖怪…」


黒ブチの眼鏡の細い目が僅かに開いた。












刀「じゃあ桜野、僕は此処で待ってるから」

雅「ありがとう、すぐ戻るよ」


刀夜は職員室から少し離れた所の廊下の壁に寄り掛かっていた。

数人の学校生徒がスカートの下から伸びる美脚に目を留めて…


それでも全く気にしない刀夜はフゥ、と溜息を付きながら雅を待っている。


刀「(先生 桜野に何の用だろう… やっぱ転校生っていろいろあるのかな)」


そんな事を考えながらぼんやりしていた。


ついでに、雅の顔を思い浮かべて見覚えがあるような無いような、と考えた。

そう、どこか遠い昔のある日に、会った事があるような気がしたのだ。


刀「…っ!」


突然刀夜を頭痛が襲った。

グラッと目眩が襲って、立ってられなくなった。


頭の奥で何者かの声が聞こえる。

1人ではない、何人もの声が。

物凄い音量の人間の声が一度にワッと脳内に響き渡っていた。


刀「う゛っ…ぅあ゛あ゛ッ!!誰…誰…!?誰の声!!?」


?『……~………~~…』


刀「…!?」














『 姫… 』













「おい」

刀「っ!」


刀夜は我に戻って目を見開いた。


額は汗ばんでいて顔色も良いとは言えない。

そんな刀夜の前に現れたのは…


刀「こ…黒静隼人…」

黒「気分でも悪いのか?」

刀「だ、大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」

黒「そうか、ならお前に聞きたい事がある」


刀夜は汗を拭って呼吸を整えた。


刀「僕に?何が聞きたいんだい?」



ダンッ



黒静の拳が刀夜の顔のすぐ横に叩き込まれた。

壁はコンクリートにも関わらず、黒静は顔色ひとつ変えない。


真横に突如拳が現れた刀夜は咄嗟に身構えてしまう。

殺気を感じると同時に反応するようになってしまったようだ。


黒「お前は、何だ?」

刀「…は…?」

黒「背中が抉れるほどの傷を負ったのに入院もしないで何故此処にいる?」

刀「そ、それは…」


黒静の目を見た刀夜は背筋が凍るような思いをした。

その瞳の冷たさは、尋常じゃない。

同じ人間を見るような目じゃなかった。


黒「答えないなら、無理矢理吐かせてやろうか?」


そう言われ首をガシッと大きな冷たい手で掴まれた。

刀夜は思わず事態に動揺して反応が遅れてしまった。


しかし、黒静が刀夜を掴んだ手に力を入れようとした時だった。



「離せ」



低くて、頭の置くまで響くような深い声だった。


驚いた黒静は衝動的にグルンと振り向いた。

そこにいたのは、桜野雅。

彼の顔には表情こそ無かったが、相手に恐怖を抱かせるような威圧感があった。


雅「刀夜に触るな」


雅は、驚いたような顔で壁に寄り掛かっている刀夜の腕を取った。

そして足早にその場を立ち去っていった。



その場に残された黒静は、額から冷や汗が出ている事に気付いた。

雅が真後ろにいる事に、全く気付けなかったのだ。

彼が歩み寄る足音、ましてや気配など、微塵も感じなかった。


黒静は振り向いた瞬間に見た雅の瞳を思い出し、鳥肌が立った。


黒「厄介なのは月でなく桜の方か…」


そう言った彼の顔は、何故か笑っていた。





刀「ん…?」


刀夜が目を覚ますと、そこは学校では無かった。


半壊した我が家のベッドの上。

狐陽が運んだのだろうかと思い辺りを見渡すが、狐陽の姿は無い。

何度か呼んで見たが、彼女は現れない。


刀「…何処行ったんだろう」


いつも何かしら傍にいた狐陽。

見えなくなるコトはあったが、いなくなるコトは無かった。


刀「あ」


自分の制服に触れてやっと破れているコトに気付いた。

ブレザーもベストもブラウスも見事に使い物にならなくなっている。

困ったような顔をし、取り合えず着替えた。


刀「(明日の学校どうしよう…この制服じゃ行けないよなぁ)」


無残な姿になった制服を見て、う-んと頭を捻った。

そして深く溜息を付いて、あまり使っていないクローゼットを開けた。


刀「またコレを着るハメになるとは…」









とある建物の屋根の上。

半鬼のコト雅は、暗い空を眺めて考えていた。


刀「如月刀夜は女…」


今まで見ていた刀夜は甘っちょろい弱小少年。

しかし刀夜は少年ではなく少女だ。


傷を癒す為にやった行為が思わぬ真実を暴いてしまった。


雅はそのコトを思い出し、僅かに頬を赤くした。


強烈な印象が残ってしまい、刀夜の顔が頭から離れない。

憎い相手の筈なのに、考えれば考えるほど胸の鼓動は早くなって苦しくなる。


今思えば男にしては声が高いし幼い。

背もそんなに高くない上に体系が華奢過ぎる。

あの抉り出したい程の美しい瞳も、女性ならではだ。


「 桜野 」


あの優しい声が頭の中に響いてきた。

舌で感じた柔らかい肌の感触も蘇ってくる。


自分を見つめていたあの小さな敵は、声も姿も美しい。


思い出すだけで、雅を憂鬱にさせた。









翌日


刀夜はいつも通り登校して、教室の扉を開けた。

そしていつも通り刀夜に挨拶をしようとしたクラスメイトは唖然とした。

既に席に着いていた雅に関しては持っていたペンを落とした。


「き…如月、どうしたんだその格好」


嫌そうな顔をしている刀夜が着ているのは、紛れもなく女子の制服。

ヒラヒラのスカートを穿いていた。

今まで見えなかった足は細い上に長い。

それに元々女寄りの中性的な顔付きをしていた刀夜であるから、勿論似合う。


今まで刀夜を男子だと思っていた者もそうでない者も、思わず目を向けてしまった。


刀「(だから嫌だったのに…)」


声を掛けようとする奴等を無視して自分の席に着いた。

刀夜自信もカナリ落ち着かないよう。


「如月、お前女装趣味にでも目覚めたのか?」

刀「女装…?」

「すげぇ似合うぜっ!」

刀「はぁ…ありがとう」


口ではそう言っているものの、全く嬉しくなさそうだった。

刀夜は注目を浴びるのが苦手なのだ。


そんな中、横から視線を感じる。


刀「あの…、桜野…?」


刀夜の呼びかけで我にかえる雅。

驚きのあまりリアクションがとれなかったようだ。


雅「…どういう心境の変化?」

刀「いや、今まで着てた奴が破れたから仕方なく…」


聞かなくても雅はそんなコト知っている。

自分の目で見たのだから。


不覚にもその時のコトを思い出してしまい、口元を押さえる。


自分の胸を触られ見られた上に、舐められたなんて刀夜は知る由も無い。

というか知らない方がいいと思う。


刀「桜野?」

雅「…何でもない」


そんなポーカーフェイスには似合わない反応が、クラスの女子の反感を買った。


「何アイツ…今頃女ぶってんじゃねぇよ」

「ちょっと顔が良いからって調子乗ってさぁ」


女子達は刀夜を睨むように見た。


「邪魔」








「あんたマジでウザいんだけど」

「隣だからって図に乗んじゃないわよ」


案の定呼び出しを喰らった刀夜。

今まで男子の格好をしていたコトもあり、高校に入ってから女子と面と向かって話したのは初めてだ。


しかし緊迫した空気の中刀夜はキョトンとしていた。


刀「図に乗る…って、どの辺が?」

「はあぁ?」

刀「僕がこんな格好してるのは本来なら当たり前のコトだし、しかも僕はこのヒラヒラが大っ嫌いだからすごく不本意なんだよね。図に乗るどころかむしろ不愉快なんだけど」

「煩ぇし、雅くんの前でブリッ子すんなって言ってんだよ!」

刀「雅くん?(…って誰…)」


いつも桜野と呼んでいるから下の名前を忘れてしまっている刀夜。

シリアスな雰囲気が台無しだ。

というか日頃命がけで戦っている所為で危ない状況に慣れてしまっているのだ。


「今後一切雅くんに近寄らな…」

「あ―――――――――っ!!!」


突如何者かの雄たけびらしき声が聞こえた。


驚いた刀夜は声のする方向を見る。

するとその何者かが全速力でコチラに向かって来ている。

そして刀夜にダイブした。


一応抱き止めたが勢いが有り過ぎて倒れてしまった。

その時思い切り頭をぶつけたが幸い刀夜は傷みを感じないので何とも無かった。


「す、すすすスイマセン!大丈夫ですか!?」

刀「ん…大丈夫」

「ほんっとスイマセン!感激のあまり止まんなくなっちゃって…っ」


刀夜に勢い良くダイブしてきたのは見覚えのある女子だった。


「アタシのコト覚えてますか?いつだったか未確認生命体に襲われた時助けて貰ったんですけど」

刀「未確認生命体…?」

「ほらっ、あのっ、角の生えた鬼みたいな生き物ですよ!」


刀夜の記憶の片隅から映像が蘇って来た。

盲目の鬼と戦っている時に刀夜が庇った女子高生だ。


刀「あの時の…」

「覚えててくれたんですか!?あ、アタシ東條カズキっていうんですよ!よろしく!!」

刀「あ、嗚呼、うん、よろしく」


刀夜の手を両手で握り締めながら目を輝かせていた。

思わぬ再会に驚き混乱している刀夜。


カズキは刀夜のネクタイの色を見て嬉しそうな顔をした。

この学校は学年によってネクタイの色が違うのだ。


東「もしかしてタメ?アタシ5組なんだけど貴方は?てか名前は?」

刀「如月刀夜…に、2組です」

東「そっか2組かっ!じゃあ昼遊びに行くから一緒にご飯食べよう♪ねっ!」

刀「う、うん」

東「アタシの友達も紹介するから刀夜の友達も教えてね!じゃっ、アタシはこれで☆ばいばーい!!」


大きく手を振りながら満面の笑み去って行くカズキ。

つられて手を振り返す刀夜。

突然のカズキ出現で、刀夜を脅していたいつの間にか女子達はいなくなっていた。


刀「な…なんだったんだ…」


短い間にイロイロあって刀夜はいっきに疲れた。









刀「(にしてもアイツ本当に何処行ったんだろう)」


アイツとは狐陽のコト。

今まで呼ばなくても傍にいた彼女。

いないと少し違和感を感じる。


席に着いて頬杖付いている刀夜。

今までも似たようなポーズを取っていた時はあるが、女子と分かれば見方も変わる。

数名の男子がときめいていた。


雅「刀夜、さっき何してたの?」

刀「僕は何もしてないけど、何か“雅くんに近寄るな”とか言われた」

雅「…」

刀「(雅くんてホントに誰…?)」


刀夜の本心など知らない雅は複雑そうな顔をして溜息を付いた。


雅「ゴメンね」

刀「何で桜野が謝るの?」


不思議そうな顔をしている刀夜だが、ここでようやく桜野の下の名前を思い出した。

それで今頃女子達が言いたかったコトを理解した。

そして今頃無理な言い分だったコトに気付いた。


刀「桜野は本当にモテるんだね」

雅「…そうかな」

刀「そうだよ、だって桜野カッコイイじゃん」


真顔でそう言われ、雅はドキッとした。

表情はいつものような無表情だったが、何とも言えない気持ちになった。


刀「そういえば桜野、昼って暇?」

雅「暇…だけど」

刀「カズキって子に一緒にご飯食べようって言われたんだけど、僕1人じゃ気まずくて…」

雅「友達?」

刀「ううん、さっき僕に向かってダイブして来た子。テンション高くて僕とは正反対な感じかな」

雅「ふ-ん…、僕でいいなら喜んで行くよ」

刀「ほんと?ありがとう」


嬉しそうに少しだけ微笑んだ。


ドクン…


その一瞬の笑顔に吸い込まれそうになった。


心臓の音がやけに大きく聞こえて、刀夜から目が離せない。


澄んだ瞳

白い肌

透き通った髪

ふっくらとした唇

細い首筋


全てが自分を誘惑しているように見えた。






嗚呼


僕は刀夜を好きになってしまったんだ

刀「教科書まだ無かったりする?」

雅「うん」

刀「じゃあ机くっ付けようか、僕の見ていいから」

雅「ありがとう」


雅は笑うと周りにいた女子が「きゃ-っ」と声を上げた。

刀夜は内心「煩い」と思っていたがあえて口には出さなかった。

言ってしまったら雅がモテるのを僻んでいるようにしか見えないからだ。


刀「桜野のいた学校って何処まで習ったんだ?僕達より進んでる?」

雅「さぁ?授業なんて聞いてなかったし」

刀「そっか」


刀夜は不意に雅の横顔を見た。

本当に綺麗で、女子達が騒ぐのも納得できる。

しかしそれ以前に懐かしいような感じがしてつい見入ってしまった。


雅「何?」


澄んだ瞳がコチラを向いた。

思わずドキッとしてしまい、慌てて視線を逸らす。


雅「刀夜は綺麗な目をしてるね」

刀「そ、そう?ありがとう」


呼び捨てにされたコトには何の違和感も感じない刀夜。


雅「本当に…、抉り出して飾って置きたいくらい」


雅が小声で言ったので刀夜は聞き損ねた。

その所為で雅が不気味な程美しい笑みを浮かべていたなんて気付けなかった。


リン…


遠くで鈴の音が聞こえた。


刀「(今の音は…)」


嫌な予感がした。

今の音に周りは気付いていないよう…


雅を除いて。


雅「この学校は何処かに魔除けの鈴があるらしいね」

刀「え?」

雅「妖気を感じ取ると特定の人物だけにその音が聞こえるとか何とか」

刀「…それ本当?」

雅「さぁ?」


薄笑いを浮かべる雅を見て、刀夜はいても立ってもいられなくなった。


刀「教科書好きように使って良いから」


そう言って教室を飛び出した。


先生「オイ如月!!」


担任も突然のコトに対処出来なくて慌てて廊下に出た時、既に刀夜の姿は無かった。


先生「何だぁアイツ…、桜野、如月どうしたんだ?」

雅「探してきます」

先生「え?」


雅はスタスタと教室を出て行った。


先生「オイ待て桜野!」


担任が呼び止めようとして再び廊下に出ると、雅の姿は何処にも無い。

不思議そうに首を傾げていた。









屋上


刀「狐陽、いるんだろ?」

狐『何だ』


刀夜が呼びかけると狐陽はフッと現れた。

風が強いコトもあり、彼女の髪が舞乱れる。


刀「僕が戦ってる間、此処に誰も寄せ付けないようにするコトは可能か?」

狐『…不可能ではない』

刀「頼む」

狐『…………、仕方ないな…』


狐陽が左右の手の指を交差させた。

するとボゥ…と光が灯り、屋上と階段を繋ぐ扉が消えた。


「甘いのは生まれ変わっても同じか、所詮人間は人間だな鎖姫よ」


頭上から殺気を感じでその場を離れる。


ドーン!!


先程まで刀夜がいた場所のアスファルトは砕け散り、辺りに飛び散った。

そしてその場にいたのは今までとは比べ物にならない様な大きな鬼だった。


「我が名は鬼殺生」


巨大な鬼、鬼殺生は手にも巨大な斧を持っていた。

それを見て思わず顔の引き攣る刀夜。


こんなにも巨大だなんて予想外もいいトコだ。


刀夜は目を細めて、手を構えた。

否、構えようとした。


目に光が灯り鎌が現れようとしたその瞬間に、両脇から鬼が現れた。

その2匹の鬼は刀夜の力一杯掴んだ。

驚いた刀夜は動揺してしまい集中が途切れた。


「死ねェェェェェ!!!」


鬼に腕を掴まれ動けぬまま、鬼殺生の巨大な斧が振り下ろされた。


ドガ-ン!!!


衝撃のあまり屋上に穴が開いた。

下の部屋の中が見渡せる。

幸いその部屋には誰もいなかった。


「ふっ…口ほどにも無い」


そう呟き斧を持ち上げた。

しかし、そこに大量の血の跡はあったが、ある筈の刀夜の亡骸が無かった。


土煙ならぬコンクリートの石煙が風で消えると、そこには肩から腹にかけて深い傷を負った刀夜が立っていた。

両脇にいた鬼、天生・地生は首を刎ねられ死んでいた。

どうやら刀夜は間一髪の所で2匹の鬼を瞬殺し攻撃をかわしたようだ。

カナリ痛手を負ったが…


「貴様私の部下を…!」


怒りが湧き上がる鬼殺生。


刀夜は立ってはいるものの、大量出血でフラフラだった。

痛みは全く感じていないが流石に貧血には勝てない。


刀「(クソ…っ)」


少しでも動くと真っ赤な血が溢れ出す。

刀夜は苦い顔をして、鎌を構えた。


「おのれぇ…!!おのれおのれおのれぇ!!」


鬼殺生が高く斧を振り上げ、全力で振り落とした。

そんな攻撃を喰らったらひとたまりも無い上に校舎が全壊しかねない。

刀夜はギュッと鎌を握り、目を閉じた。


刀「戦法零五…光剛利離天昇」


ズガンッ!!


鬼殺生の振り下ろそうとした斧が止まった。

巨大な光の鎌が自分の胸に突き刺さっているのだ。


鬼殺生の手から斧が消えた。

そして胸に刺さっている鎌が鬼殺生の体を縦真っ二つにした。


数秒後、鬼殺生は風化した。


その様子を見届けた刀夜は立ったまま気を失い、倒れた。

傷口からは血がドクドクと溢れ出し、止まる気配が無い。


狐『光剛利離天昇…命の危険にさらされた時のみ発動可能の一撃必殺技』


いつものように傷を癒そうとした時、狐陽の背中に矢のような物が刺さった。


狐『う゛ぐッ!これは…!?』


矢を抜こうとした瞬間、狐陽が消え、屋上には重体の刀夜だけが残された。


今にも消えそうな荒い息遣い。

血も無くなってしまいそうな勢いだった。


そんな刀夜の下に、1人の少年が現れた。

美しい黒髪に、澄んだ瞳、紛れも無く桜野雅だ。


雅「クス」


足で軽く蹴り、刀夜を仰向けにした。

刀夜のいつ場所には血溜りが出来ている。

雅は傷口に触れ、指でなぞった。


雅「随分深く斬れたもんだ」


指に付いた血を舐めて、傷口をじっくり観察した。


雅「…舐めれば治るかな」


コンクリートに手を付いて、刀夜の腹に舌を這わせた。

すると舐めた部分の血が止まり、傷が消えた。

溢れ出す血も丁寧に舐め上げて傷を癒していく。


腹を治し終えて胸に触れた時、雅は違和感を覚えた。

ある筈の無い胸に膨らみがあるような無いような…

まさかと思い切り裂かれた制服をずらして見た。


そして言葉を失った。


男だと思っていたのに、刀夜は女だったのだ。



荒野にて。


刀夜は瞳に光を灯して鎌を握っていた。

その刀夜の前にフラッと現れる狐陽に狙いを定め、攻撃を仕掛ける。

しかし狐陽もただフラフラしている訳ではなく、巧みに攻撃をかわして反撃している。


そのやり取りは目にも止まらぬスピードで、どちらが刀夜で狐陽なのか分からない。


刀「戦法零四……」


小声で刀夜が唱えると、狐陽はピクッと反応した。


刀「霧霞の舞!!」


鎌が突然砕け、辺りに散った。

そして肉眼では確認できないほど小さくなった破片はまるで靄のように広がり狐陽を取り囲んだ。


刀「はぁ…はぁ…」


呼吸荒げ、パチンと鳴らした。


その瞬間、宙に浮いていた靄がキラリと光り、狐陽に襲い掛かった。

衝撃で土埃が立ち、視界が狭くなる。


狐『まあまあだな、攻撃がまだ少しぬるいぞ』


いつの間にか刀夜の後ろに立っている狐陽。

その悠々としている姿を見て、刀夜は脱力した。


やっと一撃当たったと思ったのに狐陽は無傷。


もう何時間もこうして戦っているのだから嫌になるのも分かる。


刀「何で…?」


疲れて地面にぶっ倒れる刀夜。


狐『もうギブアップか?』

刀「僕だって体力の限界ってモンがあるんだよ…」

狐『ふむ…、まぁ全ての技が使えるようになっただけいいか』


刀夜は大きく深呼吸した。

体は擦傷や切り傷だらけで少し痛々しい。

でも本人は全く痛みを感じていない。


刀「鬼何匹倒したっけ…」

狐『50匹』


その言葉を聞いて苦い笑いをして見せた。


刀「あと何匹くらい倒せば良いんだろう」

狐『5匹だ』

刀「え、そんなに少ないの?」

狐『親玉の鬼王、半鬼、半鬼の部下鬼殺生、鬼殺生の部下天生と地生』

刀「…随分詳しいな」


刀夜の目から光が消え、同時に鎌も消えた。


狐『鬼王と鬼殺生、天生・地生は顔も分かるが、半鬼だけは私にも分からん』

刀「何で?」

狐『半鬼は鎖姫同様に人間に生まれ変わっているんだ』

刀「えっ」

狐『油断するなよ刀夜、奴は半端なく強い』

刀「……うん」


倒れたまま、灰色の空を眺めた。











「雅様、明日鎖姫抹殺を実行します」

「頑張って」

「あと仰っていた物を用意致しました」

「そこに置いといて」

「…雅様」

「何?」

「本当に私が殺ってもいいのですね?」

「うん」

「必ず仕留めて、雅様に勝利を捧げて見せます」

「期待してるよ」


遥か遠くの荒野にいる1人の人間を見つめて、クスと笑った。


「私はこれで失礼します」


傍にいた鬼がふっと消え、残された男は大きな欠伸をした。


「鬼殺生、君に姫は倒せないよ」


楽しそうに笑って屋根から飛び降りた。


「如月刀夜…僕が殺る前に死なないでね?」


クスクスクスと笑いながら、鬼に用意させた物を持って去って行った。










翌日


目の下に濃いクマを作った刀夜が久し振りに登校した。

幽霊の様なオーラを発しながらフラフラ歩く刀夜に驚くクラスメイト。


随分長い間休んでいた為、「病気説」や「登校拒否説」が出ていた。

実際は何日も徹夜で鬼と格闘していただけ。

当人は眠くて死にそうだった。


「よ、よぉ如月、元気か?」

刀「……眠い」


ぐったりしている刀夜は生気が感じられない。

クラスメイトは心配そうにその姿を見ていた。


「今まで無断欠席なんてして何してたんだよ」

刀「……修行…?」

「は?」


応えるのも辛そうにしている。

目が開いているのか閉じているのか分からない。


とにかく物凄く眠そうだった。


先生「お~いHR始めるぞ~」


名前も覚えていない担任が教室にやって来てHRが始められた。

しかし刀夜はそんなコトにも気付かず、夢の世界に旅立とうとしていた。


先生「今日は転校生紹介するぞ、入れ桜野」


教室の扉がゆっくり開いた。

その瞬間教室内の雰囲気が変わった。


先生「桜野雅だ」

雅「よろしく」


美しい黒髪に凛々しい瞳、端整な顔付きの美少年。

クラスの女子はカナリ舞い上がっていた。

しかし刀夜は机の上で爆睡していて全く見ていない。


先生「桜野は如月の隣でいいよな、おい如月」

刀「…zzz」

先生「(ブチッ)起きろ如月ィ!!」

刀「へ…?」

先生「桜野の隣だ、分かったな!」

刀「桜野って誰…」

先生「だから転校生だって言ってんだろうがボケェ!!!」


眠い目を擦りながら雅を見た。

雅はそんな刀夜を見てクスと笑い、席に着いた。


刀「えっと…桜野?」

雅「うん、如月刀夜くんでしょ」

刀「刀夜くん…?まぁ、一応。そんな呼び方されたコト無いけど」

雅「僕は雅」


目を細めて刀夜の顔を見た。

その瞬間刀夜に悪寒がはしり、いっきに目が覚めた。


雅「よろしくね」

刀「あ…うん、よろしく」


先ほど感じたのは間違いなく何者かの殺気。

刀夜の額に薄っすら汗がにじみ出ていた。

また学校に鬼が来たのではないかと神経を研ぎ澄ませていた。

もし近くにいるならこの場を離れなくてはならない。


そんな怖い表情の刀夜を横から見ていた雅はクスと笑った。








「天生・地生、行くぞ」

「「はい、鬼殺生様」」


不吉な影が動き出す。



僕は学校をサボって街を歩いていた

鬼が僕を狙ってくる以上、学校に行くなんて危険すぎる


別に特別仲が良い人がいる訳じゃないさ

でも、誰かが傷付くのは嫌なんだ


僕が命を張って血を流す人がいなくなるなら、僕は喜んで闘う


たとえ…


僕が死んだとしても…







刀「う-ん… やることが全く無いっていうのは詰まらないねぇ」

狐『鬼を探しに行くコトだって出来るでしょ』

刀「そこまで僕の魂は覚醒して無いよ」


首にマフラーをしてフラフラと人気の無いところをウロウロしている。

家が半壊していることもあり、ついでに新しい住居を探している。

いくらバイトしているとはいえ、家賃が高過ぎると払えない。


刀「何処が良いだろう…学校近い所がいいなぁ」

狐『学校なんて辞めた方がいいんじゃないの?』

刀「そうだけど…、高校卒業するのは母さんとの約束だから」

狐『母さん?』

刀「うん、もういないけど」


灰色の空を細い目でじっと見つめた。

その目は悲しんでいるというよりは、寂しがっているような気がした。


狐陽はそんな刀夜を哀れむ訳でもなく、ただ涼しい目で見ていた。

冷たい冬の風が狐陽の長い髪を揺らした。


ザワ…


刀夜と狐陽は殺気を感じて振り向いた。

するとそこには血だらけの中年男性を片手でずるずると引き摺る少女の姿があった。

男性は白目を向いていて、胸に大きな穴が開いている。

もう死んでいるだろう。


少女は刀夜を見てニッコリ笑い、男性の頭をグシャッと潰した。


「鬼ごっこしましょう♪」


少女は小さな手に付いた赤黒い血を真っ赤な舌でぺロッと舐めた。

刀夜は少しずつ後退りし、間合いを取った。


「私が鬼よ、10秒後にスタート」

刀「…!」

「10」


刀夜は全力で走った。


「9」


走りながら神経を集中させた。


「8」


狐『どこに行くのだ刀夜、逃げる気か?』

刀「違うッ」


「7」


狐『言って置くがお前の脚力ではすぐに追い付かれるぞ』

刀「そうなコト分かってる!」

狐『…?何をするつもりなんだ?』


「6」


刀「こんな所で暴れられたら大変なコトになるだろ!」

狐『……無駄なコトを』

刀「あぁ!?」


「5」


狐『この時代人のいない所なんて無いだろ、探すだけ無駄』

刀「そ…そうだけど…っ!」

狐『鬼が動かぬ内にトドメを刺せばいいものを…』


「4」


狐『お前は甘過ぎるんだよ。鬼と戦う以上、誰1人巻き込まずに勝てるなんて夢にも思うな』

刀「…だけど」

狐『昨日もそうだ、私がいなかったらお前はもう死んでたんだぞ?』


「3」


刀夜には返す言葉見付からない。

少し俯いてなにやらイロイロ考えているようだ。


刀「……でも」


刀夜は走るのを止めた。


「2」


少女の姿をした鬼の形が変化し始めた。

可愛らしい顔は消え、醜い獣の姿になった。


刀「でも僕は…」


「1」


刀「自分の意思を貫き通したいんだ!」


「0!行っくよ~!」


狐『…ちッ、馬鹿め』


狐陽が呟くのと、化け猫のような鬼が飛び掛ってくるのはほど同時だった。

刀夜は飛んで来た鬼の顔面を思い切り殴った。


「きゃんっ!


猫かと思いきや犬のような鳴き声をしている。

そんなに吹っ飛ぶとは思ってなかった刀夜はちょとビックリした。

鬼が飛ばされてぶつけた所は粉々に砕けていた。


「もう怒ったぞ!」


しゃっと爪と牙を出し、刀夜に襲い掛かってきた。

流石に3度目の戦闘なので涼しい顔で攻撃をかわしている。


狐陽はそれを涼しい顔で眺めている。

手伝ってくれる様子は全く無い。


刀夜は素早い攻撃を避けながら、化け猫(犬?)の動きをじっくり観察した。


しかし反撃しないのをいいコトに頭ごと突っ込んできた。


刀「おわっ!」


コンクリートに思い切り頭をぶつけた。

刀夜は何故か痛みを感じないのダメージは無い。

しかし鬼は物凄い石頭だったようで、ぶつかった瞬間腹からボキッと骨の折れる音が聞こえた。


「お兄ちゃん弱~いwwあたしが殺してあげるわ☆」

刀「…、冗談じゃない」


不機嫌な顔でむくっと起き上がった。

子供に遊ばれているような気がして腹が立ったのだ。

まったく刀夜には危機感というものが無い。


しかし起き上がって鬼を睨んだ瞬間目に光が灯った。


刀「お前さっきの人、何で殺した」

「はぁ?意味分かんないよお兄ちゃん、人間なんだから殺して当然じゃん」

刀「お前等の目的は僕だろ、僕以外の人を殺すな」

「馬~っ鹿じゃないの?そんなの無理」

刀「…そうか」


刀夜は溜息を付いて目を細めた。


すると構えた手に鎌が現れる。


「!」

刀「残念だ」


鬼が慌てて距離を取ろうとした時、胸の真ん中に鎌が突き刺さった。

切れ味抜群の鎌は化け猫の胸を貫通した。


刀夜が鎖を引くと、貫通した鎌は再び化け猫の胸を通って戻って来た。


鬼はドサッと地面に倒れた。

長い毛に血が付いて赤くなっている。


「あ…ああ……」


まだ息はあるようだが、所詮虫の息。

一瞬少女の姿に戻り、砂になった。


今回はあっさり勝利した刀夜だが、肋骨が折れている所為で違和感を感じる。

鎌を振り回して血を吹き飛ばした。


狐『随分あっさり勝ったみたいだな』

刀「流石に3回目だと慣れるから(慣れたくないけど)」

狐『しかしあの程度の敵に怪我をさせられるようではまだまだ、雑魚は瞬殺出来るようにして置け』

刀「はいはい…」


決して褒めてはくれない狐陽。

刀夜は自分は力不足なんだと自覚しているため何も言わなかった。


そして振り回していた鎌は刀夜の目の光が消えると同時に無くなった。


刀「狐陽、骨治して」

狐『…世話の焼ける…』


狐陽は刀夜の腹に手を当てた。

骨は内部なので本当に治っているかどうかは分からない。

でも違和感が消えたので、刀夜は満足そうな顔をした。




僕が目を覚ました時、またしても天井を見上げていた。


見慣れた天井だ。


でも体を起こしただけで激しい目眩に襲われた。


痛みは全く感じなくなったのに、目眩はするんだな。


まだ人間っぽい所が残ってて良かったよ、本当に...







刀「狐陽、君が此処まで運んでくれたのか?」

狐『私の他に血塗れのお前を家まで運ぶ奴がいるか?』


ははは、とベッドに横たわったまま力無く笑った。

大量出血の所為で酷い貧血を起こした刀夜。

普通の人間ならば死んでいた筈だった。


刀「何で生きてるんだろう…、絶対死んだと思ったのに」

狐『まだ2体しか倒してないのに死んでもらっては困る』

刀「狐陽が輸血でもしてくれたのか?」

狐『私に血は流れていない』

刀「…そう」


2体しか、というコトはやはり他にも鬼はいるというコトになる。

この調子では明日学校には行けないだろうと判断し、翌日は狐陽に詳しく鬼の話を聞いていた。


狐『お前は最強と謳われる伝説を鬼を倒さなくてはならない』

刀「伝説の鬼…ねぇ…」

狐『しかしその前に、半鬼と呼ばれる者と戦うコトになるだろう』

刀「半鬼?」

狐『鬼と人間の間に生まれた者だ、半端無く強い』


狐陽の剥いた林檎を食べながら、「ふ~ん」と相槌を打った。

刀夜の想像する半鬼は、顔だけ立派な鬼で、体はマッチョな人間。

そんな者が襲ってくると考えたら笑いが止まらなかった。


狐『笑い事ではないぞ刀夜、今のお前では絶対に勝てない』

刀「わ…分かってるけど…」

狐『これから鎌での戦闘に慣れるコト。少なくとも全ての戦法を発動出来るように』

刀「はっ!?」

狐『出来なきゃ死ぬわよ』

刀「っ!」


半ば脅しのように話はまとまった。


刀夜も今回の戦いで、自分の力不足を思い知ったので拒否するコトは出来なかった。

それに、また誰かを巻き込んでしまったら、守るコトだ出来るのは自分しかいない。


刀「…どうやって鍛えればいいんだよ」


怯える女子高生の姿を思い出し、ギリッと奥歯を噛み締めた。

自らの運動神経だけではとてもやっていけない。


狐『体力もスピードも充分、あとは慣れるだけ』

刀「……つまり?」

狐『鬼を斬って斬って斬りまくればいいのよ』


涼しい顔して(見えないけど)恐ろしいコトを言っている。

刀夜は林檎を食べながら複雑そうな顔をした。

人を殺める鬼とはいえ一応生き物な訳だからそんな言い方をするのはどうかと思ったのだ。


刀「(あ…そうえいば…)」


刀夜はふと、先程の戦いのコトを思い出した。


絶対間に合わないと思った距離で、女子高生を助けるコトが出来たあの瞬間。


刀「(あれも鎖姫の力だったのかなぁ…)」


あの力を使いこなせたらかなりの戦力になる。

半鬼とやらも、あっと言う間に倒せるのではないか?


刀「(特訓あるのみ、だな)」


ごくんと林檎を飲み込んだ。






「雅様…右近と左近が殺られました」

「知ってるよそんなコト。報告遅すぎ、ていうか左近が死ぬトコは見てたし」

「も…申し訳ありません」

「もういい今日に始まったコトじゃないし、あと下ッ端の奴どんどん向かわせて良いから」

「了解しました」


屋根の上に座る若い男の前は眠そうに欠伸をした。


「男のクセに弱過ぎるね、しかも極度のお人好しと見た」

「鎖姫のコトですか?」

「そう。右近如きに手こずってる様じゃあ、僕の出る幕は無いなぁ」

「ならば私が止めを刺してきましょうか?」

「ん。下ッ端全員倒せたら君が好きにすると良い」

「…有難う御座います」


傍にいた鬼は怪しく笑ってフッと消えた。

若い男は立ち上がって屋根から飛び降りた。

そしてトンと着地すると、何事も無かったかのように何処かへ去って行った。






「ホントだって!さっきまで此処に血塗れの人がいたの!」


刀夜と鬼が乱闘した10分後くらいに、先程の女子高生が息を切らしてやってきた。

しかしいつの間にか砕け散ったアスファルトも血痕も消え去っていた。


女子高生と共にやって来た数名の友達は不安気な表情を浮かべている。


「…カズキ」

「わ、私探すの手伝うよ?」

「俺は探すだけ無駄だと思うけどなぁ」

「同感。万が一見付かったとしてもそんな大怪我をしてるならもう助からないだろう」


女子高生はキッと友達を睨み付けた。


「あの人は命がけで守ってくれたんだ!例え死んでたとしても見つけるまでは諦めない!」


制服に付いた血を見て、自分を庇った少年のコトを思い出した。

死にかけていてもあの少年は自分に笑いかけて、心配までしてくれた。


あの化け物が何だったのか見当も付かないが、ただ一言お礼が言いたい。


「どうか生きてて下さい…」


女子高生はそう強く強く願った。




ぐしゃっ


肉の斬れる音がした。


ボタボタボタっと、真っ赤な血が灰色のアスファルトを染める。


「うわぁっ…!」


刀夜の背中が抉れていた。

女子高生は刀夜に庇われて無傷だった。

刀夜は信じられないコトにあの距離から女子高生を守ったのだ。


その代わり刀夜の肉が抉れて血が噴出していた。


鬼は満足そうに笑って距離をとった。

背中と脇腹が見事に斬れていて、何故生きているのか不思議なくらいだった。


刀夜は口から血を吐き出して、女子高生を見た。

彼女は驚いたような顔をしていたが、明らかに怯えていた。

それでも刀夜が自分を庇ったのだと理解している。


刀「だ…大丈夫…ですか…?」

「え…?あ…は、はいっ」

刀「そう…ですか、それは…ッゴホゴホ!……良かった」


うっすらと笑みを浮かべて、壁に寄りかかりながら立ち上がった。

足に力を入れただけで血が溢れ出し、それを見た女子高性は小さく悲鳴をあげた。


刀「急いで此処を離れて…」

「え、で、でも」

刀「僕は大丈夫だから…。でも、次は君を守れる気がしない」

「…ッ…!」


女子高生は慌てて立ち上がり逃げるように走り去って行った。

その姿を見てホッと溜息を付き、鬼を睨み付けた。


「いいザマだな鎖姫よ」

刀「…ふっ…見えないくせに」

「…強がりおって…、今止めを刺してやる!」


鬼の口内に白い光りが現れた。

おそらくアレが家一軒吹き飛ばす一撃。

絶体絶命と言えるこの状況で、刀夜はニヤッと不適に笑って見せた。


刀「(魂…ね、そういうコトか)」


スッと目を閉じた。

ボタボタと滝のように血が流れる中、神経を集中させた。


胸の中にドクンと脈を打つ塊があるのが分かる。

その塊に、熱く燃える様な強い意志を感じた。


鎖姫の想いは、刀夜と共にある。


鬼を倒す意思がなければ、武器は応えてくれない。

鎖姫は、鬼を倒す為に存在したのだから。


刀「お前を倒す…!」


刀夜の瞳に赤い光が宿った。


「死ねッ!鎖姫!!」


鬼の裂けた口から凄まじい光線が放たれた。

その瞬間刀夜が呟いた。


刀「戦法零参   破魔返し  」


光線が腕と衝突した時、鎌が現れて、刀夜は光を斬った。

その光は向きを変え、放った鬼の方へ飛んで行った。


「!?」


目の見えない鬼は何が起こったのか気付くコトが出来ず、光は鬼を貫通した。


「グ…ッ!」


ぐらっと体勢を崩した時に刀夜が鎌を投げた。

スパッを鬼の頭部を真っ二つにして、戻ってくる。


ピシャッと血が噴出したかと思ったら、鬼は風化して、消えた。


刀夜は勝利の笑みを浮かべて、ドサッと倒れこんだ。

傷口から血が止まるコトなく流れ続け、もう既に致死量の出血をしていた。

辺りのアスファルトは砕け散って、刀夜と鬼の血が飛び散っている。

まさに血の海、と言った所。


『庇わなければこうはならなかったのに…』


フッと現れた狐陽。

瀕死状態の刀夜の傍に膝を付いて、傷口に触れた。

すると見る見るウチに傷が癒えていく。

1分経つ頃には跡形も無かった。


『刀夜、貴方こんな戦い方してたら本当に死んじゃうわよ』


刀夜の耳には届いていないだろう。

狐陽は血だらけの刀夜を抱えてスッと消えた。






目が覚めると、僕は保健室の天井を見ていた。

最初今までのコト全部夢だったのかと思ったが、手に持っている鎌を見て現実に引き戻された。


銀色の刃がギラリと光っていてとても不気味だ。


刀「夢だったら良かったのに…」


夢だったら、僕はまたいつも通りに過ごすコトが出来たんだけどな…






『…半鬼が動き出した』


狐面の女は学校の屋根に座り、街を眺めていた。

風に揺れた髪がとても美しかった。


『もうゆっくりしてる暇は無いのよ、刀夜…』






狐面の女は「狐陽」という名らしい。

あれから刀夜はいろいろ考えて、“鬼”という生き物と向き合うコトにした。

それで今、学校を早退し半壊した家で狐陽と向き合っている。


狐『鬼は人の魂を喰らって生きている』

刀「(魂…)」

狐『1人の魂につき100年寿命が伸びると言われている」


狐陽は刀夜が出した緑茶を面をつけたまま飲んでいた。

何故零れないのかすごく不思議だ。


狐『刀夜の前世だったと言われる鎖姫の魂は喰らうと不老不死になれるという伝説があった』

刀「所詮伝説だろ?」

狐『分からない。何故なら鎖姫の魂は未だに健在しているから』


死人のような白い肌を持つ狐陽。

その真っ白で細い指で刀夜の胸を指した。


狐『刀夜の中に』


刀夜は狐陽の指の先を見つめた。


狐『あの鎌は鎖姫の魂その物』


刀夜はいつの間にか無くなっている鎌を探した。

保健室で目を覚ました時は確かに持っていたのに…


狐『この鎌は魂で出来た鬼と戦う為の武器だから、鬼以外は何一つ斬れない』

刀「…(どうりで足が切れなかった訳だ…)」


今朝のコトを思い出していた。

いくら鬼以外斬れないから、と言われても起きたら布団に刃物が入っていたら驚くだろう。


刀「そういえば昨日、此処にも鬼らしき奴が来たんだ」

狐『あの鬼ならそろそろ来ると思う』

刀「そうかそろそろ…って、え?」


呑気に茶を飲んでいる狐陽を見た。

刀夜の顔から血の気が引いた。


ガタッと椅子から立ち上がり慌てた様子で半壊したアパートを飛び出した。






刀「(あの女の鬼は鎖姫を探してた…、というコトは昨日の鬼も僕を)」


辺りをキョロキョロ見渡して、人気の無い場所まで全力疾走した。

昨日と今日の鬼の言っていた言葉を考えると、彼等は「鎖姫」を探して殺そうとしている。


認めたくなかったが、昨日の惨劇は刀夜が招いたコトなのだ。

惨劇の様子を思い出し、ギリッと奥歯を噛み締めた。

もう自分の所為で誰かが死ぬのはいやだ、そう強く思った。


狐『…優しいのね、刀夜』


湯のみに残っていた茶をぐっと飲み、ほっと溜息を付いた。

半壊したアパートには冷たい風が吹き付けてくる。

こんな所で昨夜はよく眠れたものだ。


狐『その優しさが、命取りにならないといいけど』


コトッと湯のみをテーブルに置いた。

するとスッ…と狐陽の姿が消えた。






神経を研ぎ澄ませながら走っていた時、ちょっとした段差に躓いた。

全力で走っていたので転んだ時の衝撃もすごかった。

しかし全く痛みを感じなかったのでそのまま立ち上がろうとした、


その時だった。


ゾワッと悪寒がはしり、全身に鳥肌が立った。

遠くで地面を蹴るような音がして、反射的にその場から離れた。


ドガーンッ!


その数秒後、刀夜がいた場所に昨日現れた山姥のような鬼が現れた。

コンクリートで作られた地面に減り込んでいる。


「お前が鎖姫だな?」

刀「っ…!」


突然現れて昨日の鬼。

周りにたまたま人がいなかったから良いものの、またしても惨事を招いていしまった。


刀夜は鎌を構えようとしたが、無い。

頭の中が真っ白になった。


「今日こそ貴様を葬ってやる!」


長い爪を立てて襲い掛かってきた。


地面を蹴ってギリギリかわした。

あと1秒遅かったらあの爪の餌食になっていた所だ。

その証拠にコンクリートが木端微塵になっている。


刀「(ど…どうする!?)」


昨日を思い出すと、あの鬼は物凄い破壊力を持つ攻撃をしかけてくる。

威力は家一軒綺麗に吹っ飛ばす程。

もろに受けたら四肢が分裂しかねない。


狐『何やってるの?』

刀「ぉわっ!い、いつの間に来たんだよッ」

狐『鬼は素手じゃ倒せないわよ』

刀「知ってるよ!」

狐『さっきも言ったけど、鎌は今あなたの魂なのよ』

刀「は…っ!?」


鬼の攻撃を紙一重でかわし人のいない場所へと移動する。

この鬼は目が見えないのでなるべく足音をたてて。


刀「(僕の…魂…?)」


分かるような、分からないような。

戸惑いながらクルッと向きを変えて再び全力疾走した。

鬼の脚力には程遠いと思われるが、このままのろのろと逃げ回るよりはマシ。


「待て!!」


案の定飛び掛ってきた。

攻撃を予想していた刀夜はヒラリとかわした。

しかし、予想外の出来事が。


鬼が飛んでいった方向に1人の女子高生が歩いていたのだ。

刀夜は「しまった…!」と目を見開いた。


頭の中に無残にもこの鬼に殺された住人の姿を思い出した。


刀「止まれ-ッ!!!」


気付けば足が動いていた。

間に合う訳が無いのに。



ぐしゃっ



肉の斬れる音がした。