松葉杖をその辺に置いて1歩踏み出してみた。
ズキッと痛みは感じるものの、昨日ほどではない。
自分でも、予想外の回復の早さに驚いていた。
光「もうコレ、いらないな」
光輝は腫れた方の足を庇いながら涼二のいる診察室へ戻った。
歩き方がやや不自然だったが、見ている人がいた訳でも無いので気にしていないようだ。
この診療所には、光輝以外にも何人か入院している。
たまに笑い声は話し声が聞こえてきて、その度に光輝は耳を塞いだ。
廊下に響き渡る声は、以前いた病院を連想させるから。
光「(少し過剰になり過ぎかも)」
廊下の窓から街を眺めた。
丁度、近くの道で手を繋いだ親子が笑顔で歩いていた。
とても幸せそうだった。
光「…クス」
思わず顔が綻んだ。
自分も、あんなふうに笑っていた時があったと思うと、随分昔のコトのように思えた。
-五月診療所入り口-
紫「…(何でこんなに静かなんでしょう、誰もいないんでしょうか)」
宝城病院は大勢の人で賑わう場所。
こんなに静かな医療施設があるなんて信じ難いようだ。
彼はそのまま立ち尽くして、中をじっくり観察していた。
紫「…ふむ」
1つ1つの装飾にも興味深そうに目を通していた。
「よっと」
そんな時、階段を下りてきた光輝が現れた。
紫苑の目が留まった。
松葉杖を引き摺って歩くその少女は、人間とは思えない程美しかった。
光「…ん?」
紫苑に気付いた光輝は彼の薄い紫色の髪に目が行った。
しかし声を掛けるコトは無く、そのまま足早に立ち去ろうとした。
紫「あ、あの!」
慌てて紫苑は呼び止めた。
一瞬嫌そうな顔をした光輝だったが、客だったら失礼な態度は見せられない。
足の痛みを堪えながら紫苑の傍まで歩いた。
光「何ですか?僕看護婦じゃないですよ」
紫「いえ、ひとつお尋ねしたいコトがありまして」
紫苑は光輝の姿をつま先から頭までじっくり見た。
自分のイメージしていた人間像より、ずっと綺麗だった。
多分間違いないだろうと思い、彼はニッコリ笑った。
紫「宝城光輝さんですよね?」
光輝の顔色が一気に変わった。
そして足の痛みなど忘れて裸足のまま外へ逃げようとした。
紫苑は反射的に光輝の腕を掴んでいた。
光輝はその手を必死な形相で振り払おうとしていた。
光「離せッ!僕は帰りたくないんだ!」
紫「落ち着いてください、僕は連れ戻しに来たんじゃありませんよ」
落ち着いた表情でもう片方の手を掴んだ。
その腕はとても細くて少し力を込めれば折れてしまいそうだった。
光輝はその表情を見て少し戸惑っている。
彼を信用して良いものかと考えているようだ。
紫「僕はあなたに会いに来ただけです」
光「…物好きな奴もいたもんだな…」
不審な目で紫苑を見上げていた。
そんな様子を見て、彼はニッコリと笑って見せた。
手を離すと、光輝は深くて長い溜息を付いた。
光「(心臓に悪い…)」
光輝と紫苑は診療室の隣にある客室にいた。
向かい合って座っていると、痛いほど紫苑の視線を受けた。
昨日の涼雨と全く同じパターンだった。
光「…僕に何の用があるんですか、さっさと言って欲しいんですけど」
紫「言いたいコトですか?特に無いです」
光「え、でもさっき僕に会いに来たって」
紫「会いに来ただけです」
笑顔でそう答えた紫苑に何と返せば良いのか全く分からなかった。
そして本当に信用出来るのか、と思った。
紫「その髪は遺伝ですか?」
光「違う…けど、アンタは?」
紫「僕も元々です」
光「ふ~ん…、変わってるね紫なんて」
紫「よく言われます」
光輝はなるべく視線を合わせないようにしている為、目も紫色だとは気付かなかった。
というか彼女は綺麗なモノが苦手で、紫苑のような人間は苦手要素の塊だった。
視線を浴びるだけで緊張してしまう。
光「あの、ジロジロ見ないで貰えますか」
紫「え?嗚呼、すみません、ついクセで」
光「変なクセですね…、僕なんて見ても面白くないでしょうに」
紫「そんなコトはありません、あなたは実に興味深いです」
心の中で「嬉しくない」と思っていたが口には出さないで置いた。
そんな様子も面白そうに見ている紫苑の顔は相変らず笑顔で、楽しそうだった。
紫「キラさんは父親似でしょう?目元が凄く似ています」
光「…父さんのコト知ってるんだ」
紫「僕は病院の患者ですから」
つい“患者”という単語を聞いて目を合わせてしまった。
紫苑の紫色の瞳に吸い込まれそうになり、慌てて視線を逸らす。
とても綺麗だった。
いつもは静かな心臓の音がやけに煩く聞こえる。
無意識のうちに胸に手を当てていた。
紫「僕は肺を患っていて、少しの運動が命取りになったりします」
光「…僕と同じだ」
紫「喜べるコトではありませんね、それに僕は余命半年の宣告を受けてますし」
光「半年…!?そんなに重症なのか?」
紫「らしいですね、あんまり自覚は無いんですけど」
力なく笑っていた。
光輝は凄く複雑な気分になり、少し暗い表情になっていた。
どうして余命半年の宣告を受けながら笑っていられるのか不思議だった。
本来ならもっと嘆き、悲しむものではないだろうか?
今の自分のように…
そんな光輝の思いを察したのか、紫苑は「フフ」と笑った。
紫「僕には失うモノが無いんですよ、死なんて怖くありません」
そう言うと、光輝は俯いて黙ってしまった。
紫苑はひたすら彼女が言葉を発するのを待った。
そして突然言った。
光「アンタ、悲しい奴だね」
光輝の肩がかすかに震えていた。
俯いている為紫苑には光輝の表情が読み取れない。
それでも紫苑を哀れんでいるというのは確かだ。
光「折角この世に生まれて来れたのに、何一つ見つけられないなんて」
紫「…それは、どういうコトでしょうか」
顔を上げた光輝の表情は真剣そのものだった。
真っ直ぐに紫苑の目を見ている。
光「アンタは何の為に生まれてきたの?死ぬ為に生きてた訳じゃないでしょ」
紫「…」
光「失うモノが無いんじゃなくて、アンタはまだ見付けて無いだけだ」
光輝は椅子から立ち上がって紫苑を見下ろした。
光「僕は残りの時間を無駄に過ごすつもりはない、アンタとは違う」
怒っているような悲しんでいるような声だった。
それだけ言い残して光輝は客室を出て行った。
部屋に残された紫苑は呆然としていた。
そんなコト言われるなんて微塵も思っていなかったからだろう。
普通の人だったら「失うものなんて無い」「死なんて怖くない」などと言われたら悲しむだろう。
同じ死の宣告を受けてた光輝だからこそ言えたのかもしれない。
でも光輝が紫苑とは違う。
死を受け入れてはいるが、彼女には生きる理由が残っている。
紫「…面白い人だ」
そう言ったものの、彼は無表情だった。
初対面の人間に核心をつかれてしまった。
あんなにも細くて重病を持っていても、
自分より彼女はずっと強い人間なんだと思った。