刀夜の目が紅く光りフワリと風が吹き、体が急に軽くなった。

肩までの短い髪がサラサラと揺れている。


「何の仕業だ」


鬼が数歩後ずさりとして刀夜を睨んだ。

肩と腹からボタボタと血が滴っていた。


刀「お前は此処で始末する」

「何…?」


女の格好をした鬼は眉間に皺を寄せた。


四つん這いになり鋭い牙をむき出しにした。


「やれるものならやってみろ!」


ググッと足の関節を曲げ、勢いよく刀夜に襲い掛かった。

その攻撃は先程までとは比べ物にならないスピードだった。

しかし刀夜は涼しい顔して、すっと構えた。


刀「戦法零弐…」


そう唱えた時、手元に光り輝く鎖鎌が現れた。


「しまっ…!」


鬼は慌てて戻ろうとしたが時既に遅し。

刀夜の鎌が刃を向く。


刀「   蛇道桜   」


鎖鎌が蛇のように舞い鬼を木端微塵に切り刻んだ。


鬼の肉片が至る所に飛び散り、血飛沫が桜の様に宙を舞った。


ひゅんっ


切り刻む物が無くなった鎌は刀夜の手元に戻って来た。

パシッと掴み刃に付いた血を振り払った。


『初めてで技を使えるなんて…』


狐面の女は刀夜の姿に驚愕した。


制服や頬に鬼の血が付着していた。

その姿が何とも言えないくらい凛々しく、恐ろしかった。


しかしフラッとし、バタッと倒れた。

大量出血で貧血を起こしたようだ。







「失敗か…。ま、元々期待なんてしてなかったけど」


とある協会の屋根の上。

眠そうに欠伸をしながら詰まらなそうにその一部始終を眺める者がいた。


「次は僕が、殺しに行こう」


不気味に笑い、屋根から飛び去った。




刀夜の高校に規定の制服や鞄、シューズ等は無い。


だからいつも適当は服装に大き目の肩に掛ける白い鞄、スニーカーで登校していた。

ろくに眠れなかった所為で目の下にクマが出来ている。

ウトウトしながらフラフラと歩道を歩いていた。


すると近くを歩いていた1人の女性が上を見上げて小さく悲鳴をあげた。

刀夜は半分寝ていたので驚き、慌てて上を見上げた。

すると自分の丁度真上にビンが落ちて来ていた。


バリーンッ!


ビンは刀夜の頭に直撃して、音を立てて割れた。

あまり固いビンではなかった様だが相当痛いだろう。

刀夜は条件反射でビンが当たった所を抑えた。

しかし本来在るべき感覚が無かった。


刀「痛………くない…」


頭を擦ってみたが何処も痛くない。

刀夜は不思議そうな顔をしてビンとぶつかった部分を抑えていた。


「だ、大丈夫ですか!?」


先程悲鳴を上げた女性が心配そうに近寄ってきた。

血をふき取る為か、手にはハンカチを持っている。

刀夜は「何処も怪我してないんで大丈夫です」と言ってフラフラと去って行った。

痛くは無いが混乱しているようだ。


刀「(おかしいなあ…)」


首をかしげながら学校への道を進んだ。


そんな刀夜の後姿を女性は睨むように見つめ、ニヤッと不気味に笑った。


「見つけたぞ…鎖姫」







刀夜は教室の扉を開いて、目を見開いた。


いつものように生徒がワイワイ騒ぐこの空間で、1つだけいつもとは異なる物があった。

教卓の隣に真っ白な死装束を身に纏い狐の面をした髪の長い何かが立っている。

しかし教室にいる生徒はそんな物まるで気にしてない。

刀夜はその怪しい人物を不審な目で見ながら席に着いた。


「よぉ如月~、お前無事だったんだなぁ」

刀「え?嗚呼(昨日のコトか)」

「気絶したとか超~ダッセェぞww折角TVに映ったのに」

刀「…そうだな」


名前も覚えていないクラスの男子に声を掛けられ動揺した。

前に立っている正体不明の人物に比べれば今は昨日のコトなどどうでもいい。

いや、良くは無い。

しかし目の前にいるあの人物は夢に出てきた物と全く同じ。

不気味というより信じ難い。

ひょっとしたら自分はまだ夢の中にいるのではないかと思った。


窓から入ってきた風が狐面の人物の髪を揺らした。


『…来る』

刀「(え…?)」


夢の中で聞いた声が頭の中に直接響いてきた。

それと同時に、ゾクッを背中を這うような殺気を感じた。

刀夜はガタッと席を立ち上がり、周りを見渡した。


「ど、どうした如月」

刀「…今悪寒が」

「窓開いてる所為じゃねぇか?」


男子生徒が1つだけ開いている窓を指差した。

刀夜はその窓を見つめて、椅子に座り直した。

でも先程感じた感覚は寒さから来たものではない、もっと深くて暗くておぞましい感じが…


刀「(今の感じどっかで…)」


鳥肌の立った肌を手でさすって窓の外を見た。

冷たい風が吹きつけて来る。


ふと教卓の方を見た。


狐面の人物はいなくなっていた。

何処に行ったのだろうと思ったが、気にするコトも無かった。

そして再び視線を窓に向けた時、椅子から落ちそうになった。

狐面の人物がすぐ隣に立っていたからだ。

どうしてこんなに近くにいたのに気付かなかったのだろう。

周りの生徒達はこの奇怪な格好をした人物を気にも留めてない。


刀「(ひょっとして見えて無い…?)」

『そう、見えてない』

刀「!」

『今すぐこの部屋から出て』

刀「…?」

『早くしないと昨日の比ではないわよ』


脳裏にあの化け物と殺された住民、そして泣き崩れる遺族の姿が浮かんだ。

この自分にしか見えない狐面を信じるべきか否か。


信じないで手遅れになるくらいなら騙された方がマシ。


刀夜はキッを狐面の人物を見つめて、走って教室から出て行った。

何人かの生徒が不思議そうに刀夜を見ていた。


狐面の人物は足音も立てずに歩き、消えた。







刀夜は学校の裏庭に来た。

この学校で人の居ない場所をいったら此処くらいだ。

神経を研ぎ澄ませて殺気の出所を探った。


カナリ近い。


刀「(何処だ…っていうか何だこの殺気…ッ)」


昨日感じた恐怖が舞い戻ってきて狂気になっていた。


『ねぇ、鎌はどうしたの?』


突然狐面の人物が現れた。

おかしくなっていた刀夜は驚きのあまり声を上げそうになってしまった。


『鎌、家にあったでしょ』

刀「あれアンタが置いたのか…、下手したら足が無くなってたよッ!」

『それはない、だってあの鎌は…』


ドガーンッ!!


突如爆風が巻き起こった。

裏庭の小石や草花が爆風とともに飛んで来た。


「探したぞ鎖姫…!」


そこにいたのは先程あった女性だった。

何処から飛んで来たのだろう。

着地した箇所は隕石が落ちて来た様に凹み、雑草類が消え去っていた。


刀夜信じられないようなものを見る目で女性を見た。


長い爪

鋭い牙


まるで鬼のよう。


「手間取らせよって…、今度こそ葬ってやる!!」


長い爪を向け目にも止まらぬ速さで向かってきた。

持ち前の反射神経で何とかかわしたが、やはり避け切れず左腕を負傷した。

しかし刀夜は気付かなかった。


痛みを全く感じなかったのだ。


刀「くそッ…どうすれば…!」

『どうって…、戦うしか無いでしょ』

刀「あんな化け物と素手で戦えって!?冗談じゃない!」


2度目の攻撃で今度は脇腹を斬り付けられた。

それでも痛みを感じるコトは無く、衝突しただけだと思った。


「化け物ではない、我等は鬼だ」

『そう、彼等は人でもなく動物でもなく、鬼という名の生き物』


刀夜の腕と腹から滴る血を涼しげに見ている狐面の女。

傷は深くなさそうだが、放って置いたら貧血で倒れそうだ。


『刀夜、鬼は人を殺すのが全てなの。昨日も見たでしょ?』


沢山の静止した映像が一気に頭の中を横切った。

そして最後に、何度も亡き我が子の名を呼び泣き崩れる家族の姿が映った。


『鬼と戦えるのは貴方だけ…、さぁどうする?逃げてもいいのよ』


鬼という生き物を完全に理解した訳ではない。

でも今は決断しなければならないのだ。


死ぬか、生きるかを。


戦わなければ死ぬ。

戦っても死ぬかもしれない。

生き残れる可能性は限りなく低い。


でも


刀「逃げるコトなんて…出来ない」


何気なく笑っていられるのがどれ程幸せなコトか、刀夜は知っている。

自分はもう笑うコトを忘れてしまったけど、その代わり誰かの幸せを見守るコトは出来る。


刀「僕には守りたい物があるんだ!」


その瞬間、刀夜の目が透き通るように光った。

遠い昔…


とある村に鎖姫と呼ばれる1人の女がいた。


鎖姫は鬼を斬り、村人を守っていた。

しかし、ある日鎖姫は1匹の鬼に右腕を引きちぎられた。

最後の力を振り絞り鬼を封印しだが、姫はその時の傷が原因で死んでしまった。


鬼は鎖姫に呪をかけた。

永遠に、魂が浄化しないように…


何度でも鬼に殺される運命を負わせる為に…









刀夜は極普通の高校生だ。

親元を離れ、駅まで徒歩15分のアパートに住んでいる。


今日も学校から帰ってきた刀夜は鞄を放り投げてベッドに倒れ込んだ。

部屋の中は薄暗く、窓から入ってくる光も僅かしかない。

いつものように、このまま眠りにつこうとしたその時だった。


ドガーンッ!!!!


窓の外で爆発音が聞こえた。

驚いた刀夜は体を起こし、窓の外を見る。

すると家1軒吹っ飛んでいた。


爆弾でも仕掛けられていたのだろうか。

それともガスでも爆発したのか。


どっちにしろ、家1軒だけ綺麗に無くなるなんて有り得ない。


刀夜は目を凝らして爆発現場を見た。


何かいる。


消えてなくなった家の丁度中心に何かが。

見た目は人間のようだが、何か違う。


爆発により立ち上っていた煙が風邪で流される。

そこにいたのは人間では無かった。


刀「な、何だアレ…」


ボサボサの長くて白い髪

異常なほど鋭い手足の爪

ガリガリに痩せ細って骨と皮しかない体

何も映っていない真っ黒の瞳

裂けた口に収まり切らない太くて長い牙


刀夜は窓から離れた。

直感的にアレに見つかってはいけないを思ったからだ。

恐怖のあまり心臓が一気に早くなる。

体の震えが止まらない、呼吸も安定してない。


「キャーッ!」


隣の部屋から悲鳴が聞こえた。

おそらく刀夜と同じように窓から外を見てしまったのだろう。


刀「(馬鹿、悲鳴なんて上げたら…ッ!)」


そう思ったと同時に、再び凄まじい爆発音が響いた。

今度はさっきより近いらしく、衝撃が刀夜にも来た。

激しく揺れ、壁や天井にヒビが入った。


刀「…っ」


揺れた時に壁に頭を強く打ち付けた。

痛みで顔を歪ませながら不意に音がした方向を見ると、ある筈の壁が無かった。

そして隣の部屋が吹き飛ばされて、先ほどまであった部屋の中心にはあの醜い化け物が立っていた。


その手には隣の住人の頭が握られている。


声を出さないように手で口を塞いだ。

化け物はまだコチラに気付いていない。

おそらくあの目には何も見えなくて、音に反応するのだ。


息を止めて、化け物が去るのを強く願った。

自分にしか聞こえない筈の心臓の音までが、アレに聞こえてしまうのではないかと思えた。


グシャッ


手に持っていた頭が握り潰された。

脳味噌や目玉が嫌な音を立てて地面に落ちた。

刀夜は目を逸らしたかったが、いつあの化け物に襲われるか分からない所為でモロに見てしまった。


涙が込み上げて来ると同時に吐き気にも襲われた。


「鎖姫…」


化け物はそう言って何処かへ飛び去っていった。

もう何処にも居ないコトを確認して、刀夜は手を口から外した。


恐怖で頭がおかしくなっていそうだった。

思い切り深呼吸をして酸素を確保すると、今度は胃にあった物を吐き出した。


刀「…気持ち悪い」


化け物の姿と頭が握り潰される映像が頭から離れない。



化け物が去った後には、無残な姿になった人間の姿があった。






その日、2軒の爆発は事故として処理された。

刀夜も事情聴取されたが、自分の見たコトなど信じては貰えないと分かっていた。

だから刀夜は「爆発があったとき気絶してしまって何が起こったのか分からない」と答えた。

壁の無くなった自分の部屋から、隣の住民の遺族達が見えた。

泣き崩れて、住民の名前を何度も何度も悲しそうに呟いていた。


刀「…」


壁が無い分冷たい風が入ってくる。

刀夜は何枚もの毛布を深く被って眠りに着いた。

眠れたのは1,2時間程度だったが。


しかし夢は見た。


狐のお面を被った髪の長い死に装束を着た女が、語り掛けてくる夢。

何度も何度も


『思い出して』


と言っていた。


刀夜は目を覚ました時、やけにその夢をはっきり覚えていて不気味に思った。


刀「(何だったんだ…)」


そう思いながら体を起こした。

すると毛布の中でカシャンと金属のぶつかる音がした。

刀夜は何枚もの布団を捲って見た。


すると丁度腹の上に長い鎖があった。

訳が分からず、その鎖を手繰り寄せると先には鋭い鎌が。

驚いた刀夜は鎌を落としてしまった。


トス


軽く投げただけなのに鎌は床に深く刺さった。


刀「どんだけ切れ味良いんだよ…っ」


何でこんなものが布団の中に入っていたのだろう。

昨日のコトといい、夢のコトといい、不気味なコトが多すぎる。

刀夜は刺さった鎌を抜いて床にそっと置いた。


そしてさっさと準備をしてさっさと家を出て行った。

勿論鎖鎌は置いたまま。


玄関の扉を閉めた時、鎖鎌が怪しく光った。




これは…なんていうんですかね、戦いモノ?



タイトル:鬼斬りの鎖姫(おにきりのくさりひめ)



【主人公】

名前:如月刀夜


学年:高1


詳細:遥か昔、伝説の鬼と闘った鎖姫の生まれ変わり

    面倒事が嫌いで、人と話すのが苦手

    勉強は並だが、人間離れした運動神経を持つ

    痛みを感じない特異体質






名前:狐陽


学年:不明


詳細:ある日突然刀夜の前に現れた狐の仮面を被った女

    いつも死装束を纏っていて血の匂いがする

    とても優しい声をしている

    鬼を1度でも目にした者以外は彼女を見るコトも触るコトも出来ない






名前:桜野雅


学年:不明


詳細:伝説の鬼に仕えている半鬼

    刀夜を殺害する為に学生になりすますが、恋に落ちてしまう

    愛刀の血烏で数え切れないほど人を殺めている

    夜になると目が紅くなり、額から角が生える






名前:東條カズキ


学年:高1


詳細:刀夜に命を救ってもらい、刀夜を慕っている

    彩女・佐智・黒静・八雲と行動を共にしている。

    刀夜が普通の人間じゃ無いと知っても友達でいてくれる良い奴等。




今決まってるのはこのくらいです。

涼雨は息を切らして帰宅した。

その時光輝とすれ違ったのだが彼は気付かなかった。


涼「親父!光輝は?部屋か?」

「え、今さっきそこにいたと思うけど…ってお前学校はどうした」

涼「サボった」

「何ぃ?」


呆れたような涼二は額に手を当てた。

只でさえ成績が悪いのに学校をサボるなんて言語道断。

涼二は頭が痛くなるばかりだ。


涼「それより親父、何で光輝が病気だって教えてくれなかったんだよ」


途端に涼二の顔が険しくなった。

明らかに怒っている息子の表情を見て、溜息を付いた。

そして冷ややか目で涼雨の目を見る。

そんな眼光に涼雨は怯んでしまった。


「知ってどうする」

涼「どうって…」

「お前にあの子の病気が治せる訳じゃないだろう」

涼「…そうだけどッ…」

「あの子がどうして病院を抜け出したのか、よく考えてみれば分かるコトだ」


涼雨は言い返せなかった。

数え切れないほどの患者を診て来た父親の言うコトは重い。

自分には到底理解出来ないコトが彼には分かる。


「お前には一生分からんかもしれんがな」






「キラさん」


紫苑は光輝の細い肩を掴んだ。

先程言ったコトなどまるで覚えていないような顔で振り返った。


紫「また…会いにきてもよろしいでしょうか?」

光「アンタ本当に物好きだね、僕なんかに会いに来て何が楽しいの」

紫「楽しいというか…、貴女といれば生きる理由が見つけられそうなので」


光輝はキョトンとしていた。

暫く沈黙して「だといいね」と言って微笑んだ。

紫苑も自然と笑みが零れていた。


光「そういえばアンタ、名前は?」

紫「紫苑です」

光「紫苑…綺麗な名前だね」

紫「キラさんには及びませんよ」

光「そんなコト無い、アンタの目と同じくらい綺麗だよ」


紫苑は少し驚いたような表情を見せた。


この紫の目を綺麗と言ったのは光輝が初めてだった。

家族や医者までが「気味が悪い」とか「不吉だ」などと言っていたのに。

何の躊躇いも無く「綺麗」と言ったのが信じられなかった。


紫「紫の目なんて不気味なだけですよ…」

光「そう?僕は好きだけど」

紫「…、貴女は面白い人ですね」

光「そりゃ褒め言葉か?」

紫「勿論」


紫苑は本当に嬉しそうに笑った。


目の前にいる自分より小さく、強い心を持った少女。

彼女は自分を救ってくれそうな気がした。

生きる道へと導いて、今よりずっと楽しい人生を歩ませてくれる…

紫苑にはそんな気がしてならない。


紫「僕はあなたのコトが好きになったのかもしれません」

光「止めとけ、僕はいつ死ぬか分からないんだぞ」


愛の告白をアッサリと受け流す。

そんな扱いをされるとムードというモノが壊れて、紫苑は苦笑いを浮かべていた。


紫「生きる手立ては残ってるじゃないですか、心臓移植という名の」

光「ドナーなんていつ来るか分かったもんじゃない、期待は出来ないよ」

紫「僕が言うのもなんですが、貴女は生きるコトを諦めているんですか?」

光「…諦めるというか…」


どこか遠くを見るような目をしていた。

光輝は諦めているというより、開き直ってるの方が正しいかもしれない。

寿命が延びるなんて奇跡が起きない限り無理だと思っているのだ。


紫「一緒に頑張りましょうよ、僕も手術が成功したら治るかもしれないって言われてるんです」

光「へぇ…よかったじゃない、希望があって」

紫「貴女にだって希望は有ります、僕が保障しますよ」

光「紫苑に保障されても意味無いんだけど…」


複雑そうに笑って、ニッコリ笑う紫苑を見た。

同じ立場のはずなのに、どうしてこんなに違うんだろう。


死を恐れず、生きる希望を手放していない者。

死に恐怖し、生きるコトを諦めている者。


光輝は楽しかった昔を思い出して、目を細めた。


光「紫苑、これから病院に戻るの?」

紫「はい。外出許可は下りましたが退院はしてないので」

光「じゃあ父さんに伝えて」



光「近い内に戻るって」


紫苑は嬉しそうにうなずいた。

松葉杖をその辺に置いて1歩踏み出してみた。

ズキッと痛みは感じるものの、昨日ほどではない。

自分でも、予想外の回復の早さに驚いていた。


光「もうコレ、いらないな」


光輝は腫れた方の足を庇いながら涼二のいる診察室へ戻った。

歩き方がやや不自然だったが、見ている人がいた訳でも無いので気にしていないようだ。




この診療所には、光輝以外にも何人か入院している。

たまに笑い声は話し声が聞こえてきて、その度に光輝は耳を塞いだ。

廊下に響き渡る声は、以前いた病院を連想させるから。


光「(少し過剰になり過ぎかも)」


廊下の窓から街を眺めた。

丁度、近くの道で手を繋いだ親子が笑顔で歩いていた。

とても幸せそうだった。


光「…クス」


思わず顔が綻んだ。

自分も、あんなふうに笑っていた時があったと思うと、随分昔のコトのように思えた。





-五月診療所入り口-



紫「…(何でこんなに静かなんでしょう、誰もいないんでしょうか)」


宝城病院は大勢の人で賑わう場所。

こんなに静かな医療施設があるなんて信じ難いようだ。

彼はそのまま立ち尽くして、中をじっくり観察していた。


紫「…ふむ」


1つ1つの装飾にも興味深そうに目を通していた。


「よっと」


そんな時、階段を下りてきた光輝が現れた。

紫苑の目が留まった。

松葉杖を引き摺って歩くその少女は、人間とは思えない程美しかった。


光「…ん?」


紫苑に気付いた光輝は彼の薄い紫色の髪に目が行った。

しかし声を掛けるコトは無く、そのまま足早に立ち去ろうとした。


紫「あ、あの!」


慌てて紫苑は呼び止めた。

一瞬嫌そうな顔をした光輝だったが、客だったら失礼な態度は見せられない。

足の痛みを堪えながら紫苑の傍まで歩いた。


光「何ですか?僕看護婦じゃないですよ」

紫「いえ、ひとつお尋ねしたいコトがありまして」


紫苑は光輝の姿をつま先から頭までじっくり見た。

自分のイメージしていた人間像より、ずっと綺麗だった。

多分間違いないだろうと思い、彼はニッコリ笑った。


紫「宝城光輝さんですよね?」


光輝の顔色が一気に変わった。

そして足の痛みなど忘れて裸足のまま外へ逃げようとした。


紫苑は反射的に光輝の腕を掴んでいた。

光輝はその手を必死な形相で振り払おうとしていた。


光「離せッ!僕は帰りたくないんだ!」

紫「落ち着いてください、僕は連れ戻しに来たんじゃありませんよ」


落ち着いた表情でもう片方の手を掴んだ。

その腕はとても細くて少し力を込めれば折れてしまいそうだった。


光輝はその表情を見て少し戸惑っている。

彼を信用して良いものかと考えているようだ。


紫「僕はあなたに会いに来ただけです」

光「…物好きな奴もいたもんだな…」


不審な目で紫苑を見上げていた。

そんな様子を見て、彼はニッコリと笑って見せた。

手を離すと、光輝は深くて長い溜息を付いた。


光「(心臓に悪い…)」







光輝と紫苑は診療室の隣にある客室にいた。


向かい合って座っていると、痛いほど紫苑の視線を受けた。

昨日の涼雨と全く同じパターンだった。


光「…僕に何の用があるんですか、さっさと言って欲しいんですけど」

紫「言いたいコトですか?特に無いです」

光「え、でもさっき僕に会いに来たって」

紫「会いに来ただけです」


笑顔でそう答えた紫苑に何と返せば良いのか全く分からなかった。

そして本当に信用出来るのか、と思った。


紫「その髪は遺伝ですか?」

光「違う…けど、アンタは?」

紫「僕も元々です」

光「ふ~ん…、変わってるね紫なんて」

紫「よく言われます」


光輝はなるべく視線を合わせないようにしている為、目も紫色だとは気付かなかった。

というか彼女は綺麗なモノが苦手で、紫苑のような人間は苦手要素の塊だった。

視線を浴びるだけで緊張してしまう。


光「あの、ジロジロ見ないで貰えますか」

紫「え?嗚呼、すみません、ついクセで」

光「変なクセですね…、僕なんて見ても面白くないでしょうに」

紫「そんなコトはありません、あなたは実に興味深いです」


心の中で「嬉しくない」と思っていたが口には出さないで置いた。

そんな様子も面白そうに見ている紫苑の顔は相変らず笑顔で、楽しそうだった。


紫「キラさんは父親似でしょう?目元が凄く似ています」

光「…父さんのコト知ってるんだ」

紫「僕は病院の患者ですから」


つい“患者”という単語を聞いて目を合わせてしまった。

紫苑の紫色の瞳に吸い込まれそうになり、慌てて視線を逸らす。


とても綺麗だった。

いつもは静かな心臓の音がやけに煩く聞こえる。

無意識のうちに胸に手を当てていた。


紫「僕は肺を患っていて、少しの運動が命取りになったりします」

光「…僕と同じだ」

紫「喜べるコトではありませんね、それに僕は余命半年の宣告を受けてますし」

光「半年…!?そんなに重症なのか?」

紫「らしいですね、あんまり自覚は無いんですけど」


力なく笑っていた。

光輝は凄く複雑な気分になり、少し暗い表情になっていた。


どうして余命半年の宣告を受けながら笑っていられるのか不思議だった。

本来ならもっと嘆き、悲しむものではないだろうか?

今の自分のように…


そんな光輝の思いを察したのか、紫苑は「フフ」と笑った。


紫「僕には失うモノが無いんですよ、死なんて怖くありません」


そう言うと、光輝は俯いて黙ってしまった。

紫苑はひたすら彼女が言葉を発するのを待った。


そして突然言った。


光「アンタ、悲しい奴だね」


光輝の肩がかすかに震えていた。

俯いている為紫苑には光輝の表情が読み取れない。

それでも紫苑を哀れんでいるというのは確かだ。


光「折角この世に生まれて来れたのに、何一つ見つけられないなんて」

紫「…それは、どういうコトでしょうか」


顔を上げた光輝の表情は真剣そのものだった。

真っ直ぐに紫苑の目を見ている。


光「アンタは何の為に生まれてきたの?死ぬ為に生きてた訳じゃないでしょ」

紫「…」

光「失うモノが無いんじゃなくて、アンタはまだ見付けて無いだけだ」


光輝は椅子から立ち上がって紫苑を見下ろした。


光「僕は残りの時間を無駄に過ごすつもりはない、アンタとは違う」


怒っているような悲しんでいるような声だった。

それだけ言い残して光輝は客室を出て行った。


部屋に残された紫苑は呆然としていた。

そんなコト言われるなんて微塵も思っていなかったからだろう。

普通の人だったら「失うものなんて無い」「死なんて怖くない」などと言われたら悲しむだろう。


同じ死の宣告を受けてた光輝だからこそ言えたのかもしれない。

でも光輝が紫苑とは違う。

死を受け入れてはいるが、彼女には生きる理由が残っている。


紫「…面白い人だ」


そう言ったものの、彼は無表情だった。

初対面の人間に核心をつかれてしまった。


あんなにも細くて重病を持っていても、


自分より彼女はずっと強い人間なんだと思った。

紫苑は見慣れない街を眺めながら歩いていた。

探しているのは「五月診療所」


紫「(静かな所ですねぇ…)」


褒めていると同時に半分嫌味のつもりだった。

活気が無いと感じられたからだろう。


紫「(こんなトコで何してるんでしょう、キラさん)」





-五月診療所-


光輝は目を覚ました。

胸に手を当てて脈を確認している。


光「生きてる」


思わずそう言ってしまった。


光輝は安心して、長い溜息を付いた。


「キラちゃ~ん、包帯替えるからおいで~」

光「あ、は~い!」


ベッドの横にあった松葉杖を手にして、部屋を出て行こうとした。

そして鏡の前を通った時、帽子が邪魔だと思った。


光「…まぁいいか、涼二さんは知ってるんだし」


帽子を掴んでベッドの上に投げた。

そして腫れた足を引き摺るように病室を出て行った。

松葉杖の意味はあるんだろうか。





-A中学校-



涼雨は教科書を広げたまま、考え事をしていた。

今習っている所は昨日光輝に散々教えてもらった所だ。

でも授業に集中出来ていない。



『僕には時間が無いんだ』


『いつ死んでもおかしくないんだってよ』




考えないようにしようとすればするほど、光輝の顔が頭から離れなくなる。


光輝が死んでしまうと考えると胸が苦しくなる。


涼雨はいても立ってもいられなくなった。


涼「先生!俺早退します!」

「え?あ、ちょっと待て五月!」


涼雨は鞄を持って、3階の窓から飛び降りた。

教師と教室にいた生徒は一斉に悲鳴を上げたが、涼雨は見事着地。

何事も無かったかのように校門に向かって走って行った。





-五月診療所-



「何だ、随分良くなってるじゃないか」

光「ホントですか?良かったぁ…」


光輝は微笑んだ。

涼二はそんな光輝を見て、笑い返した。


見事な金色の長い髪は、肌の白い光輝によく似合う。

自分の娘にしたいくらいだ、と涼二は思っていた。


「何で男装なんてしてるんだい?可愛いのに」

光「この格好で歩いてて誘拐されそうになったコトあるんですよ」

「…それは災難だったな」


光輝は少年ではない。

少女だ。


元々一人称は「僕」だった為、男装に全く違和感が無いらしい。

分かっていると思うが、涼雨は光輝を男だと思っている。

哀れな奴だ。


「にしてもその格好…、着替えたらどうだ?」


涼二は汚れた服装を見て、言った。

昨日散々殴られたち蹴られたりしたので、至る所が破れている。

着ている本人は全く気にしていなかったようだが、改めて見ると酷い格好だ。


光「でも僕着替え無いんですよね」

「今までどうしてたんだ?何日も野宿してたんだろう?」

光「自腹で買ってました。着ない奴は邪魔なんでコインランドリーで洗濯して古着屋に」


何て贅沢な生活をしていたんだろう。

でも彼女にはファッションセンスというものが微塵も無かった為、服装はシンプルだ。

寝巻きだと言っても問題無いくらいの。

「涼雨のじゃデカイしなぁ…、あ…そういえば」

光「別にいいですよ、どうせ動かないですし」


涼二は立ち上がって、隣の部屋に入って行った。

光輝の言葉などまるで聞いていないようだ。


5分位して戻って来た涼二の手には、真っ白な服が。


涼二はそれを光輝に差し出した。

サイズは少し大きいが、光輝の金髪が映える服だった。


光「…可愛い」

「そりゃあよかった。良かったら貰ってくれよ」

光「あ、有難う御座います!早速着替えてきていいですか?」

「おぅ」


嬉しそうに笑って光輝はひょこひょこと部屋を出て行った。

涼二はそんな光輝の様子を楽しそうに眺めて、デスクに飾ってある写真を手に取った。

そこには涼二と涼雨、そしてもう1人母親が写っていた。


「貰ってくれるってよ李雨、良かったな」





-街道-



紫苑は街道のショーウィンドウを見ていた。

中には服やら鞄やら靴が並べられている。

しかし彼が目にしているのはそんな物じゃない。

赤いリボンだった。


紫「(こういうのが似合う人だといいですねぇ)」


クス、と笑ってその場を後にした。

紫苑は光輝のコトを名前しかしらない。

名前が気に入ったので会って見たいと思っただけ。

彼はミステリアスな人間だ。

人を見るのが仕事の人間だって彼を感情や考えを読み取れと言われたら苦労するだろう。


紫苑は泣いたり怒ったりしない。

無表情になるコトはあるが、それ以外はいつでも笑顔だ。


何を思って笑顔でいるのかは、誰にも分からない。





-五月診療所-



光輝は鏡の前に立ってみた。

こんな格好をするのは何日振りだろうか、そう思いながら鏡に映る自分を見ていた。

ヒラヒラと真っ白なスカートが揺れた。


光「こんなの貰って良いのかなぁ、結構新しいけど…」


スカートの端を摘まんでみた。

とても触り心地が良くて、バーゲンセールで売っている様な安物には思えない。

光輝は考えていた。

こんな物どうして涼二が持っているのだろうか?と。

女装趣味を持っている訳ではないだろうし、光輝の為に購入してきた筈も無い。


光「…ま、いいか」







-通学路-



涼雨は走り続けていた。

授業を中断して、1秒でも早く、光輝に会いたかった。

自分が呑気に勉強している間に、もう生きては会えなくなってしまうかもしれない。

そう思うと、怖くて、悲しくなった。


昨日間近で見た光輝の横顔を思い出した。

とても綺麗で、頭から離れない。


涼雨は走りながら思っていた。

きっと自分は


光輝という少年に恋しているのだと…






-五月診療所前-



紫苑は足を止めた。

「五月診療所」と書かれている看板を見て、フッを笑った。


紫「どうやら…此処みたいですね」




涼雨は帽子を深く被った少年を横目で見てから家を出た。

後姿はまるでキノコ。

そう思いながら中学校への道を駆けて行った。


すると道の途中で同じ中学に通う愛沼秀治に会った。

少し前に知り合った愉快な奴だ。

涼雨は走りながら「よッ」と軽く挨拶をした。

涼雨に気付いた秀治も「オッス」と返し、涼雨のペースに合わせて走り始めた。


秀「昨日隣のクラスの奴等に呼び出されてたみたいだけど何かあったのか?」

涼「集団リンチだよ、流石の俺もアレにはキレたね」

秀「…(つまり勝ったんだな)」


光輝と会う少し前、涼雨は同級生5人ほどに喧嘩を売られた。

勿論彼は勝利したが、その後も怒りが収まらず大変だった。

だから落ち着こうと思い路地裏を選んで下校したが、今度は高校生の暴行現場に行き着いてしまった。

光輝にとっては吉、涼雨にとっては凶。


もしあの時涼雨が路地裏を選んでいなかったら、光輝はどうなっていたのだろう?


そんなコトを考えていると、今朝のコトを思い出した。

今日は光輝の情報収集をしようと思っていたのだ。


涼雨は足を止め、鞄の中を探り始めた。

それに合わせて秀治も足を止め、涼雨の様子を眺めている。


鞄から携帯を取り出した涼雨は、光輝の写真を画面上に出した。

昨日つい撮ってしまったモノだ。


涼「コイツ誰だか分かる?」


秀治は携帯を受け取り、画面を興味深そうに見ていた。

何か思い当たる節があるようだ。


秀「この人、ひょっとして宝城先輩か?」

涼「嗚呼」

秀「確か宝城先輩って高校中退して入院してるんだろ?可哀想だよなぁ」

涼「(ぇ、入院…?)」


あれほど病院を嫌がっていた奴が入院?


涼雨はその矛盾に悩まされた。

そういえば昨日の父親と光輝の会話で、「匿う」とか何とか言っていたような気がした。


ひょっとして彼は病院を抜け出して来たのではないだろうか。


そう考えるとつじつまが合う。

でも肝腎の、どうして彼が入院していたのかは全く分からない。

至って普通だった。

何処も悪いなんて思えない。


涼「何で入院してたかって分かるか?」

秀「詳しくは知らねぇけど心臓の病気って聞いたぜ」

涼「(心臓…!?)」


『僕には時間が無いんだ』

突如、光輝の言った言葉が蘇っていた。

今考えるととても深刻な状況だと言うコトに気付く。


それに釘を刺すように、秀治は続けた。


秀「いつ死んでもおかしくないんだってよ」


衝撃を受けた涼雨は自分の耳を疑った。

持っていた携帯を落としてしまいそうだった。


涼「何でそんなコトまで…」

秀「だって先輩の同級生だったもん、俺の姉貴」


涼雨は信じたく無い事実を知ってしまった。





-五月診療所-


光輝は病室の窓から街を眺めていた。


風に流されていく落ち葉

風を切って宙を舞う鳥

足早に道を行く人々


時間は動いている、止まってなんてくれない。


そう思うと、胸が苦しくなった。

自分が抱えている爆弾も絶えず動いているのだ。


光「……死にたくない…死にたくないよ…」


目に涙が溢れてきて、今にも零れてしまいそうだった。


光「…うっ」


ギリッと奥歯を噛み締め、胸を抑えた。

そしてそのまま崩れるように床に倒れこんだ。

表情は苦痛にゆがみ、呼吸をするのもままならなかった。


しかし光輝は誰にも助けを求めようとはしなかった。

胸を掴んで、痛みが治まるのをじっと待っている。



痛みが治まったのはそれから数分後。

光輝はベッドの上に倒れ込み、荒い呼吸を整え、そしてそのまま眠りに付いた。





-宝城病院-



廊下に掛けてあるプレートには「篠塚紫苑」と書かれている病室。

紫の目をした少年、彼こそが紫苑だ。

彼は今日出かけるらしい。

外出許可が下りたのだ。


黒いジャケットを羽織り、窓から外を眺めていた。

そんな彼の元に淳司がやって来た。


淳「何処に行くつもりだい?」

紫「まだ決まってません」

淳「…そうか」

紫「出来ればキラさんに会いに行きたいんですけどね」


紫苑はニッコリ笑った。

淳司はその言葉を予想していたのか、やれやれと溜息を付いた。

そして白衣のポケットからメモ紙を取り出して紫苑に渡した。


紫「…五月診療所…。嗚呼、たまに病院にくる五月涼二先生の」

淳「君の記憶力の良さには本当に驚かされるね」

紫「ふふ…」


紫苑はメモに書いてある住所と電話番号をじっと見た。

そして「有難う御座います」と微笑んで、メモを返した。


紫「では、行って来ますね」


淳司に軽く会釈をすると、紫苑は病室を出て行った。

良く見ると彼は髪も紫色だった。

淳司は自分より少し大きめの細い少年を見送った。










※篠塚時雨ではなく、紫苑(しえん)に変更しました。

光輝は診療所の病室にあるベッドで寝ていた。

猫のように背中を丸めて、規則正しい寝息を立てている。

その姿はとても可愛らしかったのだが、腕や足にある生々しい傷跡が見え隠れしていた。


様子を見に来た涼雨の父親は、それを見て悲しい表情を浮かべていた。


「(よっぽど病院に行きたくねぇんだな…。まぁ無理も無いけど)」


父親は毛布を掛け直し、光輝を起こさないように部屋を出て行こうとした。

でもすぐには出て行かず、光輝の背中に向かってポツリとつぶやいた。


「光輝ちゃん、あんまり危ないコトしていると、寿命が縮むぜ」


父親は部屋の扉を閉めた。


光輝はパチッと目を開け、体を起こした。

足音が遠ざかっていくのを確認して、窓を開けた。


光「そんなコト…分かってる…」


冷たい風が部屋の中に流れ込んでくる。

その風は光輝の被っていた帽子を外し、床に落とした。


サラッと光輝の長い髪が表れた。


光輝は空を見上げ、大空一杯に広がる星達を見ていた。

月やの光には程遠いが、どれもが美しく輝いている。

そんな星達が愛しく思えた。


フッと笑って窓を閉めた。

落ちた帽子を軽く払って被り、長い髪を帽子の中に押し込む。


光「…あとどれくらいもつのかな…」


自分の胸に触れ、光輝は目を細めた。

ドクンドクンと脈を打っているのが分かる。


光「時限爆弾みたいだ」


吐き捨てるようにと言った。





-宝城病院-


この病院である宝城淳司は、とある病室の前で足を止めた。


トントンとノックをして、静かに扉を開けた。

扉は軽く、簡単に開く。


病室には1人の少年がベッドにもたれて本を読んでいた。

彼は部屋に入ってきた淳司に紫色の目を向ける。

すると薄っすら微笑んで、本を閉じた。


「どうしたんですか、院長」

淳「その言い方は止めてくれといった筈だ」

「ふふ…そうでしたね」

淳「娘はまだ生きていたよ」


少年は嬉しそうに笑った。

本をベッドの横にある棚の上に置き、淳司を見た。


「それで、彼女にはいつ会えるんですか?」

淳「分からん、知り合いが暫く預かりたいと言って来た」

「…そうですか」


詰まらない、とでも言いたそうに目を逸らした。

彼は窓の外に目を向けた。


淳「どうしてそんなに拘るんだ、私の娘に」


少年は目を逸らしたまま考えていた。

すると何を思ったのか、クスクスと笑い始めた。

淳司には彼が不思議でならない。


「拘っている訳ではありません、単に可愛いからですよ」

淳「…?面識があるのか?」

「いいえ、名前が、です」


少年は紫の目を再び淳司に向けた。

その目は淳司の反応を楽しむように笑っていた。


「僕は彼女に会ってみたい」

淳「…」

「名前に相応しい人物なら僕に会う前に死んだりしないでしょう」

淳「…、君は本当に変わっている」


淳司の言葉を聞いて、やはり少年は笑っていた。

確かに少年は、とても少年とは思えないコトを言う。

顔も大人びているし、雰囲気も落ち着いている。

そして、いつでも笑いっていた。

淳司はそんな彼が苦手だった。


「早く会いたいです…キラさん」







-五月診療所-


涼雨が目を覚ますとカーテンが開いていて、朝日が眩しかった。

寝る時はちゃんと閉まっていた筈なのに、と涼雨は体を起こした。


するとどうだろう、部屋の中央に光輝が立っていた。

そして冷たい視線で涼雨を見下ろしていた。

涼雨は最初幻覚かと思っていた。


涼「…何してんだ?」

光「起こせって言われたんだよ」

涼「親父に?」

光「他に誰がいる」


起きたコトを確認した光輝はそのまま部屋を出て行った。

涼雨は頭が悪いだけでなく、寝起きも悪い。

だからわざわざ光輝が起こしに来たのだと思われる。


涼雨は眠そうに欠伸をしながら、制服に着替えた。

そして、ふと思った。

光輝は学校へ行っているのだろうか?と。


しかし昨日の、父親と光輝の会話を思い出した。

変に詮索しては彼を傷付けてしまうのではないかと思った。


涼「…」


でもやはり気になる。

あの顔で学校へ言ってるなら相当有名だろうと思ったから。

そこで涼雨は、学校で光輝について聞き込みをするコトにしたのであった。



少年の名前は宝城光輝、光輝は「きら」と読むのだそうだ。

涼雨が「りょう」と読むのと同じくらい変わった名前だ。


涼「なぁキラ、お前なんで家ン中でも帽子被ってる訳?」

光「この問題が解けたら教えてやる」


光輝は約束通り、涼雨に勉強を教えていた。

彼は高校生なので、中学生の勉強を見るなんて簡単だ。

自分の習ったことをそのまま教えれば良いのだから。


しかし涼雨は勉強が嫌いなので、真面目には取り組んでいなかった。

むしろ光輝が気になって、集中など出来ないのだ。


涼「(まつげ長いなぁ…)」


自然と目が行ってしまう。

こんなに綺麗な顔を見たコトが無かったのだ。


光輝はそんな視線を気味悪く思っていた。


光「オイ、涼雨、いい加減にしろよ。僕はマネキンじゃないんだ」

涼「マネキン…?俺はマネキンなんか見ねぇよ」

光「そんなコトどうでもいい!ジロジロ見られる僕の身にもなってみろ!」


涼雨はしぶしぶシャーペンを握った。

ノートは光輝の文字で埋め尽くされている。

涼雨があまりにも馬鹿なので光輝が解き方などを書いているのだ。

とても男とは思えないクセ字で、女みたいな字だった。


涼「せんせぇ、此処分かんないんですけど~」

光「え、何処…って、オイ!此処さっき教えただろう!」

涼「分かんねぇんだもん」

光「『だもん』じゃねぇよ気持ち悪ぃ!」


光輝は手に持っていた教科書を閉じて、涼雨のすぐ隣に座った。

涼雨のペンケースから赤ペンを取り出して、「いいか、此処はだなぁ」と説明を始めた。

でも涼雨は聞いてない。

真近にある光輝の白い顔を凝視していた。


目は大きめでパッチリしている。

肌は白く、ふっくらした唇。


涼雨は光輝に釘付けだった。


持っていたシャーペンが落ちた。


光「オイ」

涼「…え?」

光「僕の顔に何か書いてあるか?」


涼雨はハッとして、視線をノートに戻した。

男にトキメいてしまったと打ちひしがれていた。

光輝は呆れたように溜息を付き、新たな問題をノートに書き加えた。


光「それ解けたら休憩しようか」


光輝は溜息を付いて、机に置いてあった水を口に含んだ。



-五月診療所前-


涼雨の父親は、ある人物と電話していた。


「もしもし…宝城さんですか?五月です」

『嗚呼、君か。どうした?』

「お宅のお子さん、見つかりましたよ」

『な、何!それは本当か!?ど、何処にいる!?』


父親は溜息を付いた。

外から見える、涼雨と光輝のいる部屋を見る。

久しく、息子の楽しそうな声が聞こえるような気がした。


「その前に聞きますが、宝城さんはあとどれくらいもつと…?」

『…分からない、いつ逝ってもおかしくないとしか…』

「……、実はウチで匿ってます」

『何?では今すぐ妻をそちらに…』

「いえ、暫く私にお子さんを預けて貰えませんか?」

『それは、本気で言ってるのか?」

「はい」


電話の向こうで、暫く沈黙が流れた。

そして深い溜息が聞こえた。


『君が何を考えているのか知らんが、万一のコトがあったら次に会うのは処刑台だと思え』

「…有難う御座います」

『紫苑くんだって早く会いたいと言っているんだ』


電話はそこで途切れた。

父親は安心したのか、長い溜息を付いた。


「物分りの父親をお持ちで、光輝ちゃん」