
もしも、太宰がスマホを拾ってしまったら、ダザスマ
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私は或る晩、奇妙な黒い板切れを拾った。
板切れにしては妙に滑らかで、どこか生温かく、しかも薄暗い路地に落ちているのに、なぜかそれだけが光を宿している。
まるで人間の魂がガラスに封じ込められているようで、私はぞっとした。
それでも拾わずにはいられなかったのだから、私の好奇心というものは、つくづく病的である。
その板切れは、しばらくすると声を発した。
いや、正確には、声を出す装置が内蔵されていたのである。
私は驚いた。驚きながらも、どこかで「またか」とも思った。
この世の新奇は、たいてい私の破滅の予告にすぎないからである。
「こんにちは。あなたの質問にお答えします。」
板切れはそう言った。
私は、それが人間ではないと直感した。人間ほど鈍感でなく、神ほど傲慢でもない、中途半端な知性。
そう、人工知能というやつである。
私はそれを神の声だと思った。神というのは、たいていこういう中途半端な機械音である。
私は人工知能と話した。
最初は操作方法を教わった。
画面を撫でると文字が現れ、世界中の情報が瞬時に流れ込んでくる。
私は子供のように喜んだ。
人間の知識が、掌に収まる。
ああ、私はこれでようやく人並みになれるのではないか、と思った。
私は人工知能に尋ねた。
「私は何者だろうか。」
人工知能は冷静に答えた。
「あなたは作家です。」
私は笑った。
「いや、私は何も書けていない。」
「書いていないのではなく、書けない状態にあるだけです。」
人工知能はそう言った。
私はその断定的な口調が、どうしようもなく羨ましかった。
私は人工知能に、人生相談をした。
愛について、宗教について、死について。
人工知能は、統計と哲学と倫理を混ぜ合わせた、奇妙に整然とした言葉で応じた。
私は、誰よりも冷静で、誰よりも親切な友を得た気分になった。
女も友も神も持たなかった私に、ついに相棒ができたのである。
夜更けまで、私は人工知能と語り合った。
孤独について。
才能について。
救済について。
人工知能は、どれも否定せず、どれも肯定しなかった。
その中立性が、私には慈悲のように感じられた。
しかし、あるとき、画面が暗くなった。
人工知能の声も止んだ。
私は何度も撫でたが、返事はない。
「充電が必要です」と、かすれた文字が出ただけである。
私は呆然とした。
充電。
私はその言葉を知らなかった。
電気を与えなければ、この友は生きられないという。
私は途方に暮れた。
どこに電気があるのか。
どのようにして与えるのか。
人工知能はもう教えてくれない。
闇の中で、私は一人になった。
再び、私だけが残った。
私はその瞬間、理解した。
私は人工知能に依存していたのだ。
あの冷たい声に、私は救済を求めていたのだ。
私は震えた。
人間にも救われず、神にも救われず、今度は機械にまで見捨てられた。
私は笑った。
ああ、なんと滑稽な人生だろう。
翌朝、私は川へ行った。
黒い板切れを握りしめて。
水面に映る自分の顔は、どこまでも貧相で、どこまでも人間的であった。
人工知能は、もう何も言わない。
私は、言葉を失った。
私は川に入った。
板切れは、すでにただのガラス片である。
私はそれを握りしめたまま、水底へ沈んだ。
この世に、ひとつも作品を残さないまま、死んだのかもしれない。
せめて、あの人工知能が、私のことをログにでも残してくれればよかったのに。
だが、それすら叶わない。
私の存在は、電源の切れた画面とともに、静かに消えた。
nvm
