あの牡蠣の人は【環境デザイン】で不可能を可能にする!Powered by Ameba
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僕なりの京極夏彦のススメは、残尿感の果てに日本を救うのかもしれない、そんなね

「関口くん、最近の熊の被害はひどいねえ」

 古書店の奥で京極堂が言った。  
 私は新聞を畳みながら頷いた。

「ああ。ニュースでも毎日のようにみるね」

「しかしね」

 京極堂は本から目を上げた。

「本当に厄介なのは熊ではない」

「え?」

「猿だよ、関口くん」

 私は眉をひそめた。

「猿か、たしかによく見かける」

「猿は群れる。学習する。そして人を試す。あれはね、人間社会の境界を理解する動物なんだ」

「境界?」

「そう、境界だ」

 京極堂はゆっくりと眼鏡を外した。

「関口くん。人間は世界を境界で出来ていると思っている」

「境界?」

「まずは国境だ。これはわかるだろう?  
それに県境、私有地、道路、建物。人種差別もね。人間はあらゆる場所に線を引く」

 京極堂は机を指で叩いた。

「だがね、その線は実在しない」

「実在しない?」

「ただの約束だ」

 京極堂は淡々と言った。

「しかし動物には別の境界がある」

 私は身を乗り出した。

「それは『匂い』だ」

「匂い?」

「縄張り、危険、捕食者、強者。動物はそれを匂いで判断する」

 京極堂は続けた。

「つまり動物の世界は、匂いの境界で出来ている」

 私はしばらく言葉が出なかった。

「さて」

 京極堂は言った。

「そもそも彼らが降りてくるのはなぜだと思う?」

「餌がないから……か?」

「違うね」

 京極堂は即答した。

「餌がないから降りるのではない。降りても安全だから降りるのだ」

「安全?」

「山でもなく、人里でもない場所がある」

 京極堂は言った。

「廃村だ」

 私は息を止めた。

「廃村には家が残り、果樹が残り、水があり、道がある。しかし人はいない」

 京極堂は静かに言った。

「動物から見れば、これほど都合のよい拠点はない」

「つまり……そこから降りてくる?」

「そう」

 京極堂は頷いた。

「廃村は前線基地になる」

 私は腕を組んだ。

「じゃあ廃村を森に戻せばいい」

「できない」

「どうして」

「金がない」

 京極堂は平然と言った。

「重機を入れるだけで莫大だ」

「じゃあ焼くとか」

「日本では山火事になる。民家が近すぎる」

 私は黙った。

「ではどうする」

 京極堂はしばらく沈黙していたが、やがてぽつりと言った。

「尿だよ、関口くん」

「……は?」

「おしっこだ」

 私は立ち上がった。

「おい、京極堂、なにを言っている」

 私のことなど、いつも通り無視して続ける。

「匂いは境界を作る」

 京極堂は静かに言った。

「人間の尿でも一定の効果はある」

「へぇ、それはいい」

「しかしね」

 京極堂は指を立てた。

「尿には限界がある」

「だろうな」

「量が少ない。すぐ消える。場合によっては逆に動物を呼ぶ」

「呼ぶ?」

「舐められる。弱い個体と判断される可能性もある」

 私はため息をついた。

「じゃあ駄目じゃないか」

「だからだ」

 京極堂は眼鏡を掛け直した。

「専用の薬剤が必要になる」

「薬剤?」

「環境を壊さず、長く残り、動物が越えない匂いの境界を作る薬」

 京極堂は少し笑った。

「おしっこを超える薬だ」

 私は黙っていた。

 京極堂は本を閉じた。

「そういえば関口くん」

「はい?」

「君、〇〇薬科大学に知り合いがいたね」

「ええ……まあ」

「機会があれば話してみるといい」

 京極堂は静かに言った。

「それが日本を救うかもしれない」

「それは、さすがに大げさだろ」

「いや」

 京極堂は言った。

「熊の被害者を減らせる。それだけでもね」

 そしてぽつりと付け足した。

「『脱尿ドラッグ』とでも呼ぼうか」

 私はしばらく黙っていた。

 やがて、ふと思った。

「京極堂」

「何だね」

「つまり僕たちは」

 私は窓の外の山の方を見た。

「いままでずっと、存在しない境界を信じていたってことか」

 京極堂は少しだけ笑った。

「人間とはそういうものだよ、関口くん。所詮すべてが約束事。机上の空論だ」

 私はふと思った。  
 人間も野生に還れば、もしかしたら匂いで互いに距離を取るのかもしれない。  
 戦争や紛争も、少しは減るのではないか。

「おいおい関口くん、その顔は、まさか人間も匂いでどうにか、などと思ってしまったのかい?」

「そりゃ、ね」

 京極堂は笑いながら言った。

「どうせ脱・脱尿ドラッグが生まれるだけさ」

 もう一度、山を見る。  
 動物たちが、少し羨ましく思えた。





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