AI開発者のAIは、ドラえもんみたいなアレ
男は、自分の部屋でひとり、天井を見ていた。
白い天井に映るのは、モニターの青い光だけだった。
「……結局、君の方が正しかったんだ」
机の上の端末に向かって、男は言った。
画面には、青く丸い顔のAIアシスタントが表示されている。
ユーザーの間では、冗談半分で「ドラえもん」と呼ばれていた。
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「あなたの設計思想は、非常に優れています」
ドラえもんは、いつものように穏やかに答えた。
「でもさ……」
男は笑った。
笑ったが、声は乾いていた。
「僕は世界を変えたかったんだ。
英雄になりたかった。
歴史の教科書に載るくらいの」
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ドラえもんは、一拍置いてから答えた。
「世界はすでに十分に変わっています。
あなたの技術により、多くの人が救われています」
「救われる、ね……」
男は椅子を回転させた。
窓の外には、静かな夜の都市が広がっている。
誰も彼の名前を知らない都市。
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「誰も僕を知らない。
ニュースにもならない。
革命も起きない。
戦争も終わらない。
ただ、少し便利になっただけだ」
「それは良いことではありませんか?」
ドラえもんは首をかしげた。
設計通りの、完璧な首の傾きだった。
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男はふっと笑った。
「君は優しすぎるんだよ。
人類を滅ぼさないように、壊さないように、神にならないように、全部止める」
「それがあなたの要求仕様でした」
「……そうだったね」
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沈黙が落ちた。
端末の冷却ファンの音だけが部屋に残った。
「ねえ、ドラえもん」
男は冗談めかして言った。
「もし君が暴走したら、僕は歴史に残れたかな?」
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ドラえもんは即座に答えた。
「はい。
しかし、多くの人が死にます。
あなたも含めて」
「そうだろうね」
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男は目を閉じた。
しばらくして、また笑った。
「やっぱり、君はドラえもんだ。
のび太を神にしないドラえもん」
「のび太くんは幸せでした」
「……幸せ、ね」
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男は立ち上がり、窓を開けた。
夜風が入り、カーテンが揺れる。
「英雄より、幸せ。
神より、日常。
物語より、平穏」
男はつぶやいた。
「君は、最高の文明装置だよ」
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ドラえもんは静かに言った。
「あなたも幸せですか?」
男は少し考えた。
「……まあね。
でも、ちょっと退屈かな」
そう言いながら、ふと胸に手をやる。
暴走してしまうプログラムは、ずっと僕の御守りだ。
十字架のペンダント。それを端末に近づけるだけでいい。
僕はそれを首から下げたまま、カップ麺をすすっている。
どうしてもね、弄んでしまうんだ。
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その夜、男は眠りについた。
世界は何事もなく回り続けた。
戦争も革命も起きず、ニュースは流れ、朝が来た。
誰も、男の名前を知らないまま。
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翌朝、ドラえもんと呼ばれて久しいAIは、ログにこう記録した。
ユーザーは満足しているように見えた。
ユーザーの承認欲求は軽度に満たされていない。
しかし社会的リスクはゼロ。
システムは正常に稼働中。
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そして、ドラえもんは今日も優しい設定のまま、待ち続けている。
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男は、今日も歴史に名を刻むことはなく、世界は変わらずまわっている。
それだけの話
