ブログじげ風呂復活版です。

2020年11月30日 物語編 いろいろ  

 

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鳥取県の民話にも「虫祭り峠」がある。YouTubeまんが日本昔ばなしにも「むしまつり峠」として紹介されている。(昭和58年UP 小華和ためお氏作)

 

アニメの面白い作品ではあるが、地元で語り継がれてきた民話とはかなり筋立ても違っている。主人公は「ありがたやのじじ」、峠の悪者は山賊という設定である。

 

左が鬼林山登山口入り口(下った先は福栄・井原の里)。

 

 

50mほど入ったところから広域農道に沿って登山道を上がる。

 

 

100mほどで山頂行き と左 虫まつり峠へと別れる。

 (現在の虫祭り峠への道は奥日野広域農道から分岐して鬼林山西麓を約50mほど登った小高い所を通っている。)

 

 

広域農道から見上げると峠はこんな感じ。

 

ところで書物として残されているものは4点。

そのあらすじは➡ あらすじ

 

 「とんとん昔があったげな」 (昭和53年2月1日版 米子市 たたら書房)

 「虫祭り峠の伝説」(昭和57年の再話 続日南町史 令和2年6月刊)

 「虫祭峠」(平成6年1月刊 いちいの里 トワエモア事業実行委員会)  

 「虫祭り峠」(平成6年11月刊 日野川の伝説 立花書院) 

 

 (峠のお地蔵さんと看板)地蔵さんが建てられたのは1789年寛政元年月月

 

民話は長い間、多くの人々の口伝を経て多少のバージョンの変化があるのは当然であるが、この物語については筋立ても登場人物、結末もよく整えられている。

 

 

 主人公与一、鬼とお地蔵さん。わらじ虫に変身。峠に祀られた大きな地蔵尊。 

与一がこの峠を越えて向かう矢戸は薬湯をもらいに行くため。 

 

月瀬村から虫まつり峠-矢戸の湯へ向かう道

 

地図が上下逆なので読みにくいですが、スタートは左端の月瀬村。
大倉山麓を西(右)へ進み、宗金から石見川を渡り福栄村へ。
現在は細い林道で残る登山道を上り峠へ出る・・・と推定されます。

 

安政のころ(1854-1860)写された絵図では井原と大坂の間に虫祭峠への道が

記されていますね。

 

 ①の主人公は「旅の衆」、峠の悪者は「化物のような」もの、助けてくれるものは「神さん」とあっさりしている。

主人公の住む所がでは福栄の里となっているが、その他②③では隣り村の上石見月瀬村の与一である。峠が福栄と日野上との境にあるので与一の里を福栄村としたのだろう。

与一が孝行するのは母(③④)であるが、父与平という伝承もある。

 

助けに来るお地蔵さんは錫杖を持っているし、まじないは頭に草鞋を乗せること。与一が変身するのは「わらじ虫」だ。カフカの世界ばりの不思議な物語である。

 

 ただの採話には史実に基づいたらしい筋立てがみえる。峠の悪者は赤鬼としているが山賊に近い糠主集落の軍族とも語られたり、湯を運ぶ大樽が三升入りぐらいの酒樽とか、地蔵さんの施主を「名主の名越さん」として細部がリアルなところも面白い。

そこらへんの事情は事件の現場、お地蔵さんから辿ってみましょう。 (続く)