「日本人は悲劇的か、喜劇的か?」


寺山修司はニューヨークの街角でアメリカ人に聞いてまわったことがあるみたい。


答えは

「喜劇的」


喜劇的には善の意味が含まれているのだろうか。


「今の時代では、まさに善なるものは、かなしい。

滑稽なものほど涙を誘うのはなぜであろうか。」


太宰治の「人間失格」では


「「廃人」は、どうやらこれは、喜劇名詞のようです。」


という文が巻末にある。

確かに、喜劇的なものが悲劇名詞で、悲劇的なものは喜劇名詞であるかもしれない。この皮肉は、現実です。


私は、私というものを喜劇的な生き物だと思っていました。

でも、

最近の私を取り巻く状況はとても悲劇的です。

いつも、本質を確認したくはなかった。

それは、あいまいなものでいいと思っていた。

いいと思っていたのではなかった。


そうだ、いい加減ルールに従ってみよう。

どんなに欲しいものも、その特性が規則を大切にするものなら、私もその規則にのらなくちゃいけないんだな。


喜劇的なものは、多くが感覚的か?

感覚だけで喜劇的になるものは、今、知らない。


喜劇は考えるところに生まれる。

悲劇は感じるところに生まれる。


考えるところに生まれる喜劇。それは滑稽でかなしいもの。

NHKの「その時歴史が動いた」

生まれくる命 そして母のために ~荻野久作の受胎期発見~


オギノ式で知られる産婦人科医荻野久作。

有史以来の謎だった「人がいつ妊娠するか」、それが分かったのは今からわずか80年前、荻野の発見によるものだった。


つまり、排卵周期の解明だった。

それまでは「天からの授かりもの」、「コウノトリが運んでくる」など、極めて情緒的に表現され、偶然の産物と考えられていた妊娠を、排卵周期の解明により科学的に、より確実な妊娠にした。


・・・妊娠が偶然の産物であった時代の、日本の女性の立場・・・

足入れ婚

「とついで三年 子なくば去る」

農村部は特に労働力としての子供がたくさん要る

10人生んで2人死に、子供は8人 

他産で死ぬ女、子が出来ず家を出され自殺する女

平均寿命が40歳と少し

子供を産み終えたら死

家父長制

男尊女卑

子供が出来ないのは女の責任

嫁の変わりはいくらでもいる


妊娠を決める排卵日が分からないため、

女性は偶然性に振り回された生き方を強いられていた。


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こうして命をすり減らす女性達を救いたいという熱い思い。

新潟の、日本の、世界中の女性達を救いたい。

荻野氏は月経と排卵日の因果関係を見つけようと苦心する。


当時の主な学説は

「月経から何日に排卵日がある」と考えられていた

しかし

「月経の何日に排卵日がある」という逆転の発想

それがオギノ式を生んだ

次回月経の12~16日前に排卵日があるといこの法則。

いつ妊娠し、何人子供を産むか。

女性が自分自身で生き方を選択できる基礎をつくった。


受胎法として確立したオギノ式は世界中で注目された。

それはキリスト教の避妊法として広まったのだった。



しかし彼は自ら警告を鳴らす。

オギノ式を安易な避妊法としてもてはやす世の中に対して。

他のもっと確実な避妊法が確立された今、

次回月経と言う不安定要素を持つオギノ式では、不意に妊娠し、赤ちゃんの命が失われるという状況を作ってしまう。


現代は、オギノ式は使えない。



荻野氏は言う

「避妊に失敗して人工流産の道を選ぶ心ない男女の多いことをいったいどう考えたらいいのだろうか。

どうしても言っておきたいことがある。

それはの世の男性諸君が、もっと真剣に深刻に、

子供とはなんであるかを考えるようになって欲しいということである。

かつて 私は荻野学説を発表した。

しかしそれは命を守るために生み出したが学説であって

決して避妊法の研究ではなかった」


彼は60年で20万人の女性を診た。


享年92



「難しいお産を切り抜けたとき

まだ人間の態をなしていないような赤ん坊が手足をばたつかせて

「オギャア」と

第一声を放つその瞬間ほど

心を解き放してくれるものはない


この道を歩み始めて60年

私はもう80歳を越えているが

それでも病院でこの「オギャア」を耳にするたびに

朗らかな気分になる

おそらく生命の誕生というものが持つ 

おかしがたい価値に由来するのであろう」

春、


見上げる木に咲く梅の花の 可憐な美しさは知っていたけれど


下を向いて歩いた小道で 見かけた名前も分からない雑草の 


淡い美しさを知ったのは二十歳を過ぎてからでした


「どうして大学に行くの?」と聞いた私に


「もっと知りたいんです。」と答えた生徒の目を忘れることはありません



未知のものは尽きることがありません

男性誌


・隠れ家飲み屋の隠れメニュー

・埋もれた名珍90年代特集―本、映画、音楽、B級アイドルの今

・各地で人知れずやってるフリーパーティー特集

・突然の来客に使えるおもちゃ、ボードゲーム

・「丸いもの」特集


サブ的なものがいいのかしら。

「お!こいつは違う。」と、付き合いのある人に思わせたいのかしら。


メジャーは嫌い?

 メジャーなもの - フランチャイズとフジテレビ


「メジャーを知ってマイナーを愛す。」


これって、学生時代に、ヤルサークルで飲み会ばかりやって、趣味は特に無くて、本は恐ろしく読まず、映画はデートでしか観ない、でも馬鹿な私よりは遥かに上手く生きていける人がまんまとリーマンになって、今は毎日せっせと働いて、って、そんな人に出来る業だろうか。時間ないよ。その時はもうほとんど感性が止まってる。だから雑誌やネットでちょろっと情報仕入れて、そしてここでも上手く整理して、さも自分の、昔からの嗜好の中で生まれた選択、のように選択して、哀しいことに、自分のその「さも」行為も自覚せず、無臭の顔で堂々と「こういうのが好きなんだ俺。」とか「ここいい場所でしょ?」なんて吐く男性は橋からジャンプして死ねばいい。


あー

つまらないことを考えて無駄に毒を吐く私は、今日は頭痛でなく腹痛に苦しんでいます。


Ⅰ.「私がつくるパソコン」


パソコンを自分で作るのは男が多い。女は機械に弱い?そうでもないだろ。IT系の雑誌は全て男用。だからかも。

でも、実は案外簡単。「作りたい」って思っちゃう凝り性なのは男だけ?

でもプラモデルを作るわけじゃない。自分が日常で使う大事なPCを作るだけ。愛着がわく。

女性の自信。趣味を広げる手伝い。←この言い方が既にノンフェミニズムか。

バイクに乗る。ごついカメラを持つ。タバコを吸う。リュックを背負う。ヒジュンは若きフェミニスト。

見た目はエビちゃんでもいいじゃないか。おうちでせっせとパソコン作ろう。


3年生までプログラミングのゼミに居た私。忘れそう。

ゼミ生の大半は男の子。しかもAAは優しいし、説明が丁寧。

プログラミングは、命令を実行させるために、コンピューター言語を論理的に組み立てる。私は、論理的思考があるほうではないとは思うが、プログラミングを学ぶと、アレがこうなる、だからここでこの命令文を入れる、と言う組み立てが、フローチャートとして浮ぶので、論理的思考が少しは出来るようになったと感じている。そして、実際に自分が組んだプログラミングを走らせて、それが正しく実行した時は自分の考えたことが形になったようで、本当に嬉しかった。イメージを具現化させること、これは自分でパソコンを作ることで、女性達にも実感してもらえるのではないか。



Ⅱ.「モノの来歴で選ぶ」

メガネ特集、小物特集。←石田衣良「男はモノの来歴にロマンを感じるものだ」と言っていたのを思い出す。

mixiから広まった、メガネ男子ブーム。そこに乗る?

ディテールにこだわる。

小物の来歴。

職人のこだわり。

デートレードで勝ち負けとか、なんて表面的な。ニュアンスが無い。(あるのかもしれないけど…)。

ただ、金の量が勝ち負け?(ちょっとブーム過ぎたけど)、そういう流れに強く反発したい。何より、来歴にロマンを感じよう。文化を楽しもう。

「お気に入りを作る。」

たくさんのお金があって、とりあえずブランドを着て、何が素敵か。ものの来歴を知らなきゃ、そもそも好きなもの、自分に合うものを選べないじゃないか。ヴィトンもってもまぬけな大学生かギャル男になる。男性の自信、というより、物質ばかり見る風潮を荒らしたい。


ヒンドゥーのお祈りの品(金色の壷、皿など)は、お金があっても買えなかった。それは、ヒンドゥーの神聖な品だから。ヒンドゥー教徒ではないただの旅行者の私は、飾りにしか使えない。神聖な品をただの飾りの一つにされては困る。それが店主の想い。納得。

モノには、買うべき人、使うべき人、持つべき人がいる。それを無視した購買は意味が無いどころかみっともない。馬鹿みたい。


パソコンテレビで何かいい映画を流し(ミュートで)ながら

iTunesの“ラジオ”ソース、"Ambient"の"HBR1"か"Limbik Frequncies"を聴く。


たまに

映像と音がマッチング。


そして

好きな言葉を声に出す。

谷川俊太郎の詩などを朗読。下手なチョイスか?



楽しい夜中が過ごせます。

あの青い空の波の音が聞こえるあたりに

何かとんでもないおとし物を

僕はしてきてしまったらしい


透明な過去の駅で

遺失物係の前に立ったら

僕は余計に悲しくなってしまった

                 

                      谷川俊太郎 「かなしみ」


ものぐるおしけれ


いびつ


きれいな私の顔


一杯のお茶のためには、世界など滅びていい。 ドフトエフスキー 「地下生活者の手記」


僕は詩人の顔と闘牛士の体とを持ちたい。  三島由紀夫 「鏡子の家」


なかったことにしましょう 吉本ばなな 「哀しい予感」


ロマンティックな乙女の感傷  たぶん吉本ばななの卒論デビュー作


「廃人」は、どうやらこれは、喜劇名詞のようです。 「人間失格」


色魔

怪奇美

ニート

時計

文化の病

沖縄

頭痛

絡む


最近、本が楽しい。ずっと読んでいたい。

本の虫って?緑色?


虫  潜在する意識。ある考えや感情を起こすもとになるもの。

   愛人。情夫。

   陣痛。

   あることに熱中する人。(これだ)

   性質。


とにかく私は虫だ。


虫。

ところで


「子供の頃から一滴一滴溜めてきた何か」

って何?


「お金の量とか、やるべき事の順番とか、浮き世の当たり前の仕事に必要とされる能力は、あまりないように思う」


どうしたらいいんだ。こんなんじゃ生きていけないん。

ずっと親の面倒になる。それはかわいそう。

親の面倒になるのが限界になったら子供作って結婚する?

それでも生きていけるね。

ニートが生まれたのはこの社会の成果だ。

ニートを生んだこの社会は素晴らしい。超安定の完成。

でも、ほんとに

頭がメッシーでいつも何か抜けてる。飛んでる。忘れてる。何かを見たら聞いたら、感じるとき、考える時、知る時、大きな流れの中で捉えたり、全体をイメージだけで捉えたり、超細部で捉えたり(この時険しい顔)、とにかくバランス悪い。だから周囲とリズムがずれずれ。

確かに浮き世に向いてないかもね。

でもだからって「何か」がわかんなきゃ生きる道が見えましぇん。


浮き世。

憂き世。


快楽にふける世の中って意味があるから、これ使うとなんか自分イヤらしい。

今日は私にとって大事な日。

毎年必ず、7/15には思い出しておなかに手を当ててみよう。

私はよくドトールでブレンドのSを飲む。タバコを吸いながら私は本を読む。


180円だから。安いから。学生は貧乏だから。でも暇だから。


今日も横浜のドトールで、「東京湾景」を読んでいた。

今日はアイスコーヒーS。

暑かった。


2時間半。

その間に

爺さん、婆さん、おっちゃん、おばはん、リーマン、ギャル主婦が私の向かいに相席をした。


多いです。


他も空いてるのに、なんでいつも私の前に誰か座るの。


本読んでるから?

うるさくなさそう?

害なさそう?

黒髪だから?


でも

残念。


違うんだなー


私は本を読むと、

泣いたり困ったりニヤけたり、表情が激しく変わるよ。


だから、みんなすぐに席を立つ。


近寄られて、その後、逃げられる。

これはまるで私の日常の様子そのもののようで。



いい雰囲気だこの子


わっ・・・


ちょっとキモイ。


というこのオタク気味な女子にありがちな交流模様。



Donマイケル