『1972年の札幌五輪の直後に発足したころは登録者が100人ほどいた。今は30人弱。』バンクーバー五輪スキー・ジャンプ代表の栃木翔平が育った札幌ジャンプ少年団を運営する渡辺隆一さんは現状をこう嘆く。
北海道下川町は今回の代表組5人のうち3人を送り出した。『ジャンプの町』そこでも児童生徒数は2000年度の326人から2009年度には216人に減少した。同町ジャンプ少年団で将来の五輪代表を夢見るのはわずか22人。競技人口の減少が深刻だ。
1998年の長野五輪後、ベテラン頼みが続いた『日の丸飛行隊』。3大会ぶりの表彰台を目指したバンクーバーでも状況は変わらず、メダルが期待された団体は5位止まり。ベテランを突き上げる若手が育たず、競技人口の減少が若手の人材難に直結する悪循環。解決の糸口は見えない。
『長野組』頼み
ジャンプに限らず、今回の日本選手団ではベテランが脚光を浴びた。選手団主将はジャンプの岡部孝信(39)、旗手はスピードスケート女子の岡崎朋美(38)。日本最多の6度目の出場を果たしたジャンプの葛西紀明(37)や女子モーグルで5度目の里谷多英(33)、最年長出場となる男子スケルトンの越和宏(45)らが選手団に加わった。
越を除く4選手はいずれも、金5個を含むメダル10個と史上最高成績を挙げた長野五輪の経験者。地元開催の利を生かし、有力選手を重点的に鍛えてメダルにつなげた。企業への依存度が高く、強化資金に限りがある日本では、トップ選手に資金を集中投下する方策が効果的だったといえる。だが、12年を経過した今でも『長野組』が第一線で活躍する現実は、層の薄さの裏返しともいえる。
チャンス掴む
強豪国といえども世代交代を誤ると、深刻な結果を招く。アルペンスキーの強豪として知られるオーストリア男子は今大会でメダルすら獲得できなかった。アルペンが初めて実施された1936年ガルミッシュパルテンキルヘン大会以来、1974年ぶりの屈辱となった。
不振の理由には欧州と異なる雪質への対応の不手際とともに、世代交代の遅れを指摘する声が上がる。長野五輪2冠で、男子歴代2位のワールドカップ杯通算54勝を挙げたヘルマン・マイヤーの存在が若手の登用を阻んだという指摘だ。
一昨年の北京五輪では、日本にも同種の事例があった。柔道女子48㌔級の谷亮子(34)。五輪代表選考会に敗れながら過去の実績が評価されて代表入り。世代交代の波に逆らった。北京では期待された金ではなく銅。若手が経験を積む機会を摘み取り、ロンドン五輪に向けた強化に課題を残すことにもなった。
『金メダル9個のうち7個が前回アテネ五輪に続く2回目のメダル。世代交代をしっかりしないと、ロンドンは厳しい。』北京五輪後、日本選手団の上村春樹総監督(現日本オリンピック委員会選手強化本部長)は指摘していた。2年後のロンドンに、そして4年後のソチまでに警鐘は生かされるだろうか。