立ち込める硝煙、耳をつんざく爆弾の炸裂音、マシンガンの火炎・・・・・・。
ここは米海兵隊戦闘開発司令部『Quantico(クワンティコ)』。首都のワシントンから車で約1時間ほどのバージニア州にある海兵隊最大基地の一つだ。山の中に基地があるのではない。基地の中に山があるといった方が正しい。それだけ広大な敷地で、海兵隊エリート士官がアフガニスタン派遣に向け、日夜戦闘訓練を行っている。今月初め、国防省と海兵隊の協力で、基地内にある若い士官のための基礎訓練校(TBS)を密着取材した。
海兵隊基礎訓練校(TBS)・・・・・・若い海兵隊士官のための学校。幹部候補生学校を卒業した約1400人の士官(少尉)が軍事作戦の立案や武器取り扱い、敵陣地の攻略の仕方など実戦に近い形で訓練を行う。卒業後、さらに別の基地で半年間の訓練を受け、毎年2200人が海兵隊幹部として各部隊に配属される。
不朽の自由作戦(OEF)・・・・・・2001年9月11日の米中枢同時テロ事件後、米国主導で始まった一連の対テロ軍事作戦の総称。タリバン政権を崩壊させた後、アフガン・パキスタン国境周辺に潜伏しているとみられるアルカーイダ幹部の掃討作戦を進めている。
市街戦訓練
3日午前7時50分。基地近くの一般駐車場で軍用バスに乗り込み、基地入り口のゲートをくぐった。ワシントンDCから意外と近いと思っていたら、そこからさらに40分ほど雑木林の中をバスに揺られ、基地内の訓練施設にたどりついた。
模擬弾とはいえ手榴弾や発煙筒に直撃されると、かすり傷では済まない。ヘルメットに防弾チョッキ姿で『一切の責任は自分が負う。』という1枚紙にサイン。カメラと取材メモを片手にアフガン市街地を再現したコンクリート剥き出しのコンバットシティー(戦闘所)に恐る恐る潜入した。
『おかしいな。誰もいないではないか。』と思った次の瞬間、『ヒュ~』という嫌な音が頭上をかすめ、近くで大音響をたてた。金属音が耳に突き刺さり、振動で五臓六腑がひっくり返るようだった。
立ち込めていた硝煙が消えて視界が広がると、右手にビデオ、左手にカメラを持った中国・新華社の若手記者が、まだ雪が残るぬかるみに足をとられて転んでいた。
『ゴー!ゴー!ゴー!』雑木林に潜んでいた小隊が市街地に突撃、建物内部に隠れていた防御側と激しい銃撃戦を展開した。銃口から飛び出る火炎。迷彩服にはそれぞれセンサーがついており、被弾したかどうか命中したかどうかが分かる仕組みになっている。撃たれた兵はその場で仰向けに倒れるのがルールだ。何人もの大男がここかしこに転がっている。
訓練は、攻撃側3個小隊約120人が雑木林から市街地に侵入し、街を攻略するのに対し、防御側十数人が迎え撃つというシナリオだ。勝敗は圧倒的に数の多い攻撃側に大打撃を与えた防御側の勝ち。訓練終了後、攻撃側は小隊ごとに円陣をつくり反省会だ。
『お前のせいで小隊は全滅だ。何が悪かったのか言ってみろ。』ミスを犯した若い士官に対し、上官がチームワークの大切さを叩き込んでいた。
平和を求めて
『今はこれが私の本職だよ。故郷が平和を取り戻せるなら、いくらでも協力するさ。』2001年にアフガンを脱出したフギザル氏(63)=仮名=は、米製の車に乗った不審者という設定で、爆弾を腹に巻き付けて海兵隊員からボディーチェックを受ける役柄を演じていた。時おり米兵に抵抗する素振りを見せるなど、なかなかの役者ぶりだ。
記者(佐々木)のパソコンには、国防総省から毎日のように戦死者情報が電子メールで届く。皆10代後半から20代半ばの若い兵ばかりだ。『『○○州○○町出身、○歳』。『不朽の自由作戦(OEF)』遂行中に路肩爆弾で死亡。詳細情報はこちらをクリック。』というものだ。
米国の民間の調査機関によると、アフガンでの米兵の死者は1000人を超える。現在の海兵隊員にとって『死』は常に身近な存在だ。国際社会が一体となった対テロ作戦が重要であることは言うまでもない。
だが、私も彼らも戦場とは何かを肌身では知らない。武器が女子高生を背負っている小柄な女性士官を見つけた。ジョージア州ロズウェル出身のエラード少尉(23)だ。『祖父と叔父が海兵隊出身で小さい頃から憧れていた。』と屈託のない笑顔で話し、『戦死したり重傷を負ったりする危険性があることは分かっている。そうなったとしても、私の人生にとって『不朽の自由作戦』に参加できることは大きな誇りです。』と言い切った。
指揮官で、ペンシルバニア州サンバリー出身のランディス少佐(42)は、『陸軍でも海軍でもない。海兵隊こそ自己鍛錬の最高の場所だ。ここにいる海兵隊員は何も恐れてはいない。自由のために戦うことを誇りに思っている。』と話す。ソマリア、アフガンを経験した古参兵らしく、野太く大きな声でこう語った。
隊員らにインタビューして共通するのは、海兵隊員としての『誇り』を口にすることだ。
TBS校長のスミス大佐は、『士官養成で最も大事なのは、どんな過酷な環境でも、任務遂行のために冷静で自分を見失わない強い精神力と頑強な身体能力を身につけさせることだ。』と語る。
折から、日米間では米海兵隊の前進拠点である沖縄県の普天間飛行場(宜野湾市)の移設問題が外交問題化しているが、移設先がどこであれ、若い士官は訓練校を卒業後、早ければ半年から1年でアフガンに派遣される。