
2011年(平成23年)3月11日(金)14時46分
東日本大地震から15年
宮城県、岩手県、福島県の3県での被害は甚大で関連死を含む犠牲者は2万2千人以上、いまだご家族のもとに帰る事が出来ない行方不明者は2519人もおられます
あの日、突然奪われた多くの尊い命に
心から哀悼の意を表します
大切な人を失った悲しみは
今もなお消えず、これから先も消える事はありません
悲しい、寂しい、会いたい
救えなくて本当にごめんなさい
その傷と共に生きる日々なのです
何気ない日常、いつも通りの朝、昼
それぞれの場所で過ごしていた人々を激震と大津波が襲いました
長年掛けて築き上げて暮らしも、自然の脅威はそれを一瞬で壊し奪っていく
人にはなす術はありません
私たちはあの日の出来事を決して忘れず
命の尊さと日々の暮らしがある事への感謝を胸に刻み続けたい
御霊が安らかなる事を心からお祈りし、行方不明の方々が帰りを待つご家族、友人、大切な方の元に戻れます様にと強く願います

年度末近くであり、ちょうどこの日は1年続けていた事の修了日でもあり、送り出されて帰る時は安堵と寂しさの両方を感じていました
帰宅前にお昼を済ませ、実家に寄りました
実家でテレビを見ながらゆっくりしていた私の目に飛び込んできたのは【東北地方で震度7】の文字
そこからは、緊急特別番組に切り替わり、以降長い期間、各局がCMなしの特番を放送し続けました
阪神・淡路大震災は都市直下型地震で阪神間と淡路島の被害は甚大でした
東日本大震災はM9.0の巨大地震とそれに伴う巨大津波が街を襲いました
宮城県、岩手県、福島県の3県にも及ぶ広範囲な災害で、かつ福島第一原子力発電所事故が発生し、放射能汚染と避難指示が出された事が、その後の復興に影を落とし続けています
見た目の自宅は無事でも、帰還する事は叶わないし、仕事や地元の農産物や漁業への影響
風評被害や偏見がその苦しみを二重三重に重くする
被災した事に何の非もないのに、好き勝手言われたり、差別される苦しみ、悲しみは体験された方でなければわからないと思います
ただ、被災規模や範囲、状況の違いはあれ、ある日突然今までの暮らしを奪われ、自然災害で大切な人を亡くす痛みは私にもわかります
わかるからこそ、私は当時平常心をなくしていました
見ずにはいられない、でも目を逸らしてしまった
遠い地で気を揉んでいても、私が出来る事なんてない、ただ、ただ被害がこれ以上広がらない事、一刻も早く1人でも多くの方が救われる事を願うしかありません
どうしようもないのに、気になって仕方ない、報道を見ずにはいられない
でも見れば見る程、無力感に襲われる
誰に何に怒っているのかわからない、言いようもない怒りや悲しみに心が支配される
不眠や鬱症状が出始めてしまい、津波が街や人々を飲み込んでいく映像を見た時には、過呼吸を起こしてしまいました
私はそれ以降、報道も見るし、義援金参加や黙祷はしても映像を見る事は出来なくなりました
今でも津波の映像は見る事が出来ません
私は被災時、津波の経験はありませんが、あまりの映像の衝撃に逃げてしまったのです
現地の皆様は、目を逸らしたくてもそれが出来ないのに、本当に申し訳なく思います
1•17の追悼の際には、東北の方々にも祈って頂き思いを寄せてもらっています
出来ない事ばかりですが、私も絶対に東日本大震災3•11を忘れる事はありません
15年が経過して、被災者の皆様の努力と支える方々の尽力で少しずつ復興は進みましたが、まだ道半ばの課題も山積している現状
無関心と無知が、それを更に遅らせる気がします
決して風化させてはならないと思います


