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古美術 玄海樓店主のきまぐれブログ

天保6年(1836年)に薩摩に生まれた五代友厚は(以降五代と呼びます)、

長崎で遊学し航海、測量、砲術、蘭学、数学等を学び、

上海へグラバーとともに渡り(26歳のとき)、蒸気船の購入交渉まで行いました。

薩英戦争での交渉、処理、

渡欧時には薩摩藩がパリ万博へ出店できるよう手配、

明治新政府では、外国事務局判事を任じられ大阪在勤となりました。

 

大阪では、開港事務、為替会社(銀行の原型)、通商会社の設立に尽力、

大阪活版所、造幣寮(現大阪造幣局)を興しました。

鉱山管理会社・弘成館設立(現日本銀行大阪支店の場所)、

半田銀山(福島岩代伊達)の経営、

そして何より大久保利通、木戸孝允らによる立件体制の方向を決める

「大阪会議」。

仲介役として大いに開催に努めました。

その後、製藍会社・朝陽館設立。

 

42歳のとき(明治11年)、大阪株式取引所(現在の大阪取引所)設立に尽力し、

大阪商法会議所(現在の大阪商工会議所)を設立、初代会頭となりました。

 

我が国最初の市立の大学でもある「大阪市立大学」の前身、

大阪商業講習所も彼が設立しました。

 

やがて、明治17年に大阪堺間鉄道(現在の南海電気鉄道)を設立、

翌18年、9月に糖尿病のためこの世を去りました。

享年49歳。

 

一日に数十人もの客と接し、睡眠時間も少なかったとも伝えられる五代。

 

彼は大阪の経済の礎を築き上げたといっても過言ではありません。

 

2月12日は五代の生誕日ということもあり、

 

大阪商工会議所内の大阪企業家ミュージアム、

わが店舗のある

大阪証券取引所ビル内の大阪取引所、各所で

「五代友厚スタンプラリー2025」をこの2月7日より開催、

弊店から五代の肉筆書画を貸し出し、展示しております。

 

お時間がございましたら是非足をお運びください。

 

なお、どういう訳か、土日祝は休みとのこと。

14日までとなっておりますので、

明日10日、12日、13日、14日、の4日間です。

 

こういった歴史的な、またアカデミックな催事は大歓迎です。

 

この歴史、由緒ある場所にて商いをさせていただける環境に感謝しております。

 

明日から、また頑張ります。