帰りの電車の中で今日のことを思い出す。

目の前に座っている女子高生2人が

俺を見ながら小さな声で「きも」と言ったのが聞こえ、姿勢を正した。

相当にやけた顔をしていたのだろう。

 

そうだ。

カバンの中から黒木からもらった封筒を取り出す。

封筒を開き中身を見た瞬間、眉間にしわが寄った。

 

「え?」

 

自然に声が出てしまった。

再び女子高生の鋭い視線が俺に刺さる。

 

封筒の中には、1万円札が入っている。

先っちょだけ封筒から出して数を数える。

1万円札が1、2、3、4、5、6、7、8、9、10枚。

マジか。

 

ていうか、この金って何?

渡すものを間違えた?

そうに違いない。

 

すぐに黒木にメッセージを打つ。

 

「封筒の中にお金が入っていたんですが……、これ間違いですよね? 今度会ったときお返ししますね……」

 

送信ボタンを押そうとして、

人差し指が止まった。

 

ギャラより高い交通費。ライブなんて、1回500円出ればマシなほう。

チケット代をかぶらされることだってある。

丸1日拘束されたエキストラの仕事は、さんざんスタッフに偉そうにされた挙句、2000円。

テレビの前説の仕事だって1回1000円だった。

確定申告に行った時にはあまりの給料の少なさに税務署のスタッフは目を丸くした。

いつだって生活はギリギリだ。30歳を目前にして、いつこの生活から抜けられるのか全くわからない。

もしかしたら一生このままかもしれない。このままならまだマシか? 

20年後、30年後は、もっと最悪な事態が待っている可能性は高い。

 

封筒から1枚、札を取り出す。

福沢諭吉の無表情を見つめていると、

これが自分の財布の中に入っていたら、どれだけ生活が潤うのか容易に想像できた。

 

そんな冷たい目をしないでくれよ