店を出たときには外はすっかり暗くなっていた。

いつの間にか黒木は会計を済ませてくれていたらしい。

 

財布をポケットから出すそぶりをしながら会計について聞くと、

「今日は、私が無理やり誘ったから御馳走させてください」と言ってくれた。

 

割り勘だったとしても、払えなかったと思う。情けない。

 

「そうだ、二軒目俺に払わせてください!」

駅に向かう途中に思いきって切り出してみる。

「高円寺なんだけど。ビールケースが椅子になってる店で嫌じゃなかったら」

黒木の表情をうかがう。

 

「行きたいけど、今日はお腹いっぱいだし、けっこう飲んじゃったので……」

「そうっすよね。今日は無理っすよね」

残念だけど仕方ない。

 

「また、すぐに連絡していいですか? 近いうちに連れてってもらえますか」

黒木が俺の顔をのぞく。

そのえくぼに人差し指で触れたい。

 

「もちろんです! ぜひ、明日でも。あ、明日じゃさすがに無理っすよね。明後日でも。来週でも」

「またLINEします」

「はい!」

「えと、私歩いて帰ろうと思うのでここで」

 

駅近くに来たところで黒木が言った。

近くに住んでいるのか、着いていきたい……。

その気持ちをどうにか押し殺す。

 

「あの、これ」

 

ライブの日にもらったものと同じ花柄の封筒を差し出された。

また手紙を書いてきてくれたのだろうか。

 

「え、手紙? ありがとうございます!」

「一人になったら開けてください」

 

そのまま封筒をカバンの中にしまう。

やっぱりまだ一緒にいたい。

 

「あの、夜だし。俺、近くまで送って」

「今日はここで」

 

黒木が俺の言葉を遮る。

小さくて華奢な手が俺の手を握った。

 

静かに、ゆっくりと、美しい顔が俺の顔に近づいてきた。

 

花のような香り。

 

柔らかい唇の先が少しだけ、俺の唇に触れた。