なかなか気がつくことができないのかもしれないけれど、

国民が税金を払っているおかげで、

随分と助かっていることが多い。

水道、警察、消防、教育、ゴミ処理、医療など、

これらをすべて自分が必要なときに支払っていたら、

お金のある人は十分に恩恵を受けられて、

お金のない人は全く恩恵に預れないような状況になるだろう。

それが本当に良いことなのだろうか?

(税金の無駄遣いが行われているということについては、ここでは考えないことにする。

そんなことは、大前提だから。。。)


お金のある人。

この人たちは、お金がある限り、自分たちでサービスを買うことができる。

お金のない人。

この人たちは、買えるサービスは限られてくる。

例えば、泥棒に入られました。

お金を取られました。

警察に連絡しました。

お金が払えないなら、何もできませんよと言われました。

ということになったら、

泥棒は、お金のない家を狙って、

大金にはならないけれど、少しのお金を狙って、それを数多く繰り返すだろう。

なぜならば、捕まらないのだから。

それから、急病のときの救急車も呼べない。

ゴミも溜まりに溜まる。

こんな状況になると、

お金をもっている人たちも、自分の安全を守るために、

常にボディーガードを付け、病気にならないように常に何かしらの防御をし、

食事も毒見をしてもらってから食べるというような状況になってくるだろう。

こんな状況が普通になってくる社会が本当にそこに住む人々にとってよいとは、

おいらには思えない。


もちろん、税制は、いろいろ方法はある。

どれがよくてどれがよいのかということはおいらにはわからない。

ただ、少なくとも現在は所得に応じて収める税金の額が違う。

所得が低い人は、少ない税金で、所得の多い人は、多い税金で、

そこに住むすべての人たちが同じサービスを受けることができる。

それにより、最低限の安全は守られ、

自分の努力によって

(というのは、自分が社会に提供した価値によるものであり、決して提供した時間ではない)

多くのお金を得られることができる仕組みになっている。

だから、おいらは、これだけでも十分すばらしいことなんだと思う。

(すごく頭のいい人たちが、

お金だけを動かして、お金に無知な人たちから搾取し、多くの収入を得ていたとすると、

企業は倒産し、失業してしまったりするのだが。。。笑)


本当に無駄なものには税金を使わないというのは、前提としてあるのだが、

やはり、自分の所得にあったら、税金を納めることで、

社会の安全が維持されることが、

そこに住む人にはまず大切なことではないだろうか?

安全が維持されないと、支払うコストはかえって高くなるのだから。

必要な税金を感謝して納めた上で、

それに見合ったリターンを要求することができれば、意外によい状況になったりするのではないかと思う。

期待値が低いのだから、少しのリターンでもうれしい。。。


やっぱり、政治家のレベルは、そこに住む人々が決定するのだと思う。

アホなマスコミは、無視するに限ります。