ヨーロッパの主要各国がユーロを採用しているなかで
独自の通貨を持っていることは、永世中立国の名にふさわしい。
スイスに滞在しない限りなかなか現物を手にすることはないと思うが、
その中の「10スイスフラン紙幣」(日本円約950円)を見たことがあるだろうか。

(10スイスフラン紙幣 : 見本)
スイスフラン紙幣は10、20、50、100、200、1000(約9万5000円!)の6種類あるが、
それぞれにスイスの近代~現代に活躍した文化人がプリントされている。
ただ、6人ともかなり専門的な分野で功績を残した人たちなので、
誰が誰なのかすぐに答えられる人はかなりの博学と言える。
少なくとも、高校の世界史では習わない。
この10スイスフラン紙幣の人は、
「Le Corbusier」(ル・コルビジェ)という。
スイスのラ・ショー・ド・フォンで、時計の絵付師の子として生を受けた。
この街は現在でもスイス時計の聖地として知られている。
コルビジェが時計の分野で活躍したかというと、残念、そうではない。
建築に興味がある人や19~20世紀の芸術に詳しい人なら
とっくにご存知だろうが、
コルビジェは現代建築の父とも呼ばれ、
帝国ホテルの設計者であるフランク・ロイド・ライトらと共に巨匠とも崇められている人物
なのである。
雑誌などでも頻繁に取り上げられており、
あの「カーサ・ブルータス」でも特集記事の常連の一人となっている。
上野の国立西洋美術館は、このコルビジェの設計である。
(ちなみに完成させたのはコルビジェの日本人の弟子)
ニューヨーク国連本部ビル設計にあたっては国際建築家委員会の一員になっている。
・・・なにを隠そう、私はコルビジェが好きだ。
全てがオリジナル。
徹底的に理想を追い求め、ポリシーを忘れない。
彼が提唱した有名な「近代建築の5原則」はその根幹である。
形だけではない彼の作品に、それは表れている。
実は先週マルセイユに旅行した際、コルビジェが建てた集合住宅、
「Unite d'Habitation」(ユニテ・ダビタシオン)に泊まった。

(マルセイユ郊外の、ユニテ・ダビタシオン。 マルセイユは現代建築史において重要な都市なのです)
この外観だけでも「近代建築の5原則」のうちの4つが見事に
表現されている。
私、本気で感動しました。
コルビジェの建てた、住宅の最高傑作と呼ばれる「サヴォア邸」を見学するために
パリへ旅行したり(パリ郊外なので丸1日費やした)、
ジュネーヴにあるコルビジェ設計のアパートに入りたいがために、
エントランスのキーを居住者の誰かが空けるのをこっそり待っていたことを思い出した。
形は違えど、どの建物をみてもコルビジェのエスプリが感じられる。
そこに彼らしさがある。

(廊下は薄暗い : 光の差し込む各部屋と対照的)

(この人型のシルエットは、「モジュロール」と呼ばれるコルビジェの尺度システム。
日本の尺・寸みたいだが、それとは根本精神が違う。 うしろにはスーパーがある。)
この建物は、ホテル部分は2フロアのみで、残りは日常的に住んでいる人たちがいる。
ユニテ・ダビタシオンは「集合住宅」の意味なので、
日本でいうところの昔の公団住宅の一部をホテルにしたようなものだ。
生涯70あまりの建築を残したといわれるコルビジェの作品のうち、
実際にホテルとして泊まれるのは、ここを入れて2つしかない。
残る一つはリヨン郊外にある修道院の改装部分だ。
(あとは、パリの学生会館、教会、救世軍宿泊施設といった特別なもの)
ここのホテルは2つ星。
管理は家族がやっているようで、ポーターは元気で人なつっこい
男の子だった。
冗談で「君のアパートみせてくれないかな?」と聞いてみたら、
あっさり部屋番号を教えてくれた。
けっこう尋ねてくるお客さんがいるらしい。
日本人もよく泊まりにくるそうだ。
レストラン・カフェ・バーが一つになった空間もある。

(内装は別人の設計。 朝食は左手のテラスもいいですよ。)
部屋は大きなものから小さいものまでいくつかあるが、
私が泊まったのは一泊55ユーロ(約8520円)のCabin(キャビン)と呼ばれる小部屋。
ほとんどの家具、設備は当時のものではないが、
テラスもあり、コルビジェの雰囲気は伝わってくる。
かろうじてベットの後ろにある木製サニタリー戸棚やドアのノブ部分に
コルビジェデザインのものがある。

(およそ16㎡。 ホテルによると「ユニークな」狭さらしい)
この集合住宅は、戦後の人口増加を予見したコルビジェが、垂直方向に伸ばした
ひとつの都市プロジェクトとも考えられていて、
現に、彼はいくつもの小都市型集合住宅を国や政府、街に提案してきた。
(残念なことにほとんどが却下されている。)

(最上階には幼稚園)

(屋上はドーム型のフィットネス・ジム。 朝からヨガみたいなことをやっていた。)
この屋上の大胆なデザインといったら!
ぐるっと一周300メートルのランニングコースは見事な見晴らしのよさである。
この開放的な「屋上庭園」をもって、「近代建築の5原則」は全て成し遂げられる。
また感動してしまいました。
はっきり言えば、マルセイユの街からユニテまで地下鉄&バスとアクセスが悪いし、
決して快適な宿泊施設ではない。
竣工から50年以上も建っているため老朽化もある。
けれども、好きな人にはたまらなく刺激的なオールド・モダンな建物であり、
一人の建築家の理想のなかで一日過ごしてみるのも悪くないものである。
それでは。
追記:まだまだ書きたいことがあるんですが、いい加減長いので止めます。 すみません。
そろそろ時計の話を記事にしたい、とも思っています・・・
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