Site(敷地)を決める事と地域の歴史を知る事 by 山中コ〜ジ
2012年も年の瀬に差し掛かった頃、久しぶりに進みだしたYOC-projectは現場でのミーティングが行われました。
この日はGENETOとクライアント以外にクライアントの知人である施工業者も加わって行われました。
内容は限られた予算の中、約1年程度かそれ未満の期間をやり過ごす仮設の何かを作るというものでした。
理由は今の老朽化したレストラン棟では新規顧客を呼び込む程のブランド力がなく、結果的に近年では来客数を減らしている事から、これまで計画していた様な大規模のプロジェクトを実行する前に、塀や仮設レストラン棟等の小さな規模のリノベーションを行う事で、レストランとしてのブランド力を高める事を目的としています。
ブランド力が向上し、来客数を増やすという実績を作る事で、これまで我々が進めて来た本来のプロジェクトにシフトするというものです。
その様な内容から、どう言った仮設が適しているのかをそれぞれの立場から協議しました。
予算/仮設/本来の計画へのスムーズなシフトという最もプライオリティの高い3つの事柄から、我々がこの敷地に対して想定される可能性のバリエーションを数種類作成して検討しました。
その中で、最も仮設として負担が少ない案に決定しました。
結果、上記の図が示す通り本来の計画敷地(上)から、現在の敷地と道路を挟んだ敷地までを一体的に開発(下)する事となりました。
更に建築は建てない方向で行う事となりました。
既存の建築が現行の法律では不適合なため、実際に建てる場合は様々なプロセスを強いられるためです。
そこで、今回の計画ではあくまで新しいイメージを持つ和食レストランがこの地域に根ざすことができるかというある種の試験的な狙いを持っています。
後日、クライアントから渡された写真がありました。
これは明治期に同敷地に建てられた和食レストランと宿泊施設が併設した建築の竣工記念写真でした。
この地域にしては珍しい洋館を連想させる建築で、現在からは想像もつきません。
ただ、この写真をクライアントが見せた理由は、こういった建築で営業をしていた時代があったこと。
また、こういった建築が地域にとって重要であったことでした。
冠婚葬祭の会場、新年会、忘年会、その他様々な宴会などこの地域で行われる多くのシーンがこのお店で繰り広げられており、地域にとって拠点となっていた事が分かります。
そして昭和27年竣工の現在にも残っている建築となりました。
面白いのは、明治期に洋館建てにしておきながら、昭和に入ってからは日本建築にしている事です。
当時の経営陣が決めた事でしょうが、こういった時間の流れを見る事が出来ることで、建築が都市の中でどの様に変化しながら存在して来たかが分かると同時に、時代性や人々の感心や暮らしぶりを感じさせることができます。
そう言った長い時の流れの中、我々が一部ではあるものの手を加える事は非常に意義深く感じます。
そして、今回のプロジェクトを通して疲弊しているこの地域の活性化へと繋げていきたいと考えています。
GENETO
山中コ~ジ




