この記事のポイント:
・感情は、神経細胞の間に生まれる電気信号で、具体的な身体的影響を引き起こす強力なエネルギー
・強いネガティブ感情を覚える体験が続くと、脳内に、物事にネガティブに反応する神経回路ができてしまう
・ネガティブ回路の多いネガティブ脳から脱却するには、一つ一つのネガティブな感情と向き合って、できてしまった回路の回線を根気よく作り直す、最配線する必要がある





ネガティブな感情って、無い方が心にも体にもいいとわかっていながらも、どうしても湧き出てきてしまうもの。ストレスホルモンで体にダメージを与え、人間関係にも影響を与えるネガティブな感情には、どう対処すればいいのでしょうか?

短期的な視点と長期的な視点で捉えることができます。

ー長期的視点:長期的には、そもそもネガティブな感情が湧き上がる頻度が低い、ポジティブ打率が高く、ポジティブリアクションを生む回路の多いポジティブ脳を目指すこと。
ー短期的視点:ポジティブ思考回路に変えてゆくためには、常にネガティブ感情に意識的になり、脳内のネガティブなリアクションを生む神経回路を減らし、ポジティブな反応を生む回路を刻み込む感情と脳の筋トレをやること。

まずは短期的な取り組みからご紹介します。

タイトルで、感情と脳の「筋トレ」という言い方をしているのは、外的刺激・出来事に対して、あなたの中で生まれる感情の質や強度は、「習慣づけ」で変えていくことができるからです。筋トレの様に、反復によって、思い通りの感情プロセスを生む神経回路を脳内に作り直すことも可能なのです。

人が感じる「感情」は、実際に神経細胞と神経細胞の間にシナプスという電気信号が発生することで生じ、伝達され、身体的・感情的な変化を引き起こします(細かく言うとシナプスには化学的シナプスと電気シナプスとありますが、どちらにせよ電気的な変化が引き金となります)。
感情は表面的には目に見えなくとも、電気ないし化学物質という実体があり、生物の体内で瞬時にホルモンや酵素を分泌させ、身体反応をトリガーする、とても強力なエネルギー。
たとえば、とても強い体験を引き起こした、いわゆる「トラウマ」体験があると、より強く深い回路が形成されます。
私は、極度のストレスと緊張下で人前で話していた時に、過呼吸になり、酸欠の様な状態でプレゼンを最後までやらざるを得なかった経験をしたことがあります。この経験がトラウマになり、少しでも似たような状況に置かれると、ストレスはそれほど無かったとしても、ほぼ自動的に過呼吸の症状が出るようになってしまいました。いわゆるパニック障害の過換気症候群です。

極端に単純化すると、最初にこの症状が現れた時の神経細胞間に発生した電気信号=シナプスがとても強かったために、脳内に深く、大きな回路ができてしまったのです。この回路が、「人前で話す」という環境設定をトリガーとして、扁桃体に大きな不安・恐怖を生じさせるのです。
外部からの情報や刺激に対して、扁桃体が「怖い・不安」と感じると「視床下部」というところからストレスホルモンが分泌されます。その結果、交感神経が緊張し、血圧や心拍数が上がったり、心臓がばくばくしたり、手足が震え、汗がでたりします。
生物の本能で、生命が脅かされるような不安を感じたときに、逃げるか戦うか、という反応を引き起こす仕組みが作動します。これを「扁桃体ハイジャック」と呼びます。
厄介なのは、私が実際に経験したことなのですが、「人前」という設定以外は、気持ちも落ち着いているのに、いざ人前に立つと、たとえそれがオンライン会議であろうと、パニック症状が出てしまうということでした。つまり、私の理性に関係なく、体が自動的に外部要因のトリガーに反応してしまうのです。

頭でロジカルに考えれば、決して闘争・逃走本能をトリガーさせる程の事態ではないのに、体が反射的にそのモードに入ってしまう。これは扁桃体が、意識で知覚するより前に、「直感的」とも言えるスピードで反応し、物事を評価すると言う特徴に起因するもの。自然界で、猛獣に襲われそうになったら、考えている間に襲われてしまいますから、弱肉強食の世界で生き延びるために進化の過程で獲得されてきたシステムなので、考える暇もなく、先に体が反応するのは当然のことなのです。でも、プレゼンの様に普段の仕事の中で頻繁に起こる設定に、闘争逃走リアクションを引き起こす神経回路ができてしまうと、考える前に即座に体が参加してしまい本当に厄介です。

私の過換気症候群の症状は、2年くらい前にやっと治りましたが、それまでは10年近く、悩まされてきました。どうしても人前に出ないと行けない場面では強い薬を飲んだりしていました。 
そのトラウマ体験をの引き金となった職場とは全く違う職種でサラリーマンになってからも、同じ症状は続き、コロナ禍になった当初は、話している相手の空気感がわからないオンライン会議が特に苦手でした。話し始めた最初の数秒が恐怖で、浅い呼吸しかできなくなり、その場にいる人全員が一瞬不安になる雰囲気でした。
ただ、その瞬間を乗り越えると、落ち着いて平常心で話せるようになるのです。瞬発的な感情の反応が起きた時は、5〜8秒待てば収まり、感情に押し流されなくて済むと、アンガーマネジメントのメソッドなどで教わりますが、まさにそのロジック。
落ち着いてくると、話すのは苦手ではないので、他の会議参加者は「最初はなにか喉に詰まってたりしたのかや?」程度で納得してくれていました。たとえ過換気症候群の発作が起きたとしても、伝える内容を理解し、自分の言葉で話していさえすれば、必ず落ち着いて話せる様になるという成功体験を何度も繰り返すことで、脳に過換気の症状を起こさなくていい、と刷り込む様にしていました。

反復によって、新しいシナプスが形成され、過呼吸になっても、メモなどは極力見ず、「ゆっくり話し、自分の言葉で考えて話し始めること」で、血管の収縮などの扁桃体による身体症状を和らげる司令を体に出す回路を形成していたのです。

この様に、周囲の状況に対してネガティブな感情や体の反応が生まれる神経回路を配線し直し、筋トレの様に繰り返し体に刻むことで脳に新しい神経回路を作ることは、正に感情と脳の筋トレです。

継続的にストレスがかかると、嫉妬や怒りなどのネガティヴな感情が反射的に湧き上がってしまう回路がたくさんあるネガティブ脳になってしまいます。

体罰を受けて虐待された子供の脳では、感情をコントロールする前頭前野が萎縮していることが研究で明らかになっていますが、これも継続して恐怖の感情を抱くことが脳の構造事態を変えてしまう例の一つです。

しかし、その様に虐待された子供であっても、カウンセリングなどで脳の状態を改善することが可能です。人の体は、意志によって、変えることができる、ハッキングすることが可能な、フレキシブルかつレジリエントなものなのです。

最後に、ローマ皇帝の中でも理想的な指導者として知られ「自省録」を著し、悩み、哲学する皇帝として有名なマルクス・アウレリウスの言葉を引用します:

「感情とマインドをコントロールする力があるのはあなた自身で、外界の出来事ではない。そのことを自覚しさえすれば、あなたは力を得ることができる」
“You have power over your mind — not outside events. Realise this, and you will find strength.”

次回は、ネガティブな感情が湧き上がってきた時に、私が具体的に実践してきた方法をご紹介します。
(この投稿は下記の記事に続きます)
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