この記事のポイント:
・「ハケンさん」「ベンダーさん」「サプライヤーさん」「魚屋さん」などの、雇用や取引の上下関係が存在する相手に付けられる「さん」や、呼び方には注意した方がいい
・日本の中で長らく培われて来た職業貴賤の価値観が投影されていることに意識的に

「ハケン」シリーズの続きです。
前回は、私が存じ上げていた「派遣社員」の立場に悩んでいたAさんという方のお話しで終わりました。
彼女はアシスタントとして働き始めてすぐ、この様におっしゃっていました:

「私はハケンという立場で働いたことがない。別に派遣が嫌なわけではないが、やはり正社員に慣れているので、違和感がある」

その違和感には、色々な理由があります。雇用システムが違うのですから、何しろ待遇から職務内容や責任にいたるまで、何から何まで「正社員」とは違います。

印象的だったのは、「派遣」であることに彼女が感じていた劣等感や、強く卑下する感情でした。

「本当は自分だって正社員になれる学歴やスキルがあるのに…」

という忸怩たる思い。
彼女は、
「派遣の身なので」
「どうせ派遣ですから」
「派遣の立場でできるのはここまで」

と言った形で、ことあるごとに「派遣であること」を強調していました。つまり、彼女自身が「派遣」という言葉に強い否定的な意味を与え、その度に自ら傷ついて行っている向きがあったのです。



そこで今回は、「ハケン」という言葉が持つネガティブな響きについて掘り下げてみたいと思います。そこから、なぜ多くの「ハケン」という立場の人が「ハケン」と自分を呼んだり呼ばれたりする度に、自信を失ってしまうのか、を検証していきたいと思います。

ハケン、とカタカナで書いた場合、どんな印象を受けますか?
「ハケン」に限らず、「〜さん」を職業などに付ける時って、どこか上下関係の意味合いが加わります。
たとえば、
「魚屋さん」
「本屋さん」
といった言い方は、放送用語としては使ってはいけないことになっていると聞いたら、意外でしょうか。どこかに「出入りの業者さん」と、職業の貴賤の価値判断を適用し、見下しているとみなされるからです。

ビジネスでは、
「ベンダーさん」
「ハケンさん」
「サプライヤーさん」
と言った言い方がその「卑下」の意味合いを含みます。
その証拠に、
「クライアントさん」
と言ってみると、わかるかと思います。
ちょっとした違和感がありませんか?
クライアントに対しては、あまり「クライアントさん」とは言わないですよね?

「クライアント」と何も付けないか、あるいは
「クライアント様」と敬称を加えます。

一方、「出入りの業者」であり、自社よりも立場として弱い存在である「ベンダー」「サプライヤー」に「様」は付けるでしょうか?
付けませんね。
更に言えば、「ベンダー、サプライヤー」のままで呼びますか?どこか、つい「さん」を付けたくなりませんか?

この様に、私たちは無意識に「サン・様・敬称略なし」をビジネスの現場における日本語で使い分けています。
ここには、社会経済のヒエラルキーに内在する価値観と、そこから生まれる感情が投影されています。

自分より下ないし弱い立場の他者に対して「さん」を付けたくなるのは、その対象より自分が「上」という意識があるからです。
自分がある意味で「顎で使え」、自分の「胸先三寸」でその取引をやめることも増やすこともできるという優越的立場にあるという認識が、たとえ無意識であっても存在します。

「さん」と加えるのは、「業者さん」に対しても親切な態度を取っている「余裕のある良い旦那」であることを示すための日本的な習慣です。
昭和世代の会社役員が「小間使いさん」や「運転手さん」に「御苦労さん」と言う感覚です。「御苦労」ってまさに、封建制度で侍が下級武士などに使う物言いです。
街中で、60代以上のおっさんって、女性や自分より若い人に対して当然の如く道を譲ることを求めますよね。そう言う時に彼らは

「ごめんねー」

とタメ口です。彼らはスタバなどでも店員さんに敬語は使いません:「これくれる?」とぞんざいに言います。
現代のビジネスの場で、多様性を許容すると言う価値観に照らし合わせた場合、コンプライアンス的に「アウト」な物言いです。なぜなら、言葉遣いに「年齢差別」や「ジェンダー差別」が込められるから(私はこういう偉そうで無神経な昭和オッサンが大嫌いなので、彼らに対して敵意を込めて「おっさん」と言わせていただきます。これに関しては別の機会を設けて書きますね)。

今の日本では、もうほぼなくなりつつある伝統ですが、私の母の実家では、祖母がホームに入るまでいろんな「業者さん」が「御用聞き」に足繁く訪れていました:

酒屋の「上州屋さん」
魚屋の「魚島屋さん」 
パン屋「さん」の☆☆さん…

もちろんここには親しみが込められているものの、日本文化と日本語に深く根差した「上下関係」が明白に表現されています。

おわかりでしょうか、「ベンダーさん、サプライヤーさん、ハケンさん」などに付けられる「さん」には、日本の長い封建制度で育まれたヒエラルキーが投影されていることが。

なので私は、そもそもベンダー、サプライヤー、業者といった呼称は極力使わない様にしています。「さん」付けも避ける様にしています。

いつのまにか字数制限に達してしまいました。

「ハケン」という立場に悩んでいる場合、この様に「言葉」を深掘りしていくことで、今まで見えなかったことが露わになり、問題の核心に近づくことができます。

次回は、この「日本社会に根付いた職業貴賤の価値観」が、いかに私たちの深層心理にネガティブな影響を与えているのか。また、それを打ち破るための方法についてご紹介します。

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