「社員は小さな子供と同じで、信頼されていないと思えば不安になる。(社長は)彼らに必要なアドバイスを与え、集中して働ける環境を作り出さねばならない」
「信頼関係がなければ社長は働けない。社員を指示通りシゴトさせるために必要な、権威を失っているからだ。社員はそのあたりの微妙な関係を、抜け目なく察して行動する。社長が役員会、株主の信頼を失っても同じだ。社員は熱心に仕事をしなくなり成績(素行)も悪くなっていく」
(引用:Number715号 イビチャ・オシム 日本サッカーに告ぐ。 田村修一=文)
社員を選手、社長を監督、役員会・株主をフロント、と置き換えると原文になります。どうでしょう、やはりビジネスの世界も、プロスポーツの世界と共通部分があります。
サッカークラブの監督は、技術指導者(の仕事のみ)ではありません。選手のモチベーションアップ、厳しさを伝える事、時には兄貴役になること、そして選手を大人としてリスペクトする事・・・。勿論、クラブの方針に沿ったチーム作りをすることは当たり前ですが、そこには信頼関係がある、というのが大前提です。
はっきり言わなければならない事を曖昧にしてきてしまうと、最悪の結果になる事だって有り得ます。同じ地区の同業だけをみて安心するのか、都道府県内をみるのか、地域を見るのか、全国を見るのか。突出した仕事のできる「プロ」に周りが付いていけないと仕事はやりづらくなるでしょう。
臭いものにフタばかりしていては先には進まない、絶対に、ね。私利私欲がない、という人間に限って正反対の場合の如何に多いことか。
お金をもらって堂々と義務と責任を負い、仕事をする方がよっぽど潔くないですか?
朝日新聞の週1回のコラムでファジアーノ岡山の木村正明社長が取り上げられています。読むと、彼は無休否無給で社長業をやっているとの事。それはそれで美談だし、ウケもいいだろうし、その人柄を私も多少なりとも知っているだけに全く否定はしません。
が、である。
それだけが独り歩きすると、給料をもらう=悪、という風潮にならないか、と心配です。給料を貰わなくても良いお金持ちじゃないと、クラブ運営ってできないって事になる恐れもあります。貯金のたくさんある人じゃなきゃ無理なの?
私はそうは思わない。木村さんは別格として(凄い人だと思います、間違いなく)自分の仕事と責任に対する報酬を得ないと、結局は言い逃れであったり「ボランティアでやっているから・・・」と言い訳にする人の方が多いのでは、と思うんです。木村さんが凄いのは、一切の言い訳をせずここまで上がってきているから。彼はおそらく、今は、自分の給料を取るなら、少しでも現場の環境を良くしたり(選手の雇用も含めて)、他の人たちの待遇を良くするという事に主眼を置いているのだと思う。それはJ2に昇格するまでかJ1なのかは判らないが、一生、という事はないであろう。(自分の給料は)財政基盤を盤石にできる、できたタイミングでと考えているのだと思う。
要は堂々と自分の給料を取れるようにスポンサーを獲得したり、収益事業を行う努力やアイデアを出し、実行に移すこと、だと思います。どのタイミングで、というだけの事かと思うのですが・・・。
何の繋がりもない、支離滅裂な文章でした・・・。
ごめんなさい・・・。
では。