最近、ある人から仕事とその職場の人間関係のことで相談を受けました。
「正社員とアルバイトの立場と、仕事に対する想いの相関」について。
これは、その人が働く環境を理解した前提で話を進めないといけないのですが…
アルバイト(パート)と正社員が同じ場所、そして非常に近い位置で働く職場。
そして客商売であるが故に、お客さんの目線からすれば、どちらも同じくして見える。
だから、アルバイトも社員に負けないくらい仕事に責任とプライドを持って仕事をして
いる。
ごく簡単に言うとそんな感じの職場。
一般的な「アルバイト」という認識よりもかなり意識レベルの高い職場と思ってもらえ
れば間違いありません。
そこで働いていて、ふとした事から「アルバイトのくせに…」といった意味の言葉を言
われた当人。
「正社員」と「アルバイト」の想定外の線引きにショックを受けたようでした。
とても難しい問題です。
仕事に対する思い入れはどちらも強い。
気持ちは同等。 時と場合によってはそれ以上のこともある。
ただ立場が違うだけ。
でも、この関係って今回のパターンじゃなくても僕達の生きてる社会じゃ度々起こり
得ること。
正社員とアルバイトという関係だけではなく、
たとえば、店長とスタッフ。
オーナーと店長。
一般企業で言えば、部長と新入社員。
その上では、役員と現場責任者。
立場が違えば、それぞれ見えている範囲や世界が違うのは当然のこと。
親と子、なんていうのはこの関係の最たるものではないでしょうか。
社会構造から言えば、基本的に上に立っている人は、自分の下に所属する場所を通過して、その経験を経た上で今の場所にいる。
ただ今回のパターンでは、お互いがお互いのポジションを未経験だということが、少しだけ問題を深くしているみたいですが。
立場の違う相手のことに対して、どのようにして、どれだけ想像力を豊かに働かせら
れるか。
まぁ、一言で言うと『思いやり』です。
ただ人と人とが向かい合うと、「o・mo・i・ya・ri」とキーボードを叩くほど簡単にはい
かないもの。
だから、この方も悩んでいるのであって。
でも、思いやりには慣れも必要なのでは? と、最近思うんです。
思いやる事への慣れ。
もちろんその方が、普段から人の事を思いやらない人だという意味では決してありま
せんが、僕が今世界を旅していて感じている事にその答えがある気がして。
食べるもの、着るものが違う。
言葉が違う。
文化が違う。
肌の色が違う。
たくさんの「違う」に囲まれた生活を続けていると、勉強不足のせいもありますが、
もう「想像する」しか手がありません。
でも、それが何よりも「思いやりのトレーニング」になっているんじゃないか。
って気が最近しています。
もちろんこれは環境に後押しされた、謂わばお尻を叩かれた結果に過ぎませんが…
ただ、少し意識するだけで日本人同士・知ってるもの同士でも、これは可能なのではないのでしょうか。
毎日少しづつでも、向き合う相手のポジションにいるつもりで考えて、行動してみる。
そうすると気が付けば自分がそのポジションに、いつの間にか立っていた…
なんてこともよくある話。
「思いやり」
よく耳にする言葉だけど、なかなか掴めない霞のようなイメージ。
そういうものほど、コツコツとした小さな積み重ねが功を奏したりするものです。
夫婦喧嘩に咲く花と同じく、想いが強く近い間柄だと、些細なことで余計に気になってしまうもの。
それだけ親身に想えている力の方向を少し変えてあげるだけで、世の中のいろんなことが上手くいくんじゃないのかなぁ。