光と闇の迷宮

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Ladyが中学生の時に通っていたアメリカの名門音楽学院のプレカレッジ。

生徒のほとんどはヨーロッパから留学していた貴族の子息・令嬢であった。

そんな中で他を圧倒する絶対的カリスマを持つ令嬢がいた。

その名はエル。

マエストロー(指揮者)志望で、優れた才能を持ち、Ladyでさえも従える学院の女王であった。

 

学院の卒業コンサートが行われた。

コンサート・ホールを借り切り、クラス単位で演奏を披露する。学院の教授や関係者のほか、父兄や卒業生なども観客として招待された。

このコンサートに出席して合格点をもらえないと、プレカレッジの終了資格がもらえなかった。

学生のほとんどは、将来は音楽院本科に進みたいと希望していた。世界的に難関とされる音楽院であれば、プレカレッジを卒業していることは重要なポイントとなる。

プレカレッジに入学した段階で、生徒たちは既に優秀な音楽家であり、卒業コンサートに落第する者は基本的にいなかった。ただ、当日遅刻したものは参加を許されず、終了課程がもらえないという学則があった。

生徒たちは万難を排してその日に備えるのだ。

 

当日、集合時間になっても、Ladyのクラスの女生徒の一人が現れなかった。

自宅へ連絡すると、とっくに出たという。学生が携帯電話を持っているような時代ではなく、本人へ連絡することはできなかった。本人からの連絡もない。

担任の教授以下、クラスメイトたちも心配し、全員が会場入り口の広場に集まり、それぞれの楽器を握りしめて通りの左右を見つめていた。

 

教授「みんな、そろそろ時間だ。会場に入りなさい。君たちまで演奏ができなくなってしまうぞ。」

エイミー「イヤです先生。アタシたちは彼女を待っています。」

レミア「そうです。彼女はクラスの一員です。私たちは全員でコンサートに出たいんです。」

教授「むう・・・」

 

教授は渋い顔をして、一人で会場へと入っていった。

他の教授たちに掛け合い、Ladyのクラスの順番をプログラムの最後に回してもらった。

時間は過ぎていったが、女生徒は姿を現さなかった。

それまで黙って立っていたエルが口を開いた。

 

エル「皆さん、こうしていても何も進展しませんわ。会場に入って準備をいたしましょう。遅刻は自己責任ですもの。卒業できなかったとしても、それは彼女自身の責任ですわ。」

エイミー「何言ってるのサー・エル。彼女はアタシたちは仲間なのよっ!」

レミア「そうだよ。最後のコンサートなんだもん。全員揃って演奏しようよ。」

エル「理解できませんわ、バカバカしい。サー・Lady、アナタも同じお考え?

Lady「まあね。バカなのは認めるけどね。」

エル「付き合っていられませんわね。」

 

エルは踵を返し、一人で会場へと入っていった。

 

エイミー「冷たいのね、彼女。」

レミア「あんな人だとは思わなかったわ。」

Ladyまあ、普通に考えれば、彼女が正しいんだけどね。

 

さらに時間が経ち、遂にはコンサートも終盤となった頃、遅刻していた女生徒が息を切らせて駆け込んできた。

クラスメイトたちが歓声をあげて向かい入れた。

遅刻の理由は、その場の全員が納得できるものだった。女生徒を責める者は一人もいなかった。

会場からは、その日の観客たちがチラホラと退出し始めていた。

 

エイミー「あーあ、終わっちゃったか。」

レミア「アタシたちの青春もね。」

Lady大げさだね(笑)

 

全員が苦笑する中・・・

 

マリコ「あの、皆さん。ここで演奏しませんか?」

全員「!」

 

全員、顔を見合わせた。

 

エイミー「いいね、やろうよ。」

レミア「卒業はできなかったけど、実力はアタシらが一番だってこと、今日集まった人たちにわからせてやろうぜ。」

 

全員、それぞれの楽器を取り出し始めた。

 

Lady仕方ない。ピアノは持ってこれないから、サックスを担当するか。

 

するとそこへ、会場から出てきたエルが近づいてきた。

 

エル「あなたたち、マエストロー無しに演奏するおつもり?」

 

そういうと、ケースから自分の指揮棒を取り出した。

 

レミア「何?アタシたちとやりたいの?」

エル「バカなことを仰らないで。あなたたちが困っている様子なので、助けてあげてるだけですわ。」

エイミー「一緒にやりたいんなら、そう言えばいいの にw」

レミア「相変わらず素直じゃないねw 

Ladyまあまあ(笑)でも、サー・エル。あなたはコンサートに出場できたんでしょう?

エル「さあ、よく覚えていませんわ。」

 

教授たちはエルに対して、他のクラスに混ざってコンサートに参加するよう指示したが、彼女は頑としてそれを拒否した。

 

エル「ワタクシのチームは外におりますわ。ワタクシは自分のチーム以外と演奏する気はございません。」

 

Ladyたちが演奏を始めると、帰りかけていた観客たちが集まってきた。

やがて人だかりができた。

演奏が終わると大きな拍手が起こり、アンコールの声が掛かった。

こうしてLadyたちは、会場の外で演奏を続けたのだった。

 

さて、卒業コナサートへの遅刻は終了資格の取り消しという学則はあったが、表向きの話だった。これまでも遅刻者は出ており、随時、追加の個別試験で卒業資格が与えられていた。

生徒たちはそれを知らなかったのである。Ladyたちは全員、無事に卒業できた。

 

私「エルも本科へ進んだんでしょ?

Lady「」うん。主席卒業してる。

私「どこかのオーケストラにスカウトされたの?

Lady「」ベルリン・フィルとウィーン・フィルで、最年少マエストローの記録を更新したよ。

私「スゲエ・・・

Ladyそのあと、音楽をスッパリやめちゃったのが、あの人らしいかな。

私「そうなんだあ・・・

Lady「その後はヨーロッパを横断する鉄道会社を創って、」CEOをやってるよ。

 

Lady自身が普通ではないせいか、彼女の友人には普通じゃない人が多い。

ヨーロッパ貴族、アメリカの政治家、官僚、経済人、科学者、NASAの技術者、アーティスト、ハリウッド・セレブ。

一方で、私のような下々の人間とも付き合っているのが、Ladyの面白いところだろう。

Ladyが中学生の時に通っていたアメリカの名門音楽学院のプレカレッジ。

生徒のほとんどはヨーロッパから留学していた貴族の子息・令嬢であった。

そんな中に、他を圧倒するカリスマを持つ令嬢がいた。

その名はエル。

マエストロー(指揮者)志望で、才能に溢れ、Ladyでさえ従えるほどの絶対女王であった。

 

学院では、世界で活躍する有名なクラシック演奏家たちが、特別講師として授業を行っていた。

中でも、世界トップクラスの有名指揮者の授業は人気があった。彼は年に一度、学院内で行われる学生によるコンサートで、マエストローを務めていた。そのコンサートに出場するのはすべての学生にとって名誉なことだった。

コンサートで演奏される曲目は、学生代表となるコンサートマスターが決めるのが慣例だった。

その年のコンマスはエルであった。

そして、有名指揮者と教授たちを前に、エルが選んだ曲目は「カーペンターズ・メドレー」であった。

 

カーペンターズはアメリカの兄妹デュオで、1970代を中心に、発表曲が次々と世界中でヒットした。日本でも大人気だった。

ヴォーカルを担当する妹カレンの歌声は、Ladyにして「世界一の歌声」と言わしめるものである。Ladyがもっとも尊敬するシンガーの一人だ。

残念ながら、カレンは1983年に摂食障害で亡くなっている。当時、ニュースを聞いて、私も大へんなショックを受けたものだ。

 

カーペンターズの曲は素晴らしい。不変の名曲である。が、あくまでポップスである。クラシックの名門である音楽院で、ポップスを演奏するなどあり得ないことであった。

しかも、世界に誇る名指揮者がマエストローを務めるというのに。

学院で指導に当たる演奏家の中には、クラシック以外は音楽に非ずという者も少なくなかった。そんな中、彼の有名指揮者は柔軟な考え方を持っており、Ladyやエイミーたちがロック・ミュージックをやることにも応援してくれていた。

 

「いろんな音楽を実践してみるといい。そして願わくば、その経験を身につけた上で、最期にクラシック音楽の世界へ戻ってきてくれたなら、それ以上の喜びはないよ」と。

 

そんな名指揮者であっても、自身がポップス曲を指揮するというのは有り得ないことだった。名指揮者は表情を曇らせた。

居並ぶ教授陣は困惑し、エルを説得しようと試みた。伝統を重んじる名門貴族出身のエルが、なんということを言い出すのだ、と。

しかし、信念の人であるエルの意志は固かった。あくまでカーペンターズの曲で押し通した。

エルの考えが変わらないことがわかると、教授たちは怒り出し、彼女に自宅謹慎を命じた。

いかにエルの実家が名門で、学院に多額の寄付をしていても、こればかりは大目に見ることはできなかった。

 

エイミー「驚いたねー。」

Ladyうん。

レミア「アタシらならともかく、まさかエルがカーペンターズを推すなんてね。」

Ladyあの娘のことだから、一度言い出したら意見は変えないだろうね。」

エイミー「ヘタしたら退校処分だよ。」

レミア「まさかっ!学院の女王様だよっ!」

Ladyいや、あり得るね。

エイミー「アタシ、あの娘のこと嫌いじゃないよ・・・」

レミア「口は悪いけど、仲間想いだからね。意外とみんな慕ってるよね。」

Lady・・・・

 

気をもんでも、学生たちにはどうしようもなかった。

 

自宅謹慎が一週間続いても、エルの心は変わらなかった。

世界的名指揮者は、エルと二人だけで話をしてみることにした。

 

指揮者「カーペンターズがの曲が悪いとは私も思わないよ。しかし、この学院で行う伝統的コンサートにふさわしと言えるのかね?」

エル「指揮者様、クラシック音楽は素晴らしい伝統芸術です。ワタクシたち貴族にとっても、その伝統を守るのは誇りであり、使命だと思っております。」

指揮者「うむ。」

エル「しかし、伝統は未来へ伝えてこそ意味がありますわ。停滞していては価値はございません。はたして、過去の先人たちは過去に捕らわれていたでしょうか?リストは?ワーグナーは?ハレは?多くの先人たちが魂を込め、芸術性を高める努力を重ねてこそ、クラシック音楽は今日にまで伝えて来られたのではありませんこと?」

指揮者「・・・・」

エル「カーペンターズの曲は今世紀の芸術ですわ。決して伝統に劣るものではないと確信しております。伝統の昨日に、価値ある今日を重ねてこそ、明日が有意義なものになると思っております。」

指揮者「なるほど。」

 

名指揮者は微笑みを浮かべると立ち上がった。

 

指揮者「教授たちに伝えてこよう。私がカーペンターズの曲を指揮するとね。ただし、これはこの学院内だけの秘密にしてほしいと。ミス・エルも、決して外部には洩らさないでくれたまえ(笑)」

エル「肝に銘じますわ。」

 

エルも立ち上がると、最上級の礼を捧げた。

 

かくして、伝統ある名門音楽院で、その年、カーペンターズの名曲が密かに奏でられたのである。

前代未聞の出来事であった。

Ladyが中学生の時に通っていたアメリカの名門音楽学院のプレカレッジ。

生徒のほとんどはヨーロッパから留学していた貴族の子息・令嬢であった。

そんな中に、他を圧倒するカリスマを持つ令嬢がいた。

その名はエル。

マエストロー(指揮者)志望で、才能に溢れ、Ladyでさえ従えるほどの絶対女王であった。

エルは伝統と血統を誇るヨーロッパ貴族だけが、クラシック音楽を奏でる資格があると考えており、アジア人は劣等民族と認識していた。

そしてそれは、貴族出身の一部教師や理事たちの考えでもあった。

Ladyのクラスの純アジア人は、日本人であるマリコ一人だった。

 

その日、Ladyのクラスは発表会に向けて、生徒たちだけで自主練習を行っていた。マエストローは無論エルである。

そこへ理事の一人である男性が顔を出し、練習を見学し始めた。

演奏が一区切りし、生徒たちがホーと息を吐くと、教室の隅で見ていた理事が拍手をしながら近付いてきた。

 

理事「諸君、実に素晴らしいっ!特にミス・エル、さすがだね。感服したよ。」

エル「ありがとうございます。」

 

エルは理事を見ることもなく、無表情に言った。

 

理事「しかし、一つだけ残念だ。そこの東洋人の君。」

 

理事は顔をしかめると、マリコを指さした。マリコは返事をしながら、慌てて立ち上がった。

 

理事「君の音は聴き苦しいな。他が完璧なせいで、君の不協音は目立ち過ぎる。私のような優れた耳を持った者にはまるで雑音だよ。」

 

マリコはそう言われ、赤面してうつむいてしまった。

 

理事「東洋人に完璧な音を求めても仕方ないがね。君はちょっと外れてくれないか。私は完璧な演奏を聴きたいんでね。」

 

マリコはそれ以上にないというくらい顔を赤めると、うっすらと涙を浮かべ、うつむいたまま教室を出て行った。

 

理事「さあ、厄介者はいなくなった。諸君、今度こそ完璧な演奏を聴かせてくれたまえ。」

 

生徒たちはクラスメイトを侮辱され、全員が腹を立てていた。しかし、学院の理事に口答えするなどもっての外だ。

全員がモタモタと楽器を構える中、一番気の短いレミアはキレる寸前だった。マリカの後を追おうと足を踏み出した瞬間、エルの凛とした声が響いた。

 

エル「学院理事様のご要望です。皆さん、完璧な音をお願いしますわ。」

 

エルは毅然とした態度でダクトを構え、レミアに鋭い視線を送った。レミアは慌ててヴァイオリンをアゴに当てると、弓を構えた。

エルは正面を向くと、ダクトを振り始めた。

教室の隅に移動した理事の耳に、美しい調べが聴こえ始めた。理事は目を閉じ、満足気な表情を浮かべる。

ところが、生徒たちは一様に戸惑っていた。

ピアノを奏でながら、Ladyはいぶかし気にエルを見つめた。

 

Lady『随分スローね・・・』

 

演奏が終わると、理事は再び拍手しながら進み出てきた。

 

理事「素晴らしいっ!実に素晴らしい!今度こそ完璧だっ!」

エル「完璧?」

 

エルは驚いたような表情で理事を見た。

 

理事「うむ、正に完璧だ。この私の耳が保証するっ!」

エル「今の演奏が完璧と仰るのですか?」

理事「え・・・?」

 

エルのきつい口調に理事の目が泳いだ。

 

エル「2テンポも遅く演奏いたしましたのに?

理事「え、え?しかし・・・」

エル「今のが完璧に聴こえたとすれば、理事様の耳は、いささか問題がございませんか?」

 

ツンとアゴを突き出し、鋭く理事を見つめるエルの目には侮蔑の色が浮かんでいた。

たちまち顔を赤らめた理事は、生徒たちを見渡した。全員、シラケた顔で自分を見ていた。

 

理事「う、いかん。約束があるのを忘れていた。私は失礼するよ・・・」

 

そそくさと理事が教室を出て行くと、どっと歓声が起こった。

 

エイミー「さすがね。サー・エル。」

エル「何のことでしょう?耳の悪い観客が、約束を思い出して退席しただけのことですわ。」

エイミー「相変わらず素直じゃないわね。」

 

エルからジロリと睨まれ、エイミーは慌てて口を閉ざした。

 

エル「サー・レミア。ミス・マリコを連れ戻してきていただけます?どうせ、また食堂の隅で泣いていますわ。

彼女が一番未熟だというのに、これ以上練習をサボられたら、マエストローのワタクシが困りますわ。」

レミア「イエス・マム。サー・エル・マム。」

 

レミアは嬉しそうに教室を出て行った。

Ladyがエルに近づいてきた。

 

Lady「マリコは東洋人ですものね。」

エル「ええ、不出来なのは仕方がありません。その面倒を見るのは、優れた貴族であるワタクシたちの使命です。」

Lady「そうね(笑)」

 

Ladyがニッと微笑みかけると、エルはツンッと顔を反らした。

 

エル「皆さん、ご自分の席にお戻りなさいっ!ミス・マリカたちが戻ってきたら、練習を再開しますわよ。」

 

再び教室に明るい歓声が響いた。

Ladyが中学生の時に通っていたアメリカの名門音楽学院のプレカレッジ。生徒のほとんどはヨーロッパの貴族の子息・令嬢であった。

学院を仕切っていた、絶対的なカリスマの貴族令嬢がいた。

その名はエル。

マエストロー(指揮者)志望で、プライドが高く、何事にも揺るがぬ意志と信念を持っていた。気の強いLadyでさえ、エルに対しては一歩下がらなければならなかった。

エルはヨーロッパ貴族こそが伝統と血統を守る民族で、アジア人は醜怪で貧しく、自分たちが守護すべき可哀想な人種なのだと認識していた。

そして、クラシック音楽もまた、その歴史と伝統を育んできたきたヨーロッパ貴族こそが正しく奏でることができ、有色人種にはその真髄を伝えることはできないと考えていた。そしてその考えは、一部の貴族出身の教師や後援者たちも持っていたのである。

 

Ladyやエルのクラスには、日本人少女のマリコがいた。ある授業で、教授がマリコに厳しくダメ出しをした。

教授はクラシック音楽はヨーロッパ貴族の伝統であり、アジア人が入り込む世界ではないと考えていた。

教授は二週間後までに問題点をクリアできなければ、マリコに退校もあり得ると勧告した。

 

エイミー「マリコ、元気出しなよ。アンタならこれくらいの課題は超えられるさ。」

 

授業の後、エイミーとレミアは落ち込んでいるマリコを懸命に励ましていた。そこへエルが近づいてきた。

 

エル「皆さん、お待ちなさいな。不確実な成功を安易に確約するのは、ミス・マリコのためになりませんことよ。」

レミア「だって、マリコは一生懸命やってるし、教授が言うほど悪いとは思えないよ。」

エル「それは教授が決めることですわ。」

レミア「う・・・・」

エル「ミス・マリコっ!」

マリコ「イエス・マム、サー・エル。」

 

エルに名を呼ばれ、背筋を伸ばすマリコ。

 

エル「教授の言うとおり、クラシック音楽はヨーロッパ貴族の中で育まれてきた伝統芸術です。ワタクシたちの身体には、代々受け継いできた旋律が、貴族の血と共に巡っているのでわす。

いいこと、ミス・マリコ。あなたには最初から越えられない壁があるのですわ。才能だけでは越えられない壁。もしもその壁の向こうを見たいというのなら、血を吐くような努力が必要ですのよ。いつか壁に押し潰されるのなら、今のうちに日本へ帰った方があなたのためですわよ。」

マリコ「・・・・・」

エル「よくって、ミス・マリコ!」

マリコ「イエス・マム!サー・エルっ!」

 

弾けるように返答したマリコは半泣きだった。

その日から、マリコは必死に課題に取り組んだ。

 

二週間後、教授は課題曲をマリコに演奏させた。

 

教授「全然ダメだっ!ミス・マリコ。君はまったくクラシックを解っていない。やはりアジア人に貴族の音楽を理解するのは無理なようだね。君は国へ帰るべきだっ!」

 

教授に責められ、マリコは泣きながら教室を飛び出していった。

授業が終わると、女子生徒たちの何人かが集まって話し合った。

 

エイミー「マリコはどこに行ったのかしら?」

レミア「きっと寮の自分の部屋よ。アタシ、行って見てくるわ。」

エイミー「それより、教授に直談判しましょう。教授は間違っているわ。マリコの演奏は教授が言うほどヒドくないもん。」

エル「お止めなさい。」

 

突然、エルが割って入ってきた。

 

エル「余計なことをするものではなくってよ。

ミス・マリコは失敗したのですわ。将来、大きな傷を負うよりも、今のうちに諦めた方が彼女のためでもありますわ。」

エイミー「でも・・・・」

エル「今、ミス・マリコを庇ったところで、あなたたちは彼女の将来に責任を負えますのかしら?」

レイア「それは・・・・」

 

誰も何も言えなかった。

エルはツンとアゴを尖らせ、教室を出て行った。

彼女はその足で教授室へと向かった。

 

エル「教授、ミス・マリコのことでお話があります。」

教授「なんだね?ミス・エル。」

エル「ミス・マリコの演奏は、ヨーロッパ貴族の生徒たちと比べると未熟です。」

教授「うむ、君もそう思うだろう?アジア人には所詮クラシック音楽は無理なのさ。彼女には国へ帰ってもらうよ。」

エル「ですが、教授。」

教授「?」

エル「あなたが前回与えた課題に対しては、ミス・マリコは充分な水準にあるように見えました。彼女の演奏は二週間前よりもはるかに良くなっています。二週間後にはさらに良くなることでしょう。」

教授「何が言いたいのかね?」

エル「教授、あなたはミス・マリコに及第点を与えるべきです。それがフェアなやり方ですわ。」

教授「ミス・エル、思い上がってはいけないよ。君は確かに稀に見る才能の持ち主だ。将来は素晴らしいマエストローになることだろう。私も期待しているよ。

しかし、ミス・マリコの進退を決めるのは私だ。君ではない。そして私が落第と判断したのだ。彼女には退校してもらうよ。」

エル「わかりました。出過ぎたことをいたしました。」

教授「なに、わかればいいさ。下がりなさい。」

エル「教授。」

教授「ん?」

エル「ワタクシの実家から本校へ行っている寄付は、次回から止めさせていただきますわ。父と理事長様には私から話しておきます。」

教授「何だって?」

エル「では、失礼いたします。」

 

エルは振り返ると、部屋から出て行こうとした。

 

教授「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!」

エル「何か?」

教授「君の家からの寄付金は本校でもトップクラスだっ!突然の打ち切りは困るよっ!理事長に何と言ったらいいか・・・・」

エル「ワタクシは困りません。それを判断するのはワタクシで、教授ではございませんことよ。」

教授「いやいやいや、待て待て待て。わかったわかった。ミス・マリコのことはもう一度考えてみることにしよう。もしかしたら、私の判断が間違っていたかもしれんからなっ!」

エル「さようでございますか。懸命な判断を期待しておりますわ。」

 

エルは優雅にお辞儀をすると、ツンとアゴを尖らせて教授室を後にした。

 

マリコ「みんな聞いてっ!アタシ、学院に残れることになったのっ!」

 

教室に飛び込んできたマリコは、嬉しそうに級友たちに報告した。

 

エイミー「良かったわね、マリコ。」

レイア「あなたの技術なら当然よ。」

 

はしゃいでいる少女たちには目もくれず、エルは涼しい目で窓から中庭を見下ろしていた。そこへLadyが静かに近づいてきた。

 

Lady別の教授から聞いたわ。アナタのおかげのようね、サー・エル。

エル「何のことですの?サー・Lady」。

Ladyあら、ゴメンなさい。こっちの話だったみたい。

エル「そう。」

Ladyアナタはマリコのことを認めているの?

エル「勘違いしないでいただけます?東洋人はみすぼらしくて、哀れな存在ですのよ。ワタクシたち貴族には、彼女たちを護ってあげる義務があるのですわ。」

Lady「」そうだったわね。

エル「それに・・・・」

Ladyそれに?

エル「ワタクシは不公平な行いは嫌いなのですわ。間違った行いを正すのも、伝統ある貴族の務めですわ。」

 

エルはそう言うと、胸を張って教室から出て行った。

それを見送るLadyに、エイミーとレイアが近付いてきた。

 

エイミー「」素直じゃないよね、彼女。

Lady性格なのよ、女王様のね。

レイア「」彼女らしいけどね。

 

三人は顔を合わせてニンマリと笑った。

夏の夜にふさわしい不可思議話しを一つ。
もっとも、当事者は鳥肌が立ったそうだが、私はこの話しを聞いて感動してしまったのだが。

去年、まだ暑さも抜けきらない初秋のことであった。ある有名な録音スタジオを切り盛りしていた大御所のエンジニアが亡くなった。ガンであった。
日頃よりLadyの音楽の才能を高く評価していた人で、彼女と顔を合わせるごとに、「キミの才能は本当に素晴らしい。この国でキミほどの曲を書ける人間は他にはいない。キミの曲を売り出そうとしない今の日本の音楽業界は腐ってる。ボクにもっと力があったら・・・。キミの曲を世に広める手伝いができない自分がまったく不甲斐ない」と言っていたそうだ。
最期に会ったときも、何とかLadyの力になりたいと繰り返していたという。
かの人の訃報が舞い込んできたとき、Ladyは折りしも海外のドラマ出演のため、ニューヨークで行われた一ヶ月間の合宿に参加中であった。
我が社の社長は亡くなった老エンジアとの交友も長く、通夜と葬儀に参加した。Ladyは葬儀に合わせ、ニューヨークから弔電と故人を偲ぶ和歌を送った。弔電の最期に詠まれたという和歌に故人の奥方はいたく感激し、帰国してから仏前を訪ねたLadyに深く謝意を述べたそうだ。

さて、ここ数ヶ月、Ladyの周囲は大きく変貌しつつある。音楽・芸能関係者が多く集まり、Ladyを中心にいくつものプロジェクトが企画されつつある。
中心になって動いているある芸能プロダクションの社長は、新体制に基づき、設備が整い、使い勝手の良い音楽スタジオを探していた。
これは最近の出来事である。
突然、その社長の携帯に一本の着信が入った。登録のない、初めて見る携帯番号からであった。出てみると、はたして面識のない相手であった。
「スタジオをお探しと聞いて電話させていただきました。ウチのスタジオでしたら、そちらの希望に叶った設備だと自負しております。料金や詳しい内容は家内が把握しております。連絡先を言いますので、是非電話を入れてやってください。」
声の主が連絡先を言うと通話は切れた。
社長は早速教えられた番号に連絡を入れ、通話に出た奥さんにご主人から聞いた話しを伝え、スタジオを観てみたいと申し出た。ところが、奥さんは戸惑った声で言うのだった。
「確かにウチにはおっしゃっているようなスタジオがありますけど・・・・。あの、主人は去年亡くなっておりますが・・・・」
次に戸惑うのは社長の番であった。

この出来事に驚愕した件の社長は、こんなことがあったとウチの社長とLadyに打ち明けた。詳しい話しを聞いたウチの社長は思わず呟いた。
「それ、○○○(スタジオ名)のことじゃねえのか?」
ウチの社長は相手の社長の携帯に残っていた番号の履歴と、自分の携帯に入っている亡くなった老エンジニアの番号を見比べてみた。
まったく同じであった。
同じ番号が、Ladyの携帯のアドレスにも入っていた。
ウチの社長は老エンジニアの未亡人に連絡を入れ、これまでの経緯を繰り返して話した。電話口の夫人は戸惑いを隠そうとしなかった。
「ええ、本当に不思議なことがあるもんです。私も本当に驚いています。」
そこでウチの社長が重ねて尋ねた。
「ご主人の携帯は今どこにあるんです?」
「それが、主人と一緒にお棺に入れて燃やしました・・・・・」
話の元となった社長は、しきりに鳥肌が立つのを抑えられなかったそうだ。

私はLadyからその話しを聞き、目頭が熱くなる思いであった。
私「○○さん(故エンジニア)、よほどあなたのことが気がかりだったんだね。本当にあなたの力になりたかったんだね・・・・」
Lady「うん。顔を合わせる度に、良い音楽が少なくなったって熱く語ってたからね。」
老エンジニアが亡くなって以来、事実上休眠状態になっていたスタジオは、こうして再び灯が点されることとなった。故人の熱い想いとLadyに対する愛情が、それを実現させたのである。
人の想いの、なんと不可思議で感動的なことか。