今日は母の日。
母親を歌った歌は数々ある。父親を歌った歌より圧倒的に多い。
その中でも真っ先に浮かぶのは「おふくろさん」。森進一が歌った曲である。
母の教えを歌った曲。
川内康範の詩に猪俣公章が曲を付けた。
1971年(昭和46年)に世に出た。

森進一は母親に女手一つで育てられ、貧しい少年時代を送った。中学を卒業後、集団就職で大阪に出て、その後多くの職業を経て念願の歌手となった。そして多くのヒット曲を生み出した。

川内康範は作家で、歌謡曲のほかにも「月光仮面」の原作者としても知られる。森進一には「花と蝶」の作詩で出会う。森の苦労した経歴に感動した人情家である川内はその後「おふくろさん」を作詩する。

しかし、その「おふくろさん」を巡って二人には決定的な亀裂が生まれることになる。いわゆる「おふくろさん騒動」である。マスコミでも一時話題になった。
これは、森進一が「おふくろさん」の原曲の前に新たにフレーズとメロディーをつけて歌ったことによる。森は亡き母への思いを表したかったのであろうが、これに川内は激怒した。何の断りもなく勝手に新しい歌にしてしまった。著作権にもかかわる。
川内は森に自身の作品を歌うことを禁じた。
森はその後川内を訪ね直接お詫びをしようとしたが叶わなかった。結局二人は和解することなく、川内が世を去った。
川内の親族が森と和解し、森は川内の作品を歌うことを許された。

さて、二人の母親への思いはどうであったのか。
森進一が芸能生活25周年に出版した本がある。
「渚にて」。森のエッセイと写真集のようなもの。
平成2年に出版された。
イメージ 1
苦労を掛け、心配をかけた森の母親は、自らその命を絶っていた。
その中に「亡き母へ」という章がある。
そこには母への思いがつづられている。
「僕はあなたと一緒に過ごした時代を決して不幸だとは思っていませんよ あなたは本当に大変だったでしょう でも 僕たちは幸せだった それは あなたの愛があったからです・・」
「「どんなにつらい時にもやさしさを忘れず一生懸命生きるのよ」 僕が弱気になると いつもあなたはそういった あなたがいつもぼくにいっていたその言葉を胸に抱いて あなたの子供として恥じないように生きていきます・・」

「おふくろさん」を歌うときいつもこうした思いを胸に歌っていたのであろう。
そしてその思いが高じて、歌の前に一節付け加えることになったと想像できる。

川内康範の母親への思いは。
川内が生前出版した本がある。
「おふくろさんよ 語り継ぎたい日本人のこころ」
イメージ 2
2007年の年末に発売されたものである。
ちょうど「おふくろさん騒動」の起った年。
その著書のまえがきにこの本を綴った経緯が書かれている。
「私が大切にする作品に「おふくろさん」という歌がある。母から教えられた生き方、人の情けの大切さ、無償の愛について書いた私の代表作である。その作品を歌っていた歌手がいた。その歌手は歌謡界のスターである。・・・
その歌手は母の教えも人の情けも無償の愛もすべてを無視し、恩を仇で返すような行いをしたのである。何度も注意をしたがその態度は変わらぬままであった。私は心を痛めながらもその歌手から私の作品を取り上げた。生涯二度とその歌手が私の作品を歌うことがないようにと。
しかしこれもまた人情である。
「憎むな、殺すな、真贋糺(まことただ)すべし」は、赦さぬことが赦すという反語なのだ。
私の生きざまのけじめでもあった。この事件をきっかけに私は人の情けや無償の愛を、今の世代に再び伝えたいと思った。・・・」
まえがきの一部であるが、これを読んでも、いかに川内が森に対し激しい怒りを持っていたかが分かる。
また川内の人情家としての一面もうかがえる。

川内が母親から教わったこと。
この著書のなかにも最初に書かれている。
それは「無償の愛」。
「もしも困った人があれば、誰かに言われてやるよりも先に、自分から救いの手を差し伸べなさい」
おふくろからいつも言われていた言葉だという。
見返りを求めず、ひっそりと。
これは「月光仮面」にもつながる。
そしてこの思いを歌の作品にしたのが「おふくろさん」であった。
それだけこの詩には川内の母親への思いが詰まった大切な作品であったのである。

「日本人が失ってしまった古きよき心を、これからを担う若者たちに遺したいのだ。」
この著書を世に出した翌年川内康範はこの世を去った。

再び森進一の「亡き母」の結び。
おかあさん
もう一度大きな声で呼ばせてください
いつだって 僕はあなたの子供ですから

昨年の大晦日、NHK紅白歌合戦で森進一は「おふくろさん」を歌った。
神妙な表情で3番まで歌い上げた。歌の前のフレーズはなかった。
そして歌い終わった後「かあさーん」と叫んだ。
どんな心境だったのであろうか。
森進一はこれが紅白での歌い納め、紅白を卒業した。
森進一にとっても「おふくろさん」はいろいろな思いが詰まった大切な作品なのである。

おふくろさんよ おふくろさん
空を見上げりゃ 空にある
雨が降る日は 傘になり
お前もいつかは 世の中の
傘になれよと 教えてくれた
あなたの あなたの真実
忘れはしない

おふくろさんよ おふくろさん
花を見つめりゃ 花にある
花のいのちは 短いが
花のこころの いさぎよさ
強く生きよと 教えてくれた
あなたの あなたの真実
忘れはしない

おふくろさんよ おふくろさん
山を見上げりゃ 山にある
雪が降る日は ぬくもりを
お前もいつかは 世の中に
愛をともせと 教えてくれた
あなたの あなたの真実
忘れはしない



おふくろさん / 森 進一