今日自宅でラジオを聴いていたら、土井たか子さんの訃報の速報があった。
とても寂しい思いになった。
昼過ぎ母からメールが届き、土井さんの死を悲しみ、亡き父の年齢と変わらなかったと。それほど土井さんは印象に残っているのだと思った。
土井さんは1986年に社会党の委員長になる。
当時私も社会党の党員であった。
1989年に社会党は躍進する。
リクルート事件、消費税など自民党の失政があったとはいえ、土井さんの下「おたかさんブーム」から「マドンナ旋風」を巻き起こす。
その年の都議会議員選挙、参議院選挙で大躍進。翌年の衆議院選挙でも躍進する。
その勢いを肌で感じた。
中野駅前に土井さんが演説に来たときは、今まで見たことのない人だかりができた。
党の宣伝カーを運転していても、朝、夕の駅頭での宣伝活動をしていても日に日に社会党への支持、期待を実感できたものである。
特に当時社会党とは距離を置いていた市民運動の人々と近づいたこともあった。
いろいろな選挙を通じ女性の活躍、政治への参加を実感したのもこの時期であった。
そんなことは前にも後にもないことであった。
土井ブームがまだ残っていた1991年、私は中野区議会議員に初当選した。
しかし、そのブームはそう長く続かなかった。
社会党は再び衰退し、私はその後社民党には属さず違う道を選んだ。
今日私はある芝居を観に行った。
井上ひさし作のこまつ座公演「きらめく星座」。
戦前浅草でレコード店を営む一家の戦争に翻弄される物語であった。
公演終了後、ラジオパーソナリティで「大沢悠里のゆうゆうワイド」の大沢悠里さんのトークショーがあった。ラジオのトークさながらとても面白い話を聞けたのであるが、こういう芝居を政治家の人にもぜひ見てほしいという言葉は印象に残った。

この公演とトークの間も土井さんのことがうかんできた。
土井さんは一貫して反戦、護憲を貫かれた。その象徴でもあった。
今年亡くなられたのは皮肉にも思える。
私は今は政治には直接かかわっていないが、反戦、護憲の思いは社会党にいた当時から現在に至るまで微塵も緩いではいない。


土井さんが最も輝いていた時代の私とのツーショット。