私の実家は高津川のそばにある。
その高津川が平成24年の国土交通省の水質調査で平均的な水質が最も良好な河川となった。
三年連続で水質日本一である。
高津川は一級河川で島根県の西部、西中国山地に源を発し、山陰の小京都と呼ばれる津和野を流れ、益田市から日本海に合流する。全長81キロであまり長くはない。ちなみに日本一長い川は信濃川で全長367キロである。ダムの無い川としても知られる。水質が良いことから鮎が多く生息し、天然アユの産地でもある。
 
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先日はこの地方を襲った大雨で水害が発生した。安倍首相も現地視察に訪れた津和野町は大きな被害にあった。この地域は地震は少なく私も地震の被害の話は聞いたことがない。しかし水害にはたびたび見舞われた。
昭和18年には高津川が氾濫し、私の実家も被害にあった。実家の仏壇のある壁には今もその時の水位の跡が残っている。親戚の人が集まった時に、よくその話が出たものだ。
私が中学まで過ごしたのは、高津川を遡る事40キロ、高津川の支流である匹見川の流域である。
この川で泳ぎを覚え、魚釣りなど遊びを覚えた。また大雨で川が増水した時はその水流の激しさ、恐ろしさも学んだ。
今も記憶にあるのは、鮎を釣り、ウナギを釣ったことである。
ウナギ釣りは、木綿糸の太いものに大きめの釣り針を付けたものを何本も作り、捕まえたドジョウを餌としてつけ、夕方ウナギがいそうなところに出かけその糸を石に縛り付け沈めておく。翌朝早くその糸を回収するのである。一匹掛かっていた時はうれしかった。まさに天然のウナギである。早速家に持ち帰り、蒲焼にして食べた。
子供であったので味はあまり記憶にない。
川遊びでは川狩りといって、近所の友達数人で川原で食事をしたり、泳いだりする、キャンプのまねごとのようなものである。石でかまどをつくり、落ちている木を拾って火をつけご飯を炊く。お湯を沸かしボンカレーを温める。
このカレーライスがなんとも美味しいのである。
このころは自然そのものが遊び場であり遊び相手でもあった。
当時、川をきれいだと思ったことはなかった。それが当たり前であったからであろう。
その後上京し東京の川を見たとき改めてふるさとの川の美しさを実感したのである。
一昨年の年末帰省した折、近所を散策してみた。橋の上から高津川を見たとき、その情景の美しさに見とれ、家の近くの川原に降りてみた。携帯電話のカメラで写真に収めた。
私のフェイスブックのカバー写真はこの時のものである。
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ここを約2キロ下れば日本海である。私の実家はこの川岸から数十メートルのところにある。
高校時代この実家から毎日自転車でこの川に架かるを渡り通学していたが、こうした光景をじっくり眺めたことはなかった。
 
水質が良いということは栄誉なことであり、手つかずの自然が残されていること、地域の人の自然との共生の努力の結果でもあるが、裏返せばこの川の流域に大きな人口密集地域がないということでもある。上流は私のいたころから過疎化が進んでいる。
私は故郷を自慢するときに「手つかずの自然が多く残されている」ということにしている。
そこには本当の意味での美しさがあると思うからである。
このことは希少なことであり、大いに自慢できるものであると思うのだが。