東京世田谷区の小田急線東北沢駅近くにその学校はある。
松蔭学園。隣には東大駒場キャンパスが広がる。
その名にあるように吉田松陰の教育理念に基づき創立された学校であるとのこと。
幼稚園から大学院まであるようだ。
 
 
 
 
 
正門を入ったすぐのところに「高校三年生」の歌碑がある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ご存知「高校三年生」。舟木一夫が唄った永遠の青春歌謡、学園ソングである。
1963年(昭和38年)に発表された。詰襟の学生服を着て唄った舟木一夫は一躍アイドルとなった。
橋幸夫、西郷輝彦と「御三家」と呼ばれた。
作詞した丘灯至夫は松蔭学園で文化祭の取材をしたときこの詞ができたという。
「赤い夕陽が校舎を染めて 楡の木陰に弾む声・・・・」
「・・・・・僕らフォークダンスの手をとれば 甘く匂うよ黒髪が」
楽しく、清らかな高校生活を歌った詞である。
我々の学校生活の中では小、中、高とよくフォークダンスを踊ったものである。今はどうか知らないが。
この歌詞にもあるように異性の手を握った時の感覚、特に気になる子が回ってきたときのときめきはやはり何とも言えないものがあった。しかしたまに人数の関係で男同士のこともあった。特に何も感じなかった。
この曲の作曲は遠藤実。国民栄誉賞も受賞した作曲家である。後に森昌子、千昌夫などを育てた。
「星影のワルツ」「北国の春」「せんせい」などの代表作がある。どちらかといえば演歌のイメージが強い。
その中でこの「高校三年生」のメロディーは明るくリズミカルな曲調である。
その詞とこの曲が合わさって青春歌謡となり学園ソングの先駆けとなる名曲が生まれた。
その翌年1964年にはペギー葉山が大学生活を唄った「学生時代」が発売されている。
この「高校三年生」、スナックのカラオケで一人で歌うには少し恥ずかしい感じがするが、大勢で合唱するには盛り上がる曲であろう。今の高校三年生はこの歌の実感がわくだろうか。
この曲が出たとき高校三年生だった人は今80歳前後である。
この曲を歌った世代の人たちがまさに日本の高度成長を支えたのである。
ちなみに私の高校三年生当時は大学受験制度が大きく変わった時であった。共通一次試験が導入されて2回目の年であり、この前あたりから高校の行事も大学受験を優先させ、文化祭などの行事が短縮された記憶がある。クラスも進学コース別に分けられ、私は私立文科系のクラスで生徒は40名ぐらいのうち男子は8名であった。
いくつになっても高校三年生のころ、つまり18歳ごろの多感な青春時代を懐かしむものである。そしてそこには必ずといっていいくらいそれぞれ思い出の歌があるのではないだろうか。
「高校三年生」はまさにそのものズバリである。
 
 
    高校三年生
 
赤い夕日が 校舎をそめて
ニレの木陰に 弾む声
ああ 高校三年生
ぼくら 離れ離れになろうとも
クラス仲間は いつまでも
 
泣いた日もある 怨んだことも
思い出すだろ なつかしく
ああ 高校三年生
ぼくら フォークダンスの手をとれば
甘く匂うよ 黒髪が
 
残り少ない 日数を胸に
夢がはばたく 遠い空
ああ 高校三年生  
ぼくら 道はそれぞれ別れても
越えて歌おう この歌を