中学の時に、はじめて自分用のパソコンを買ってもらいました。
それが、“総天然ショック”のFM-77AV

それまでのグリーン1色からいきなり4096色
まるで原始人が、宇宙人からオーバーテクノロージーを手に入れたような衝撃!
当時は8色が主流だったので、本当に驚愕の美しさでした。

さらに、それまでテープだったものが、フロッピーディスクに変わりました。
これが驚異的な技術発達で、データの読み書きが本当に速く、
ゲームの途中でデータを読み直すという事も可能になりました。
テープでもやれなくはないのですが、
友達の家でテープ版のザナドゥをやって、その悲惨さを痛感しました(;;)

FM-77AVでも主にBASICを使ってゲームを作っていました。
前は当り判定も作れなかったのですが、この頃は色々出来るようになっていました。
当時はRPGが好きだったので、3DダンジョンのRPGやドラクエタイプのRPGを作っていました。

もちろん中学生が作るものなので大したものではないのですが
ラインでダンジョンを描画したり、キャラクターをちゃんとマスクして表示したり
結構見た目に凝ったものが作れるようになりました。

この頃のバイブルは「Oh!FM-7」という雑誌でした。
たまにしか買うことが出来ませんでしたが、買った時は穴が開くほど読んでいました。


そして、このマシンを手に入れてからパソコンゲームで遊ぶようになりました。
たぶんパソコンゲームブームだったと思います。
世間でどうだったか定かではありませんが、少なくと私のまわりでは流行ってました。
ファミコンに比べると、パソコンの方がグラフィックがずっと高精細で
RPGなどがたくさん出ていました。

ゲームのコピー屋さんにもずいぶん入り浸っていました。
当然違法コピーなのですが、当時は違法かどうかを考えた事すらありませんでした。

この当時は、小さなソフトハウスがたくさん誕生し
新しいゲームが出るのをワクワクしていました。
パソコンゲーム業界が非常に活気があった時期だと思います。

そしてそういうソフトをプレイし
触発されて似たゲームを作ろうとしていました。


<きっと続く・・・>

過去に携わったゲーム制作を思い出しながら書きとめていこうと思います。

何でこんな事思ったんですかね。
たぶん年取って(30代後半です)記憶力が悪くなってきたからでしょう。

どこまで遡って書くかというと、小学生の頃です。オイオイ

当時はマイコンブームで、
ゲームセンターあらしが漫画でマイコンの事を教えてくれる入門書が我々のバイブルでした。
本の名前は覚えていなかったのですが、ググったら「こんにちはマイコン」だと判明しました。
これを読んで、近所の電気屋さんに行き、店頭に置いてあるマイコンにBASICを打ち込んだのが
はじめて組んだプログラムでした。

そしてとうとう我が家にマイコンが来ました!
SHARPのMZ-2000というマイコンでした。
MZ-2000は、本体とモニターとテープレコーダーが一体になったマイコンで
モニターはグリーン一色で、文字しか表示できませんでした。
ついでに言うと、マシンを立ち上げる時は、付属ソフトのBASICを毎回ロードしないといけないのですが
当時はテープだったので、結構時間がかかって不便でした。
同世代のマシンは、大抵ROM起動だったので電源を入れたら即起動が普通でした。

このBASICを使って色々とゲームを作りました。
と言ってもゲームと呼べる代物ではなかったです。
文字を組み合わせたキャラクターを動かす部分は作ったのですが
攻撃の当り判定を作ることができず、敵も自分もただ表示されているだけで
あとは脳内で判定して遊んでいました。
それでも夢中になってゲームを作っていたのを覚えています。
間違いなく、これが私のゲーム制作の原点でした。

たぶん続く

プロフィールに、これまで開発に携わってきたタイトルの一覧を載せました。

こんなにオープンにしていいのかと思わなくもなかったのですが
ゲームクリエイターとしての今まで経験したことを
少しずつ書き記して公開して行こうというブログなので
私のバッグボーンを知ってもらわないと理解もしてもらいにくいと思い
赤裸々に開示していくことにしました。

何かこれで何でも書けそうな気がしてきた(≧▽≦)