みなさんもうご存知のことでしょうが
ついにDSの後継機が発表されましたね。

ニュースリリース「新携帯ゲーム機発売に関して」

次のDSは裸眼立体だったんですね。
全くの予想外でした。
任天堂はいつも、私たちの予想の斜め上をやってくれますよね。

ネットの書き込みを見ていると
アッタコレダは、裸眼立体の実験だったんだとか
アッタコレダと同じような方式では?というのを見かけます。

残念ながら、そんな話は一切なかったので
アッタコレダが同じ技術の実験だったという事はありませんヽ(;´ω`)ノ

方式に関しては、おそらく過去に携帯電話で出ていたコレ と同じだと思います。
原理とかに関してはココ を見てください。
(あくまでも個人的な予想です)

この方式を実際に見たことあるのですが
「わっスゲー!」と言う感じではなく
ジワっと立体に見える程度で、あまり立体感は強くありません。
またスイートスポット(立体に見える観測者の位置)が狭いのも問題です。

正直、裸眼立体ってどうだろ?って思います。
アッタコレダ作っといてなんですがσ(^_^;)

DSみたいに1億台売ろうってハードに適してんのかな?
人によっては立体に見えない人もいるし・・・

ま、それでもいつも「そんなんやってもダメやろ!」って言うのを大ヒットさせてくれるので
今回も期待してます(^∇^)

最後にニンテンドー3DSってネーミングもどうかと思いました。
アッタコレダを命名しといて何ですが(爆)

浪人中は、まじめに勉強していた私。
1浪して何とか某府立大学に合格しました。

これがまたふざけた話なのですが
この某府立大学は滑り止めで、ここだけ受かっても行きたくないと思っていました。
それで学部を選ぶ時に自分が一番嫌いな化学系の学科にしました。
これなら、この大学だけ受かった時に2浪を選ぶだろうと・・・

そしてこの浅はかな考えは現実のものとなりました。
2浪という現実を突きつけられた私は、結局、某府立大に入学することにしました。
こんな事なら偏差値が同じくらいの電子工学科にしておけばよかったと
返す返すも後悔したのでした(^^;

さて、兎にも角にも大学の合格した私は、合格祝いと称してパソコンを買ってもらいました。
それが、PC-9801DXです。
FM-77AV、X1Fとマイノリティ・マシンに懲りていた私は、今度こそ多数派になりたかったのです。
当時PC-9801の国内シェアは圧倒的でした。

そして大学でもパソコン部に入部しました。
大学のパソコン部ともなると、専門知識を持った人も多く、
先輩達のやっている事が刺激になったり、分からなかった部分を質問して解決できたり
今までになかった学ぶという環境が出来ました。

PC-9801DXでは、主にアセンブラを用いてプログラムを書いていました。
後にC言語も習得したのですが、フルアセンブラが主体でした。

アセンブラが使えるようになると、やれる事の幅が広がりました。
というより、大抵の事はできるようになりました。
常にハード限界をさぐるようにプログラムを組んでいたので
市販のゲームがやっているような事は、ほとんど再現できました。

この頃はアクションゲームを作る事が多かったです。
BASICしか使えなかった時は、アクションゲームを作る事は不可能でしたから
俺もアクションゲームが作れるようになったかと感慨深かったです。

そして、3年の時にパソコン部の部長に就任しました。

<つづく>

高校に入ってよりパソコンに熱が入ってきた私は、
学校に働きかけてパソコン同好会を立ち上げます。

たぶん今時は、どこの高校でもパソコン部みたいなものがあるのでしょうが
当時はまだパソコン黎明期で、うちの高校にはまだありませんでした。
それが同じ時期に複数の生徒が、パソコン部の話を先生に持ちかけて
パソコン同好会成立の動きとなりました。
そういう時代だったんだと思います。

さてパソコン同好会が立ち上がったのはいいのですが
学校から提供してもらえたのは、理科室の使用許諾だけでした。
パソコン部にはパソコンが必要です。
自分達のパソコンを持ってくるしかありませんでしたが
さすがにFM77AVを持っていくのはイヤでした。
かといってMZ-2000では役に立たないし・・・

という事で、何か手ごろな中古パソコンを日本橋(大阪)に買いに行くことにしました。

機種は、フロッピーさえ付いていれば何でもよくて
とにかく安いものという事で探しました。
それで見つけたのがX1Fでした。値段は、確か5万弱だったと思います。
これが自分のお小遣いで買ったはじめてのパソコンになります。

X1というパソコンは購入してはじめて分かったのですが、
BASICでゲームを作るには最適なマシンでした。
X1独自の機能で、PCGというものがあります。これは外字登録のようなものなのですが
カラーで登録できるので、ゲームのキャラクターや背景の表示に使え、大変便利でした。

ディスプレイは、MZ-2000のものを学校にもって行きました。
MZ-2000ってディスプレイ一体型では?って思いますよね。
確かにそうなのですが、MZ-2000は別売りのグラフィックボードとディスプレイを使うことで
グラフィックの表示が可能になるのです。
しかし、MZ-2000を売った店側がよく分かっていなかったのか、我が家では別売りのディスプレイのみを購入していました。
小学生だった私は、これにかなり悩まされました。
で、この長らく役に立たなかったディスプレイが、ようやく日の目をみたわけです。


X1Fを学校に持ち込んだ私は、来る日も来る日も放課後は部室に行きプログラムを組んでいました。
この頃は毎日が楽しくて仕方ありませんでした。
パソコンを持ち込んできたのが3人ほどで、部員はもっといたので
クラブということを考えると、うまく回して使えるように考えた方が良かったのでしょうが
そんな事は一切考慮せず、ただひたすら自分だけでプログラムしていました。

文化祭前日などは、プログラムを完成させるために学校に泊り込んで作業したこともありました。
まあ会社入ってからはよくある話ですが(^^;
高校生が自分で決めて実行したので、出来上がった時の充実感は相当なものでした。

こんな高校生だった私は、案の定浪人することになりました;;

<つづく>