第一コリント15章54節。イザヤ25:8

「死は勝利に飲まれた」とは?

これは、キリストの十字架の勝利である。
主イエスの十字架の勝利とは、人間の死を打ち破り、復活したことである。

すなわち、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着ることを主イエスは
人間の初穂として見せられた。
これぞ、復活の力である。

私たちも朽ちないものに主イエスと同じく、死者から一瞬のうちに栄光の姿によみがえり、
変えられるのである。

だから、死は恐れる対象ではなく、死を通して、復活の栄光、朽ちない者に変えられる一つの通るべき関門である。
2015.9.30   「愛について」
ヨハネの福音書21:14-17
14 イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現されたのは、すでにこれで三度目である。
15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」
16 イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」
17 イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。

今日は、愛について学ばせて頂きます。
「愛」は通常、男女の愛、親子の愛、先生と弟子の愛、神と人の愛で分けて考えることができます。
英語では「LOVE」と、中国語、日本語、韓国語も「愛」そのものを別の単語で細かく区別していません。しかし、古代ギリシア哲学においては、昔から愛を三つか四つに細かく区別しています。
つまり、男女の愛をエロス、先生と弟子の愛をフィレオ、神と人の愛をアガぺと分けています。
では、聖書における愛について考えてみましょう。
聖書は基本的にエロスについては触れていません。先ほど読みました、主イエスとペテロの会話において、主イエスは一回目、二回目のペテロへの質問に対して「アガぺの愛」で質問しています。「あなたは私を愛していますか」と。この質問に対するペテロの答えは一貫して三回の質問に対して「フィレオの愛」で答えます。主イエスも三回目の質問には「フィレオの愛」で質問しています。
勿論、日本語訳の聖書ではみな「愛」と訳されていますので、注意して読まないと気づかないところです。
このように、主イエスがペテロに「三度も」尋ねたのは、以前、ペテロが三度も主イエスのことを知らないと否定したからです。
さて、「フィレオの愛」は、神学的にはそれほど重要な意味を持っていません。フィレオは「友情」を現します。男女間のエロスの愛とフィレオの愛は人間同士の「自己愛」です。自己愛は、環境や気分、感情のときめき次第で、変質されやすく、自己愛は永遠に続きません。ですから、聖書の神様は、ヨハネやパウロの文書を通して、これらの自己愛からアガぺの神の永遠の愛をもって人格と人格との間に愛することを願っています。
ですから、隣人を愛する隣人への愛「フレシオン」、兄弟への愛「フィラデルフィア」、敵への愛、夫の妻に対する愛を「フィレオの愛」ではなく、アガぺの、キリストの十字架の愛で愛していくことを神は願っているのです。
即ち、隣人、兄弟、敵、妻、夫への愛を、神を愛するように彼らを愛していくことを神は望んでいるのです。ですから、私たちが全てに我慢し、忍耐をもって待つのは、主イエスの十字架の愛があるからなのです。確かに。(Amen)
日本語で訳されている福音書における主イエスの病人への「慈しみ」と単語も又、主が愛の目で病人を見られたと原文に載っていることが分かりました。
新約聖書におけるアガぺの愛は、主イエスの言葉の中にのみ現れています。
また、愛は業績ではありません。ガラテヤの教会に送ったパウロの手紙、5章22節における9つの「聖霊の実」のうち、最初に出るのは「愛」です。これは「アガぺ」です。自己愛や人間愛とは違います。神の愛です。ですから、聖霊を受けなければ、神への愛は生まれません。勿論、信仰も生まれません。なぜなら、神への信仰と言うのは、人間側からの意思(human intent)ではなく、神の意思(GOD`s WILL)によるからなのです。

では、ここで第一コリント13章を読んで終わりたいと思います。
13章は、結婚式場で良く使われる聖書箇所です。ここで出て来る「愛」を「主イエスの十字架の愛」に置き換えて、読むことをお勧めします。

JAS 1 Corinthians 13:1 たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、主イエスの十字架の愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。
2 また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、主イエスの十字架の愛がないなら、何の値うちもありません。
3 また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、主イエスの十字架の愛がなければ、何の役にも立ちません。
4 主イエスの十字架の愛は寛容であり、主イエスの十字架の愛は親切です。また人をねたみません。主イエスの十字架の愛は自慢せず、高慢になりません。
5 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、
6 不正を喜ばずに真理を喜びます。
7 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。
8 主イエスの十字架の愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます。
9 というのは、私たちの知っているところは一部分であり、預言することも一部分だからです。
10 完全なものが現れたら、不完全なものはすたれます。
11 私が子どもであったときには、子どもとして話し、子どもとして考え、子どもとして論じましたが、おとなになったときには、子どものことをやめました。
12 今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。
13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と主イエスの十字架の愛です。その中で一番すぐれているのは主イエスの十字架の愛です。



明日、韓国は旧お盆です。家族皆が集まります
しかし、うちの家族は、田舎の両親を除いてみなばらばらです。
なかなか五人兄弟は集まることはできません。
私もここ10年間一緒に家族とお盆を過ごした覚えはありません。
先ほど、韓国にいる母に電話しました。嘆いていたそうです。
子供が五人いても、成長したら、誰もお盆には来てくれないんだと悲しんでいました。来年のお盆は親と一緒に過ごしたいと約束しました。

親孝行ができてない私は、いつも親には申し訳なく思っています。
しかしながら、日本にいる私のために、毎朝、教会に行って、祈ってくださる母には心から感謝しています。
来年お会いする日まで、母さん、お父さん、お元気でいらっしゃい。
私も祈ってます。
昨日は、奈良公園に行ってきました。とても感動。


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2015.9.9         「ダビデに用いられた石」
第一サムエル17章 全文

① 第一サムエル17章 Audio聞く
② 漫画ダビデ 英語版 観る
③ 写真(ダビデに選ばれた石)
④ 説教: ダビデの子孫から、救い主である主イエスが生まれることになる。
ダビデは当時イスラエル人で、敵であるパレスチナを打ち破った。それは、彼の力でも、彼の知恵でもない、万軍の主のみ名によってである。

主イエスも十字架の上で、勝利をした。それは、死の力を牛耳っているサタンからの勝利である。 一見すると、救い主の負けのように見えるが、実はそうではない。それは、十字架なしでは、人間の復活はないと分かっていたからである。

そこで、主イエスは、死んでから三日目に復活なさったのである。
この復活の為に、主イエスは十字架の苦しみや人々からの侮辱に耐えたのである。
それゆえ、ダビデの勝利と主イエスの勝利は同じである。それは、人間が恐れている死の力を打ち破ったからである。
ここで、ポイントは、ダビデは敵を殺すとき、川にある石を手に取って敵の将軍ゴリヤテに向かって行き、その石を投げつけてゴリヤテを倒し、殺した。

この石に注目すべきである。
川の石は、長年、色んな試練に遭遇しながら、丸くなっていた。
ちょうど、丸くなっていた石は投げやすく、使いやすかったからである。
私たちも、川の石のように丸くならないと、神の器、神の道具として用いられることはできない。

神の道具となり、敵を打ち破るには、長年色んな苦しみや試練にあって、耐え抜いた、丸くなった石が適切であった。
私たちもこの世にあっての色んな試練と苦しみの中で、川の石のように丸くなり、いざという時に、神に用いられる神の道具となり、自分の外側の敵だけでなく、自分の内側に存在する敵、つまり、悪魔サタンに打ち勝つ私たちになろうではないか。
人間の智慧即ち理性をもって神を知ることは神の御心に適わない。
しかし、愚かに見える十字架の福音を宣べ伝える事により、
単純に信じる者たちを救うことが神の御旨に叶ったのである。


黒崎注解 第一コリント1章21節より

私見;なぜなら、創世記のアダム、人間に与えられたルハフ(霊)は、人間の智慧になり、自由意思が与えらえた。しかし、アダムへのサタンからの誘惑によって、人は神のことばを裏切り、その与えられた自由意思は破壊され、サタンの奴隷になった。
人間は、神の智慧を知ることは許されなかった。

その後、神は、人間が神を知ることを望まなかったが、
神は、最後に人間の自由意思の回復と罪からの解放の措置として、神の受肉による主イエスの十字架の死と復活を考えられた。
それ故、
十字架の福音は、滅びに到る人々には信じることができず、愚かに見えても、十字架の福音の説教を信じる者たちには救われることを神は喜ばれたのである。
2015.8.26           「反面教師」
使徒の働き8章1-25節

前回の説教の同じ個所からの違う説教をさせていただきます。
迫害、それは神の福音を述べ伝えるための神の手段とも考えられます。 主イエスの弟子たちは依然としてエルサレムにおいて、奇跡を行ない、ユダヤ人伝道に励んでいました。
いよいよ使徒の働き1章8節にあります「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、キリストの証人となる」という主イエスの言葉が成就される時が来ます。
 このように、主イエスは、弟子たちに福音を全世界に述べ伝えるように命じられます。福音とは、ギリシア語原文で、ユーアンゲリオンと言います。ユーとは、「良い」という意味で、アンゲリオンは、「知らせ」を意味します。
福音とは、神の救いに関する「良き知らせ」のことです。英語では、Gospelと言いまして、最近は神への賛美と間違って使われていますが、本来は、神の言葉の良き知らせを意味します。
この福音が全世界に伝えられるように主イエスは弟子たちに命令しました。すなわち、福音を伝えることは、「キリストの証人になること」です。 Amen
しかしながら、主の弟子たちは、以前としてエルサレムに留まり続けました。そこで、彼らをエルサレムから全世界に追い出す手段として、神はキリスト者への迫害を赦されるのです。それが、使徒8章1節です。「サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者は皆、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。」とあります。
 カイザリヤ出身のピリポという男がいました。彼は、1万人の信徒たちから推薦された7人の一人のキリストの伝道者です。彼には預言する4人の未婚の娘がいたと使徒21章9節には記しています。ピリポはエルサレムの中で迫害が起きた時、選ばれた伝道者として、隣国のサマリヤ及び、自分の故郷の町カイザリヤに接する西ユダヤに神の福音を伝えていました。
念のためですが、ピリポという人物は主イエスの12使徒の一人とは区別しています。使徒の働き8章のピリポはステパノと同じ執事としての説教者です。そして、彼がなぜ1万人の弟子たちから選ばれたのかは、あくまで私の推測なんですが、彼には使徒21章にもありますように、御言葉に満たされている4人の娘がいたこと、そして、霊においても、知性において、神の言葉を伝えるにふさわしい人物であったので、その1万人の中から選ばれたのではないかと考えられます。
 さて、エルサレムに迫害が起きた時、ピリポはサマリヤに逃げます。使徒8章6-7節です。「サマリヤの群衆はピリポの話を聞き、その行なっていたしるしを見て、みなそろって、彼の語ることに耳を傾けた。 汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、多くの中風の者や足のなえた者は治ったからである」とあります。主なる神はピリポにしるしと奇跡を行なうことを許されたのです。
この奇跡は、特にその町で有名になっていた魔術師シモンの偽りの奇跡を打ち破るのに必要でありました。しかし、ピリポは自分を通してしるしと素晴らしい奇跡が行なわれていても、サマリヤ人たちの内面における聖霊の洗礼を受けさせるほどの特別な賜物は主なる神から許されなかったようです。このため、主イエスの12弟子の中の二人、ペテロとヨハネがエルサレムからサマリヤに派遣されます。使徒8:14-17節参照。
 ここで、「聖霊を受けること」とは、目に見える奇跡とは異なります。人間の内側が神の霊に満たされることです。内面の変化です。人間の知性で神を理解して受け入れるとは異なります。
これは多分、使徒2章にあります五旬節の日に起きた出来事のような、或いは、使徒10章44-47節のローマの百人隊長コルネリオに与えられた異言の賜物が聖霊を受けているその証拠であると考えられますが、聖霊が何らかの形でサマリヤ人たちに現れて、それが、魔術師シモンには、天からのわざに違いないと確信させたことです。そして、シモンは、使徒8章19節でお金をもって来て、「この権威を私にもください」とペテロに言っていたのです。
 聖霊による賜物は金で買うことはできません。信仰もお金で買うことはできません。
ペテロの特別な力をお金で買おうとしていた魔術師シモンは腹黒い考えがありました。
ペテロに怒られた魔術師シモンは、答えて言いました。「あなたがたの言われたことが何も私に起こらないように、私の為に主に祈ってください」(24節)。 彼は、神の審判を恐れました。彼はピリポによるしるしと奇跡を見て自分の意思で、水による洗礼を受けました。しかし、聖霊による洗礼はまだ受けていませんでした。その理由なのか、シモンは未だ自己の罪を悟らず、これを悔い改めることをしなかったのです。
ある注解書では、魔術師シモンの行動を利己主義、自己中心主義であると言っています。
 これは、出エジプト記8章28節のモーセとエジプト王ファラオとの会話でも知ることができます。「ファラオは言った。『私は、お前たちを行かせよう。お前たちは荒野でお前たちの神、主にいけにえをささげるがよい。ただ、決して遠くへ行ってはならない。私の為に祈ってくれ』。また、出エジプト記9章28節「主に祈ってくれ。神の雷と雹(ひょう)は、もうたくさんだ。私はお前たちを行かせよう。おまえたちはもう、とどまってはならない」。また、ルカ16章28節、金持ちとこじきラザロの比喩で、ハデスで苦しんでいた金持ちは言います。「わたしには兄弟が五人ありますが、彼らまでこんな苦しみの場所に来ることのないように、良く言い聞かせてください」と。
 これらの話に共通していることは、彼らは神の審判を恐れながらも、自ら悔い改めることをしなかったことです。
 
結論です。1、迫害は私たちには起こり欲しくない最悪のことです。しかし、その迫害によって神の言葉は広まりました。そこに、神の計画が潜んでいるかもしれないことです。
2、聖霊の特別な賜物はお金で買えるものではありません。頭がいいから神存在がわかるものでもありません。又、私たちの頑張りや功績によって神の祝福が来るわけでもありません。
神の賜物は、天地が造られる前から神に選ばれた人に来ます。その人が無学であろうが、障がいを持っていようが神様にとっては、なんの関係もありません。神への信仰は、神の賜物であり、奇跡です。
3、使徒8章22節で、ペテロは魔術師シモンの腹黒い考えから、悔い改めて主に祈りなさいと言いました。
しかし彼はペテロに、天罰が起こらないように私の為に主に祈ってくださいと答えました。エジプトの王ファラオもモーセに同じく答えました。しかしながら、利己主義からの自分の欲を捨てることはできませんでした。
魔術師シモンは、伝道者ピリポによって「バプテスマを受けました」。しかし、魔術師シモンは、以前として、自己中心主義の欲望に駆られていました。つまり、内面的改革までには及んでいませんでした。
「悔い改め」とは、単なる罪の赦しを目的とするのではなく、自我の欲を捨てて神に喜ばれる者になることを意味します。
私たちは水による洗礼に留まってはいけません。何度も繰り返しますが、聖霊による洗礼を受けて内側の改革をしなければなりません。

                            お祈りいたします。

 

 
2015.8.19         「魔術師シモン」
使徒8:1-24
ステパノとピリポは、一万人以上のキリスト者たちの中から選ばれた伝道者です。
一万人と言う数字はどこからわかるかと言いますと、使徒2章41節「そこで、ペテロの言葉を受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日は、三千人ほどが弟子に加えられた」そして、使徒4章4節「しかし、みことばを聞いた人々が大勢信じ、男の数が五千人ほどになった」。ここからその数字がわかります、エルサレムでペテロとヨハネの説教によってキリスト者になった男の数だけで、ざっくり8千人であったならば、女性と子供を含めますと、何と2万人は軽く超える数字です。その2万人の中から、選ばれたのが、ステパノとピリポです。
その証拠は、使徒6章1-6節です。『そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。
2 そこで、十二使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。
3 そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。
4 そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」
5 この提案は全員の承認するところとなり、彼らは、信仰と聖霊とに満ちた人ステパノ、およびピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、アンテオケの改宗者ニコラオを選び、
6 この人たちを使徒たちの前に立たせた。そこで使徒たちは祈って、手を彼らの上に置いた。』
 使徒8:1節に戻ります。「サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた」とあります。「サウロ」という名前は、本来、ユダヤ人の最初の王様の名で、ユダヤ人としての名前です。当時、ユダヤ、イスラエルはローマの植民地でした。サウロが使徒13章9節で、別名「パウロ」として表しているのは、使徒の働きの著者である「ルカ」のユダヤ人としてのサウロではない、ローマ人としてのパウロとして、キリストをローマにまで伝えることになるんだという意図が含まれていたのかもしれません。その名前はともかく、若い青年サウロは、1万人、或いは2万人以上のキリスト者たちから選ばれた7人の伝道師の一人であったステパノを殺すことに賛成しました。
この時は、まだサウロが主イエスに出会う前の出来事です。
 サウロを中心として、エルサレムの教会には激しい迫害が起こりました。そして、その迫害によって、12使徒の他はみな、ユダヤとサマリヤのあらゆる地域に散らされ、逃げて行きます。しかし、散らされた人たちは、イスラエルではない他の地域で主イエスがキリスト、救い主であることを述べながら、めぐり歩きました。2万人から選ばれた7人のうちの一人ステパノはエルサレムで石打ちで殺されましたが、もう一人ピリポの活動に使徒の働き8章では、焦点を合わせています。繰り返して言いますが、「ピリポ」は、キリストから直接選ばれた12使徒ではありません。12使徒から按手を受けて、1万人の弟子から送り出された伝道師の一人です。
ですから、彼には、イエス・キリストの御名で信じた人々に、洗礼を授けることはできても、聖霊のバプテスマを授けることはできませんでした。
 ピリポはエルサレムの迫害から逃れて、ユダヤ人に差別されていたサマリヤの町に下って行きます。そこで、キリストを宣べ伝えます。
使徒8章6-7節です。「サマリヤの群衆はピリポの話を聞き、その行っていたしるしを見て、みなそろって、ピリポの語ることに耳を傾けた。汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、多くの中風の者や足のなえた者は直ったからである」とあります。ここで、多くの中風の人や足のなえた者は直ったとありますが、ギリシア原文ἐθεραπεύθησαν (Act 8:7 BGT)は、今の日本語で「セラピー」の元になった単語です。ですから、聖書の「直った」の訳は、「治った」と漢字をなおした方がいいと思います。つまり、「直った」は、ゆがみなどがもとに戻る意味で、「治った」は、病がなおる意味だからです。
 さて、ピリポの伝道と行っていたしるしと奇跡で、サマリヤの町には、大きな喜びと神への賛美と主イエス・キリストを受け入れる信仰告白が洗礼とともに起こりました。まるでリバイバル集会みたいな感じでしょうか。
勿論、サマリヤ人にも聖書のみことばを成就する救い主を待っていたのです。それが病んでいる人たちが癒されるしるしとともに現実になるとは、彼らにとっては、大きな喜びだったと思います。だって、有りえないことが、不可能なことがピリポの説教によって、信仰が与えられ、可能になりましたから。
 ところが、この町にシモンという人がいました。シモンと言う名前は、そこら中にある名前で、シモン・ペテロとは違う、別の人物で、彼は魔術を行なって、サマリヤの人々を驚かし、自分は偉いと自己自賛していた人です。
というのは、彼の魔術によって、子供から大人まで、優れた能力を持っている、神の力を持っている人だと言われていたからです。
魔術師シモンは、自分の努力や魔術の学問、知識で他人から偉いとされたかもしれませんが、ピリポの説教と病人たちの病の癒しと奇跡には、彼の名刺を出すこともできませんでした。
なぜなら、ピリポによる説教には、神の力があったからです。それは、救い主が十字架に死なれ、復活したこと、聖書の預言が主イエスによって成就されたことへの喜びが彼の説教に含まれ、それを聞いていた人たちが次から次へと立ち上がり、癒されていたからです。即ち、人間による一時的な魔術は神の力に勝るものではありませんでした。
 そこで、魔術を行なっていたシモン自身も主イエスを信じて、洗礼を受けます。彼は、いつも不思議なしるしと奇跡を起こすピリポについていました。何かを得たいと思っていたのかもしれません。
さて、エルサレムの人たちは、サマリヤの人々がピリポの伝道によって神の言葉を受け入れ、主イエスを信じたと聞いて、12使徒の中の二人、ペテロとヨハネをサマリヤに遣わします。
二人は、サマリヤに下ってきて、人々が聖霊を受けるように祈りました。ペテロとヨハネが先に祈ったように、ここでのポイントは行動が先ではなく、祈ることが先です。
サマリヤの人々は、主イエスの名によってバプテスマを受けただけで、聖霊がまだ誰にも下っていませんでした。 エルサレムの人たちが使徒二人をサマリヤに送り出した理由も、聖霊による洗礼が必要だったのではないかと思われます。サマリヤ人たちに必要なのは、ピリポによる伝道と奇跡、更に聖霊による洗礼だったのです。
エルサレムから来たペテロとヨハネは、主イエスのみ名によって、洗礼を授かった彼らの上に手を置きました。すると彼らは聖霊を受けました。
ここで、聖霊が下るとは、神からの積極的な意志です。しかし、聖霊を受けるとは、人からの積極的な意志です。日本語の辞書で、「受ける」とは、色んな意味を持っていますが、ここで聖霊を受けるとは、「来るものを取って支える」ことを意味します。 サマリヤの人たちはペテロとヨハネの按手を受けた時、聖霊を受け取って支えました。 主イエスを信じる信仰はいわゆる聖霊によると言われています。この聖霊を受けて信仰に入ったならば、その聖霊を受け取って支え続けることで、信仰は保たれると思います。これは、一時的な出来事ではありません。
今現在、支え続けているかどうかによって、私たちの信仰の有無が問われるのではないと思います。
さて、使徒たちが手を置くと聖霊が与えられるのを見た魔術師シモンは、ペテロとヨハネのところに金をもって来て、こう言います。「私が手を置いた者がだれでも聖霊を受けられるように、この権威を私にもください」と。
さきほど、シモンは、ピリポから洗礼を受けて、いつも彼についていたと言いました。やはり、魔術師シモンの目的は、ピリポの目に見える不思議なしるしと奇跡に興味を持っただけで、救い主イエスによる十字架の愛と死と復活には最初から関心がなかったかもしれません。
そこで、ペテロは魔術師シモンに向かって言います。「あなたの金は、あなたとともに滅びるがよい。あなたは金で神の賜物を手に入れようと思っているからです。」と。
ここで一緒に考えたいと思います。 主イエスを信じる信仰は、神の賜物です。そして、聖霊を受けることも神の賜物です。私たちは、これらを自分の努力やお金で買うことはできません。
シモンがペテロに怒られたのは、彼の心が神の前に正しくないからだと聖書は伝えています。即ち、神の賜物である聖霊を受けられる人は神の前で正しい人が聖霊を受けることができると言っています。では、正しいとは、どういうことでしょうか。それは、神の前に素直に自分の罪を告白し、自分の弱さをさらけ出すことです。 ペテロはその後、シモンに言いました。使徒8章22節です。「だから、この悪事を悔い改めて、主に祈りなさい。あるいは、心に抱いた思いが赦されるかもしれません。」ここで、主に祈りなさいとは、自分の腹黒い思い、その罪を告白しなさいという意味です。 その後シモンは、答えます「あなた方の言われたことが何も私に起こらないように、私の為に主に祈ってください。」彼の答えは、悔い改めではありません。ペテロの厳しい言葉に恐れを感じたのでしょうか。自分の為に祈ってくださいと言います。魔術師シモンは主イエスの名によって、洗礼を受けました。しかし、形だけのクリスチャンになっただけで、彼は悔い改めることなく、聖霊を受ける賜物でさえも、自分の商売に役に立てようとしたのです。そのために教会に所属されて、仲間になりたいと思っていたのです。   終。

中国語の聖書を書き写す前に、丁寧に日本語と英語の聖書を読んでいます。
知らない英語の単語は、辞書を引きながら、意味をくみ取っています。それでも、内容がわからない時には、新約ギリシア原文や注解書を参考にしています。
改めて感じることですが、どんなに素晴らしい説教や注解書を読んだとしても、他人が研究したことは、私のものには50%しか実にならないことです。
やはり、自分で試行錯誤しながら、丁寧に時間をかけて、聖書の研究に取り込むことの大切さ。そして、文字一つでもいい加減に読み飛ばさないことが大切だと感じています。岩崎先生の神学校での説教演習が思い出します。

聖書の使徒の働きを中国語で書き写しながら、先人たちの福音への情熱と真剣さが生々しく伝わってきて、何度もペンを置いてしまいます。

去年、改革派神学校を卒業する前に、卒論を書いたことがあります。
その時、感じましたのは、やはり自分で研究することの大切さでした。それが結果的に自分の実になったのです。
どんなに素晴らしい神学書物を読んでも100%その内容が伝わることはできません。やはり自分で試行錯誤しながら、かつ今まで学んだ神学を思い出しながら、指導教官の下でまとめた論文には勝るものはないと思います。(内容は別として)
当時、論文を書くのは大変でしたが、今になっては、すべてが聖書を丁寧に取り組むことへの訓練につながっていると思います。本当に感謝しています。

語学の賜物を与えてくださった神に感謝しつつ。アーメン(確かに)
2015.8.5      「主イエスとペテロの働きの類似性」
使徒9:31-43
ペテロは、使徒の働き2章にもありますように、聖霊に満たされて、ユダヤ人が住んでいる所なら、あらゆる所を巡回して、主イエスのことを伝えていました。まだ、異邦人には主イエスのことを伝えてはいませんでした。
そのキリストの福音をペテロが町々に伝えている中、使徒2章41節ではペテロの話によって三千人ほどがキリスト者に加えられ、使徒4章4節には、ペテロの説教を聞いた人々が大勢主イエスを信じることになり、男の数だけでも5千人ほどであったと聖書は伝えています。
そして、さらに驚くべきことは、ペテロは、イスラエルの律法学者とは違って無学な普通の人であったと使徒4章13節では伝えています。
そのペテロがイスラエルの近くのルダと言う町に住んでいる信徒たちのところへ下って行った時のことです。彼はそこで、八年の間、寝たきりになっているアイネヤという人に出会います。アイネヤは、手足がマヒされている状態だったので、寝たきりの床(とこ)に着いていました。 その彼にペテロは言います。「アイネヤ、救い主なる主イエスがあなたを癒してくださるのです。立ち上がりなさい。そして、自分で床を整えなさい」。 すると彼は直ちに立ち上がりました。 この場面は、マルコ2章3節からのカペナウムという町での出来事として、一人の中風の人、即ち寝たきりになっていた人が4人の人に担がれて、主イエスの御もとに連れてきて、癒される場面と重なる気がします。
この出来事はペテロのしゅうとめの家での出来事です。 ルダの町に住んでいた「アイネヤ」にとっては、もちろん、主イエスの奇跡の話や十字架のことも聞いていたに違いありません。それは、ペテロがアイネヤにかける言葉、つまり「救い主なる主イエスがあなたをいやしてくださるのです」と伝えるからです。ここで、もしアイネヤがイエス・キリストのことを知らなかったなら、ペテロは、寝たきりのアイネヤにもっと丁寧に説明して、癒しの祈りをしていたのかも知れません。そこで、いきなり寝たきりのアイネヤが立ち上がるのを見た人々は皆、主イエスを信じるようになったと聖書は伝えています。
8年間も寝たきりになった状態だと、彼は自分で食事もトイレもできなかったと思います。しかも、お風呂も毎回入れてくれる人が隣にいたとは、聖書には記述していません。と言いますと、アイネヤの体からは、異臭がしていたかもしれません。そんな彼に主からの癒しがあって、立ち上がれる喜びはどれほどのものであったか想像がつきません。
さて、使徒9章35節「主に立ち返った」とあります。その意味は、主イエスを信じたのと同じ意味になります。その次の36節です。ペテロがいたルダの町の近くにヨッパという町がありました。そこに、ヘブライ語でタビタ、ギリシア語に訳しましたら、ドルカスという女の弟子がいました。ここで、弟子とは、主イエスを信じて、洗礼を受けている女の信徒のことです。そして、彼女はまだ結婚はしていません。
この女の弟子ドルカスは、動物の名のガゼルを意味します。(写真を見せる)
ドルカスは、町の人々に特にやもめたちに多くの善い業と施しをしていました。
まるで、マザーテレサ―のような人だったのかもしれません。
ところが、彼女は病気になって死に、人々はその遺体を洗って、屋上の間に置きました。
ここで、遺体を洗ったとは、今でいうと、お葬式まで亡骸の異臭がしないように体を塩で洗い、すべての穴を塞ぐ行為ではないかと考えられます。韓国では未だに葬式前にこれをやっています。
そこで、男のクリスチャンたちは、ルダに留まっているペテロに、「すぐに来てください」と頼みます。ペテロは話を聞いて、すぐにヨッパに着きまして、ドルカスと言う女のクリスチャンの亡骸が置かれている屋上に案内されます。
 そこには、ドルカスの死を悲しむやもめたちが泣いていました。そして、彼女たちはペテロのそばに来て、ドルカスが一緒にいた頃、彼女がやもめたちの為に作ってくれた服の数々をペテロに悲しみながら、見せてくれました。
 女のクリスチャンであるドルカスは、生涯貧しいやもめたち、つまり未亡人たちの為に、服を作ってあげたり、色んな手伝いをしながら主イエスを伝える優しい女性だったのです。
そこで、ペテロは悲しんでいる未亡人たちや男のクリスチャンたちを外に出して、ひざまずいて主に祈ります。ここで、注目すべきことはペテロの行動です。
ペテロが祈った時は、遺体の方に向かって祈ったのではありません。その反対側の神様に向かって祈っていました。そして、彼は、その遺体の方を向いて、「タビタ。起きなさい」と言うのです。
すると、死んだドルカス(タビタ)は、目を開け、ペテロを見て、起き上がりました。
神の霊である聖霊は、ペテロと共におられ、ドルカスはその力によって甦ったのです。
ここで、マルコ5章4節を見てみたいと思います。「そして、その子供の手を取って、『タリタ、クミ』と主イエスは言われました。(訳して言えば、『少女よ。あなたに言う。起きなさい。』という意味である)。これは主イエスのヘブライ語の言葉です。ペテロが死んだドルカスを呼びかけるとき、「タビタ。クミ」タビタは、大きくなった女性のことで、タリタは、小さな女の子を呼ぶ時のヘブライ語の表現ではないかと考えられます。「クミ」とは、ヘブライ語の「女性、命令形」です。ここで、注目すべきことは、先ほどの手足の動けない寝たきりの中風の人が癒された奇跡は、マルコ2章3節の主イエスの奇跡と使徒9章のペテロの奇跡が類似性をもっていることです。そして、今回のマルコ5章4節の主イエスによる「タリタ・クミ」の復活の出来事と、使徒の働き9章のペテロによる「タビタ・クミ」の復活の出来事は非常に類似性をもっています。これは単なる偶然ではありません。
これは、主イエスの力と権能が、主イエスの復活と昇天によって、ペテロに聖霊によって注がれ、そのまま神の力が受け継がれたことを意味します。ペテロとパウロの使徒の働きの数々の奇跡は決して彼らの力ではありませんでした。聖霊による奇跡です。
これらのことを私たちはわかっていながらも、未だに奇跡を起こしたその人、あの人をすごい人としてアイドル化する危険性があります。    では、お祈りいたします。