お送りいただいた作品を拝見いたしました。
このたびFさんの描かれた物語は、わが編集部で出版化の方向で検討しているところでございます。
よろしければ一度、作品と出版化の運びについてお話をさせていただけたらと考えております。
編集部から突然、電話が来た。
ついこの前のことだ。ふとした時に、そんな話となっていった。
これでいい、と思って私が書き上げた作品だった。
なにはともあれそれは、その時点にとって自分にとってそれでいい、それしかない、作品だった。
そしてそれは少なからず、私にとって自信をもって人に読んでもらえるものでもあった。
私は新宿のカフェへと向かった。
そこで私は、女編集者と面と向かって顔をあわせていった。
どうも、このたびはお忙しいところありがとうございます。B藝春秋編集部のMと申します。
あぁ、どうも、Fです。
私も挨拶をした。
それではさっそく、作品についての経緯についてお話していただきたく思っております。よろしくお願いします。
えぇと、なんていうのでしょう。小説はずっと書いてきたんですけれども。今になってやっと人に読まれるに耐えられるものを書けた、っていう実感はあります。とにかく文学作品として、孤独な人に読まれるに値する作品に仕上げていけたらと思っています。
そう私は言った。
なにから話したらいいのか分からなかったが、漠然とM氏へと私は口を開いていった。
それから数ヶ月のあいだに、なんどかM氏と私はカフェで会談をした。
作品について、受賞について、そして出版へと向けた準備について。
仕上げの最終段階へと入っていく。
作品をできるところまで推敲し、構成し、そして校正していった。
本の装丁や、文字やレイアウトについても話し合っていった。
なにはともあれ、文学雑誌へと載せるための準備だった。
私の作品が、とうとう掲載されることになっていった。
M子とはさまざまな話をした。
小説のこと、本のこと、出版のこと。
さらには業界のこと。作家のこと。などなど。
M氏は私の描いた作品に対してとても好意的な評価をもってくれているようだった。
それは私にとってほんとに、ありがたいことだった。
どんな小説を描きたかったのか。それについて私が言葉をひねり出して説明するまでもなく、彼女は作品を読むことを通じて、その意義というか興味深い点をさまざまに汲み取ってくれていた。
一ヵ月後、私の作品の載った雑誌が発売された。
新人賞として、私は写真を撮ってもらい、さらには授賞式も行くこととなった。
その前に私は、伊勢丹でそれなりの服を買う。それなり、といってもただのファッションだ。フォーマルともいえない、けれども格安でもない、なんとなく描く人、みたいな格好をするために。
そして写真を撮った。インタビューに応じた。コメントを、書いた。
そのあいだのことはすべてM子がサポートしてくれた。
女編集者M子を通じて、私は書き続けていくきっかけを持ち続けていった。
それからというものの、私は作品を描いていた。
書きたいものを書きたいように、描いていった。
さまざまな作品の提案をした。
私は自分の仕事を続けながら、小説、みたいなものを書き続けていった。
はじめての作品の反響は、意外にも好意的なものが多かった。
もちろん、それは確信的なものではあったけれども。
なんといってもそれは、世間に挑戦するような作品ではなかった。
時代性といったものでもなかった。
別に、なにか特別なことがあったのかといえば、どうだったのだろう。
とにかくただ、読みやすく、分かりやすく、しただけのことだった。
とにかく良かった。
私は自分の感想をM子へと言った。
女編集者も満足気な表情をみせてくれた。
とにかくやり遂げることができた。さぁ、スタートはこれからだ。
そういうわけでもあったけれども。
なんだかんだで私は、書き続けていった。
はじめて書いた作品は、雑誌に載り、本となり、そして電子媒体としてケータイなどでも配信されていった。
編集者と何度かカフェで話しながら、以前に知り合った女作家Y氏を紹介してもらう機会ももった。
女作家Y氏とはずっと前に、会ったことがあった。
その時にはすでに彼女は有名で、私はただの無名な書き手にしかすぎなかったけれども。
こんどゆっくりと話がしたい。
そう私が言うとY氏は、その時に快く承諾してくれた。
それから何年か経って、その約束の言葉が、現実のこととなっていった。
不思議なものだった。