今日は2018年3月11日。

東日本大震災から7年。

 

長いようで短い時間。

大震災というだけでも大変な事なのに、原発事故という、これまたとんでもない事故が重なり、この東日本大震災は本当に複雑であり、世界的に見てもとんでもない災難が続いていることを自覚する事が大事と、7年目の今、強く感じます。

 

今、仙台に来ています。

あの震災の年に、導かれるように訪れた山元町。その周囲の凄まじい情景に言葉を失った事を思い出します。その山元町の中心地に当たる山下駅周囲は昨年電車も開通し、復興が形となっていることは、いろんな状況がある中でも、とても喜ばしいことです。

 

その山下駅からすぐのところに本日、カフェや直売所が入った新しい施設”結工房”がオープンします。地元のイチゴ農園の方と我々がよく知るNPO高麗との共同での開設です。オープンに至るまで、様々な困難を乗り越え、7年目の今日、いよいよ実現の時を迎えます。この”結工房”への思いはひとつ、”復興”から”発展”へ。その象徴としての”結工房”です。

 

聞くところによると、震災においては人と人との”絆”が象徴的に語られていましたが、山元町の地元では”絆”ではなくその事を”結(ゆい)”と表現するそうです。とても良い言葉ですね。今日はこれからその”結工房”に行ってきます。

 

地元の新聞、河北新報にも取り上げられたようです。その記事を以下転載します。

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<震災7年>イチゴで結ぶ客との絆 山元町の新市街地に初のカフェ

11日にオープンする「結工房」

拡大写真

 山元町の新市街地「つばめの杜」に11日、カフェや直売所などが入った複合施設「結(ゆい)工房」がオープンする。町の農業生産法人「山元いちご農園」と、東日本大震災の被災地で支援活動を続けている東京都のNPO法人「高麗(こうま)」が共同で開設する。JR常磐線山下駅前にあり、イチゴ狩りなどで訪れた観光客らの利用を見込む。

 木造平屋で延べ床面積約300平方メートル。つばめの杜地区で初となるカフェは約40席で、町産のイチゴやリンゴ、イチジクなどを使ったグルテンフリーのスイーツを提供する。コーヒーは、エチオピア産の野生の豆を使用し、店で焙煎(ばいせん)する。直売所では農園のイチゴやイチゴの加工品などを販売する。
 NPOの高麗恵子代表は「町での活動を通して感じた住民同士の絆を店の名に込めた」と話す。農園の岩佐隆社長は「イチゴ狩りで訪れた人にゆっくりと過ごせる場所を提供し、町での滞在時間を延ばしてもらいたい」とPRする。
 営業時間午前10時~午後5時(11日は午前11時営業開始)。火曜定休。連絡先は結工房0223(35)7430。

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2017年3月11日。

東日本大震災から6年。

 

今日は14時46分に黙祷を捧げました。

 

様々なことが震災により起きました。

今でもそれは続いてる。

そのことを忘れてはいけない。

 

自分に何ができるわけでもない。

しかし一貫して共に在ることだけは伝えていきたい。

 

そして現実を知ること。

そのことには躊躇なく向き合う。

 

そして何よりも解決しなくてはいけない原発のこと。

原発関連の本は何冊か読んではきました。

最近、元全共闘の委員長で物理学者の山本義隆氏の「福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと」を読みました。2011年8月には発刊されているこの本のこと、恥ずかしながら知りませんでした。今まで読んだ原発関連の本の中で、最もわかりやすく、筋が通り、その歴史的背景もまでも理解出来る良書でした。

 

さすがは元全共闘の委員長だけあって、体制に迎合することなく、はっきりと事実を示し、意見を述べられています。そしてなぜ、反原発なのかも理路整然としています。自然界には自然に存在しえない物質を作りだしてしまっていること、そして必ず核廃棄物のゴミを生み出し、それは必ず子孫に影響を及ぼすということ。そして原爆開発の端緒となったマンハッタン計画からの流れと政治的思惑、科学技術の思想的背景までもが考察されており、すべてにおいて納得せざるをえない論理展開でした。

 

この歴史的流れを理解した上で、これからどうしていくのか、常に自分に突きつけられる問題です。東日本大震災を契機に日本という国について、東北の歴史をも視野に入れた上で、考えることはとても大事なことです。国家権力とは、科学技術とは。そして軍事からの平和利用という、「平和利用」という何とも良さげな言葉の影に隠れて進められてきたことがあるということ。

 

言葉に敏感になることは何よりも重要です。特に忘れてはいけないのは国を動かしている立場の人と国民ではその言葉の重みが違うということです。

 

この山本さんの本が目指しているのは自律してモノを考えられる国民になるということです。そのためにはやはり学ばなくてはいけない事があるということです。そのことをより自覚し、必要な知識は正しく学ぶことを教えられました。

 

6年目の今日からまた新たなスタートです(弟玄)。

 

2月11日です。
東日本大震災が起きてから5年と11ヶ月。
来月で何と6年。
時の流れの早さと反比例するかのような現実。
忘却してはいけない現実を受け止めて。
 
今日、2月11日は建国記念日。
この日は日本の初代天皇とされる神武天皇が即位した日とされる。
建国。
国を建てること。国の始まり。
日本という国が建国された時、どういう建国の精神があったのでしょうか。
古代の国家観は今も継承されているのでしょうか。
 
管理・支配型の建国が現代的な建国とするならば、思いやり型の建国が古代にはあったのではないか。これを男性型建国と対照的に女性型建国と表現してみたい。女性の働きの社会化が実現されていたのではないかと思える古代の国家。日本のジェンダーの源流には巫女と審神者(男)の関係があるとされる。神懸かる巫女の表現からその真意を掴み理解する審神者。その関係性は現代の男女においても、本質的には求められていることともいえる。理解できない審神者が管理・支配することで自分の体裁を保ち始めておかしくなったのが現代の国家か。
 
どちらにしても、今、世界中の行き詰まりは管理・支配型の国家観ではないのか。今一度、古代の国家観を思い起こすと共に、真の審神者たる存在が今こそ必要であることは言うまでもなく。
 
歴史あるこの国の本当に深い歴史をよく理解し直し、新たな建国について、本当に考える時が来ている今の時ではないか。建国記念日だからこそ、考えたい建国についてです。