昨日の玄音ワークショップで少しお話しした関数の話。
自分でも再確認のために、再度調べました。
これは量子力学者のデビッド・ボームがexplicit,implicitという言葉の対比で表現しようとした内容が数学で言う陽関数、陰関数の対比に近いことの説明から引用しました。
「陽関数とはy=f(x)のように、ある変数yを他の変数の式で定義するかたちの関数である。つまり、変数どうしが、一方は定義するもの、他方は定義されるものとして、互いに独立自存していると表現しうるのが陽関数である。それゆえ陽関数においては、変数がまず独立した存在として認められ、関数はそれらの変数間の関係として二次的に導かれる。」
「陰関数とは、x³ +xy+y³ =0のように、変数間の関係のみが呈示される関数のことである。これらの関数では、変数を互いに独立自存するものとして立て、それらを定義するようなかたちで関数を表現することはあまり意味がない(必要以上に難解な式になる場合がほとんである)。しかし、それでも(x,y)の値をすべてグラフ上に取ってゆけば、その式が全体として何を表すかはきわめて明らかになる。」
「つまり、定義というかたちで明らかにすることはできないが、全体の事例を列挙する中で初めてその姿を現すようなもの、換言すれば部分的な個としては明らかにならぬが、全体に言及してはじめて明瞭な姿を現すもののこと」(『全体性と内蔵秩序』より抜粋)。
目の前の個別化したモノの見方になれてしまっている認識のパターンでは現実の一面を認識しているに過ぎず、全体を見ることによってより認識できない現実があるということを、数学の事例が現しています。
昨日のテーマは正に”今ここ”の現実理解のこと。そして今日ここに、集いしな人達。きょう、ここに集いしな人達へ。昨日は参加くださり、ありがとうございました。次回は12月26日を予定しております。
自分でも再確認のために、再度調べました。
これは量子力学者のデビッド・ボームがexplicit,implicitという言葉の対比で表現しようとした内容が数学で言う陽関数、陰関数の対比に近いことの説明から引用しました。
「陽関数とはy=f(x)のように、ある変数yを他の変数の式で定義するかたちの関数である。つまり、変数どうしが、一方は定義するもの、他方は定義されるものとして、互いに独立自存していると表現しうるのが陽関数である。それゆえ陽関数においては、変数がまず独立した存在として認められ、関数はそれらの変数間の関係として二次的に導かれる。」
「陰関数とは、x³ +xy+y³ =0のように、変数間の関係のみが呈示される関数のことである。これらの関数では、変数を互いに独立自存するものとして立て、それらを定義するようなかたちで関数を表現することはあまり意味がない(必要以上に難解な式になる場合がほとんである)。しかし、それでも(x,y)の値をすべてグラフ上に取ってゆけば、その式が全体として何を表すかはきわめて明らかになる。」
「つまり、定義というかたちで明らかにすることはできないが、全体の事例を列挙する中で初めてその姿を現すようなもの、換言すれば部分的な個としては明らかにならぬが、全体に言及してはじめて明瞭な姿を現すもののこと」(『全体性と内蔵秩序』より抜粋)。
目の前の個別化したモノの見方になれてしまっている認識のパターンでは現実の一面を認識しているに過ぎず、全体を見ることによってより認識できない現実があるということを、数学の事例が現しています。
昨日のテーマは正に”今ここ”の現実理解のこと。そして今日ここに、集いしな人達。きょう、ここに集いしな人達へ。昨日は参加くださり、ありがとうございました。次回は12月26日を予定しております。

