今日は5月11日。
東日本大震災から5年2ヶ月経ちます。
熊本地震から約1ヶ月。
日本はどこで地震が起きてもおかしくない変動の時期に入っており、生命感覚研ぎ澄まして、どのような状況に遭遇しても困難を乗り越えていく力、感性が必要となってきました。
「4分33秒」。
ジョン・ケージの有名な無音の音楽。
なぜこの音楽ができたのか、諸説あります。その中のひとつに、ある大学の研究室に全くの無音空間にできる施設があり、そこで無音経験をしたといいます。全くの無音にいるはずなのに、ケージはある高音と低音を聞いたといいます。研究者によるとその高音は自分自身の体内の神経系統が働いている音。低音は血液の流れる音といいます。
つまり、人間は生きている限り、音のない世界に存在することはないということ。音楽をきくとは、何も演奏者が奏でる音をきくだけによらず、自分の体の中の音も常に同時に聞いてることになるということ。だからこの「4分33秒」は自分の音、自分自身の体が発する音を聞くという音楽なのだということです。
この「4分33秒」という時間。秒数にすると273秒。あらゆる物質が動きを止めるという絶対零度が-273度。”動き”と”止まる”の絶対的境界。この時間はたまたまという説もあり、想像は膨らみます。
どちらにしても、この「4分33秒」の音楽の経験は外から受け取ると思われた音楽が実は自分も音を奏でているという、場に主体的に参加しているという自覚を促すことにもあると自分は考えます。主客同一であることの自覚、対象化を否定し、対象とひとつにある自己の自覚・認識といいますか。何か量子力学的な発想にも繋がります。
こういった自分の状態に敏感になることは、生命感覚をより敏感にすることになるし、まして、その場その場で生み出される即興演奏においては、自覚的に参加することで、自分もその場の音楽を創造する存在にもなりえるし、そういった自覚はいわゆる”場”に参加することの意味合いが根底から変わっていく気がします。これは決して音楽の場だけにいえることではなく、人と人が会う場、またそこから生まれる関係など、すべては関わっていることがわかります。
どのような自覚でその場にいるのか。またどういったことに敏感に反応していくのか。こういったことこそ、尋常じゃない社会状況にあり、自然の働きが活発な今の時代において、必要な認識であるとおもいます。
この「4分33秒」。驚いたことにちゃんと楽譜があるんですってね。楽器が弾けなくとも、誰でもがトライできる、ある意味”普遍的”な音楽です。その”普遍的”な音楽は、自分自身の音をきくということ、つまり自分を知るということ。とっても大事な音楽です。
東日本大震災から5年2ヶ月経ちます。
熊本地震から約1ヶ月。
日本はどこで地震が起きてもおかしくない変動の時期に入っており、生命感覚研ぎ澄まして、どのような状況に遭遇しても困難を乗り越えていく力、感性が必要となってきました。
「4分33秒」。
ジョン・ケージの有名な無音の音楽。
なぜこの音楽ができたのか、諸説あります。その中のひとつに、ある大学の研究室に全くの無音空間にできる施設があり、そこで無音経験をしたといいます。全くの無音にいるはずなのに、ケージはある高音と低音を聞いたといいます。研究者によるとその高音は自分自身の体内の神経系統が働いている音。低音は血液の流れる音といいます。
つまり、人間は生きている限り、音のない世界に存在することはないということ。音楽をきくとは、何も演奏者が奏でる音をきくだけによらず、自分の体の中の音も常に同時に聞いてることになるということ。だからこの「4分33秒」は自分の音、自分自身の体が発する音を聞くという音楽なのだということです。
この「4分33秒」という時間。秒数にすると273秒。あらゆる物質が動きを止めるという絶対零度が-273度。”動き”と”止まる”の絶対的境界。この時間はたまたまという説もあり、想像は膨らみます。
どちらにしても、この「4分33秒」の音楽の経験は外から受け取ると思われた音楽が実は自分も音を奏でているという、場に主体的に参加しているという自覚を促すことにもあると自分は考えます。主客同一であることの自覚、対象化を否定し、対象とひとつにある自己の自覚・認識といいますか。何か量子力学的な発想にも繋がります。
こういった自分の状態に敏感になることは、生命感覚をより敏感にすることになるし、まして、その場その場で生み出される即興演奏においては、自覚的に参加することで、自分もその場の音楽を創造する存在にもなりえるし、そういった自覚はいわゆる”場”に参加することの意味合いが根底から変わっていく気がします。これは決して音楽の場だけにいえることではなく、人と人が会う場、またそこから生まれる関係など、すべては関わっていることがわかります。
どのような自覚でその場にいるのか。またどういったことに敏感に反応していくのか。こういったことこそ、尋常じゃない社会状況にあり、自然の働きが活発な今の時代において、必要な認識であるとおもいます。
この「4分33秒」。驚いたことにちゃんと楽譜があるんですってね。楽器が弾けなくとも、誰でもがトライできる、ある意味”普遍的”な音楽です。その”普遍的”な音楽は、自分自身の音をきくということ、つまり自分を知るということ。とっても大事な音楽です。