捨てればゴミ 使えば資源 -64ページ目

電子との勝負。

夏の夜のこと。
仕事が終わり、帰宅しようと駐車場に向かった。
最近このあたりでは 車上荒らし があるらしく、
車の管理には気をつけるように との注意が職場からあった。
契約している駐車場は歩いて2~3分のところにある。
そこは外灯も薄暗く、お世辞にも雰囲気の良い場所とは言いがたい。
車上荒らしには格好の場所だろう。

昼間大暴れした太陽のおかげで、この時間でも暑さは残っている。
夕方降った雨のせいか、その夜は蒸し暑かった。
明日は晴れるかな。
そんなことを考えながら駐車場へと向かった。

薄暗い駐車場が見えてきた。私の車も見える。
歩きながら、鍵を取り出そうとカバンを開けた。そのときである。
駐車場に怪しい人影を発見した。

車上荒らし!
私はそう直感した。通報しようとケイタイを取り出す。
相手はこっちに気がついてないようだ。
警察に伝えるため、人数や人相を確認しようとそっと様子を伺う。
どうやら一人だ。暗くてはっきり確認できないが、小柄だ。
車を物色しているのか、1台の車の周りをうろうろしている。
私の直感は、確信へと変わった。
通報しようとケイタイを開いた時、街頭の明かりが不審者の顔を照らした。

ん?

照らし出されたその顔は、見覚えがある。というか、さっきまで見ていた顔だ。
その顔の持ち主は 職場の先輩Fさん だった。
Fさんとは、関西出身の方である。関西弁をバリバリ話す。
旦那さんの出身地であるここへ嫁いで来て20余年。数ある伝説の持ち主でもある。
その伝説はいつか紹介出来ればと思う。

私はケイタイをしまい、様子を伺った。
今出て行ってはいけない、そんな気がしたからだ。
Fさんといえば、車の後方に立ち、じっとテールライトを見つめている。
そして数秒後、意を決したかのようにうなずくと、鍵を取り出し車のドアを開けた。
その車はFさんの車だった。

ドアを開けたまま運転席に乗り込んだFさん。
ブレーキを踏んだらしく、ブレーキランプが光った。
すると、勢いよく運転席から飛び出だして車の後方へ駆け寄り、テールライトを見ている。
そして運転席へともどり、また同じことを繰り返し始めた。
ブレーキを踏む⇒ブレーキランプがつく⇒後方へ駆け寄ってテールライトを見る。
5分ほど繰り返していた。
それを5分間私は見ていた。

何かの儀式だろうか?いや、もしかして何かの合図かもしれない。
Fさんには未確認飛行物体を呼ぶ能力があるのかもしれん。
空を見上げた。そこには星空が輝いているだけだった。明日は晴れそうだ。

私は意を決して声をかけた。
「どうかしたんですか?」
Fさんは息を弾ませながら答えた。
「おおぅ、あんたか。いやー、しんどいわぁー。」
深夜の駐車場に、Fさんの大きな声が響く。
「実はなー、昼間、給油所のあんちゃんにな ブレーキランプ切れてますよ。 って言われたんよ。
それを今思い出してなー、確認しようとしとってん。」

これでなぞは解けた。
さっきの奇妙な行動は、儀式でも合図でもなく、ただブレーキランプを確認しようとしていただけだった。
ブレーキを踏む⇒ブレーキランプがつく⇒消える前に後方へ駆け寄る⇒切れてるか確認する
つまりFさんは 電子との勝負 をしていたのである。しかも、深夜にである。

私は涙が出そうになった。
いままでこの世の中に 電子とスピード勝負をした人間 がいただろうか。
普通の人間ならば、初めから勝てないことを知って諦めるはずだ。
しかし、Fさんは勝負したのだ。精一杯戦って、そして負けたのである。

結局、私が運転席へ座りブレーキを踏んで確認してもらった。
「給油所のあんちゃん、嘘はついてへんかったな。
ああいうとこは嘘ついて交換することもあるから、あんたも気ぃつけるんやで!。ガハハ。」
Fさんは、そういい残し、去った。

私は勇者を見送った。こらえていた涙があふれ出た。
片方が切れたブレーキランプが、涙で滲んでる。
涙がこぼれないように上を見上げる。滲んだ星空が広がっていた。
明日はきっと晴れだ。