なるほど、他人の人生のライフストーリーなど興味ないかもしれません...しかも、一般の普通の人のライフストーリーをどうして愛読するの?

 それは...、それは気づき、目からウロコの体験、理解と共感のきっかけの宝庫だから。

自分と同じようなライフストーリーの人もいる、まったく違う人もいる、人生の山あり谷ありをわたしと同じように不器用に健気に生きてきた人たち。

私だけじゃないんだ。こんなに沢山の人たちがいる!

 

 

前回の記事『合唱コンクール』はこちらから読んでねー♫

https://ameblo.jp/gemini-ruby38/entry-12398685202.html

 

中学2年生の想い出は、楽しいよりも苦い...今思えばこれからの人生の苦悩のはじまりのような時を過ごしていた。

担任の先生は林先生。サッカー部の顧問をされていた。ハツラツとしていて、少し短足で。

学校の先生になっていなかったら、バスの運転手さんになりたかったと仰っていた。白い手袋をして、すれ違うバスの運転手さんと、挨拶するしぐさに憧れていたとか。

私の通っていた中学校は、マンモス学校で、クラスは全部で12組あった。

私は12組だった。クラスも一番端っこにあった。生徒も個性豊かな面々で。

 

私は、何故かクラスの目立つ系女子たちから『たまえちゃん』と呼ばれていた。それが、親しみからだったのか、どうなのか、、、。でも、

かずみという名前があるのに。。と思っていた。

当時、テレビ番組で人気のあった三人娘グループ『わらべ』のたまえちゃんに似ていたからだと思うけれど、ちょっとぽっちゃりした体形が、、当時の私は太め女子だった。

 

仲良しの友だちがいた。彼女は体格が大きくて太めで顔だちもはっきりしていて、目立つから、なんとなくいじめられてしまう側だった。私はそっちの側にいつもいた。。。

もう一人、近所の幼馴染みの子も背が高く、目立つ。彼女も個性がありいじめられやすい側だった。

そうゆう日々を過ごしていた時に、2人の女子が私に声をかけてくれた。交換日記しよう!

なぜ、彼女が私に声をかけてくれたのか、、そんなに不憫に見えたのか、可哀そうに見えたのか。。。💦。あ、当時の私は洋楽ファンで下敷きにU2のドラマーのロジャーの切り抜きなどを入れていた。声をかけてくれた彼女は、カルチャークラブのファンだった。

中学2年の間ずっと交換日記をした。そうだ、彼女とカルチャークラブのコンサートにも行った。武道館だった。

 

仲良しの太めの彼女は、とってもおしゃれだった。裕福ではなかったけれど、できる範囲で上手におしゃれをしていた。アクセサリーも凝っていて、アクセサリーを売っているおしゃれな喫茶店に連れて行ってくれた。彼女は、高校生になったらダイエットをして見違えるほど美人になった。

環境が彼女にあっていたようで、イキイキしていた。勉強も楽しみになったと言っていた。こんなに人は変わるものなのかと驚いたことを覚えている。

しばらく文通をしていたけれど。いつしか音信不通になった。元気かな。。

 

幼馴染の背の高い彼女とは、ピアノの先生が一緒だった。

彼女とは、よく連弾をした。『春の声』『剣の舞』『ラフマニノフの曲(曲名わからず)』

そして、よくケンカをした。彼女は練習に不真面目だった。才能があり、出来るのでそうゆう姿勢になったのかもしれない。。私はまじめに練習がしたかった。

彼女は、なんでも私よりも上手だった。もっと練習すればいいのに、、、。

私は見ていてもったいないといつも思っていた。

 

ブログの更新が遅くなりました。。

中学2年生、、。思い出すと少し苦い。。

 

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