なるほど、他人の人生のライフストーリーなど興味ないかもしれません...しかも、一般の普通の人のライフストーリーをどうして愛読するの?
それは...、それは気づき、目からウロコの体験、理解と共感のきっかけの宝庫だから。
自分と同じようなライフストーリーの人もいる、まったく違う人もいる、人生の山あり谷ありをわたしと同じように不器用に健気に生きてきた人たち。
私だけじゃないんだ。こんなに沢山の人たちがいる!
前回の0歳から7歳のエピソードはこちらからぜひっ!
https://ameblo.jp/gemini-ruby38/entry-12396442923.html 小学生の6年間の夏休みは毎年父の実家、母の実家に里帰りすることが家族の大イベントとでした。この頃からは、家族みんなで父親の運転する車で🚗遠路8時間くらい、、みちのく東北へ、高速道路の渋滞情報を聞きながら、どっちの道がいいかなど、毎年同じような会話を母と父と、だからこっちがいいと言ったじゃない!などとケンカをしながら、(笑)向かいました。
その楽しいこと、嬉しいこと、ワクワクすること。出発前の準備からワクワクしたことを思い出しています。
家を綺麗に掃除して、閉じまりをして、なんだかさっぱりした家の中の記憶があります。これから出かけるんだという、いよいよな気持ちです。
母親はおにぎりを🍙いつも用意しました。飲み物を凍らせたり、お菓子を🍪🍭を準備したり。
なんて楽しいのだろう‼︎
車に乗ると私たち姉妹は大人しくなり、それでも車のシートを倒して寝転んだり、歌ったり、しりとりしたり。親の庇護の下なんの心配もない、ただただ楽しい嬉しい時期を過ごしたことを幸せに思います。
東北道を毎年通るわけで、おなじみのサービスエリアでトイレ休憩や、おにぎり🍙食べたり、ラーメン食べたり、お蕎麦食べたり、お盆なので、混雑この上なくて。同じような帰省の人たちが沢山いて。
パーキングの屋台の焼きそばとか、お餅とかお土産品とか、子どもには珍しくとても印象に残っています。
今でもサービスエリアに行くと、気持ちが上がるのは、子どものこの頃のワクワクを覚えているから。
高速道路🛣はいよいよ東北に近づくと、車窓は山山々になってきて、その緑色は今でも目の奥にあります。きっと眺めているだけで癒される景色だったのだと思います。
高速道路を降りてからも、峠を越える道のりがあり。碓氷峠と言ったかな。
それが、峠なのでけっこう大変な道だったような気がします。
今は新しい道が出来たのかどうなのか、、。
山形の田舎に向かう時にはいつも、峠を越えて行きました。
今日は田舎への道中のエピソードになりました。
田舎のお盆のお話②へ つづく
