お洒落探しの アップルです。


今夜は 東方神起にとって 理想のファン像って なんだろう そんなことから 東方神起によって


宇宙の真理を また 見つめなおす機会が あったことを ちょっと 書いてみることにした。


今年の NYは ことのほか 暖冬だ。


それに 比べて 日本や韓国そして ヨーロッパは 寒波 ・・・ 世の中は 常に 対極にある・・・


静と動 光と影 白と黒 天と地 悪と善 下と上 正と負 対極にあるものは 限りなくある。


でも 私たちは その中の丁度 中間で生きている そんな気がする。


そんな風に 思うと 東方神起を中心に まさに 色々な人たちが 色々な思いで 2人が正しく 3人が悪い


と 言うように 考える人と その考えに まっ極端に 対比する人もいる。


まぁ~ よくよく 考えれば そのどちらも 正しくないし そのどちらも正しいのかも しれない。


この世の中は そんな 簡単に 白と黒 善と悪には 分けれないからだ。


善と悪 だって それは 人間が道徳上 決めた 決め事で 天が決めたことではないのだから


本当は 善と悪 だって 怪しいものだ。


人間は 人間を 裁くことは 出来ないと 私は思っている。


私は 自分で選んだわけでなく キリスト教の家庭で 生まれ 育った。


幼い頃から 自分の意思とは 関係なく 日曜学校に通い 思春期の頃には 普通の礼拝に


殆ど 毎日曜日に 通っていた。


しかし あるクリスマスの 牧師の説教で 宗教って なんだろうと 考えさせられた。


確か その年のクリスマスは 酷い天候だった そして 24日に 売れるはずの クリスマスケーキが ケーキ屋


の 店頭に山積みに なっていたのだ。


そして クリスマスの日の 牧師の説教の中で 「クリスチャンでもないのに クリスマスに便乗して 商売をする


から 罰がくだったのだ 私はケーキ屋で 山積みになっているケーキを見て ざまー見ろと思いました」


と 言ったのだ。 


その時から 私は ・・・幼いながらに 牧師の言葉に 唖然とした。そこから 宗教に対して 自問自答をし続けてきた。


でも 答えが ずーと 見つけられなかった。


色々な本を読んだり 色々な集会に参加して 答えを見つけようとした。


でも 結局 どんな宗教の経典を 読んでも お説教を聞いても 空虚な心を満たすことは 無かった。


あの幼き日の 牧師の言葉が 私を 猜疑心に満ちた目で キリスト教の教えについて 違和感を 感じさせた。


それ以来 キリスト教に限らず 全ての宗教は マンメイドであって 神といわれる 存在が作ったものではない


ことを 実体験する。


結局 全部 人間が都合の良いように 解釈し そして ハイラキーを作り その一番上に鎮座するものを


神のごとく 敬う。


その 上に乗っている人間の思いは もうどうでも いいのだ。


回りが 勝手に規則を作り 拝める。


そして 信者といわれる 末端の人間は 従う 服従する。


だから 私は 宗教が嫌いなのだ。


そして フト 気がついたことがある。 あんなに 大嫌いのはずの 宗教団体に 最近 自分がどっぷり漬かって


いることに ・・・


そう 東方神起は 宗教だ。


もともと 5人の教祖で東方神起教で あったが 今は 3人の異端者が 新しい セクトを作った そんな状態だ。


何時の時代も 宗教は 分裂しては セクトを作成し続けていく。


宗教が 同じ袂から 分かれる理由は 考え方の違い そんなところだ。


分かれて 2人と3人 それだけのことだったのなら ここまで 大きな問題には ならないのだが


ここで問題は 個々の教祖には 信者がいる。 その 信者たちの 数が多ければ 多いほど 収拾がつかない 


すると 大本山は 分裂した セクトを破壊しようとする。


信者同士も 信者同士で お互いを攻撃しようとする。


ここまで揉めると 教祖の意見や考えではない 回りが決めた規則が 一人歩き始め 信者の中で リーダーが


生まれる。


そして あ~しろ こ~しろ ・・・


私は あんなに 嫌だった 宗教団体にまた どっぷり漬かってしまったのか ・・・


最近 恐ろしくなる。


もう 誰も教祖の考えなんて どうでもいいのだ。


勝手に 教祖は こ~思っているに違いない と 勝手に解釈し 回りの信者を 服従させようとする


もしくは マインドコントールをして 狂信的な信者を 育てる それは 教祖がやっているのではなく 回りの


取り巻きが 情報を操作し ・・・ 


私は 一旦 何を やっているんだ。


宗教に属するのだけは あんなに 嫌だったのに ・・・・・・・


そして 少し 距離を置いて 今の状況を見ると 見えてきたことは 天の神(敢て神と呼んでみる。)は 私に


東方神起と言う 巨大スクリーンに映し出された 偶像によって 宇宙の真理を 見せているのだと・・・


この世には 善も悪も 存在せず 人間は全て繋がっていて 自分の目の前で起きて見せられている


状況は まさに鏡であって 善と悪は 表裏一体 ・・・


宇宙の真理(神)は 大きな木と例えると 分かり易い 大きな木には 細かい枝があり その先には葉がついて


いる その葉は 落ち葉となって 現世に落ちる ・・・ この葉がまさに 私たちである。


つまり もとを正せば 大きな木の中の一枚の葉であり 出生は同じだということだ。


その葉は 現世で経験を積んで また 大きな木の肥やしとなり 元も木に戻るわけだ。


大きな木は 個々の葉によって 経験したものを肥やしとし もっともっと 大きく無限大の木になるのだ。


そう考えると いかに 東方神起のことで 信者同士 そして 取り巻きの人間 が 争い 憎しみあっていること


が 全く 無意味であること。


悪という定義も 人間が決めたことで 本人に罪悪感のないことは 悪ではなく。


善という定義も 人間が決めたことで 本人が善行を行なっていると 自覚しても 宇宙の真理は善行も悪も


認識しないのだ。 


私は 単に東方神起が 好きでいたい ・・・ 


どこの 宗派にも 所属したくない ・・・


そして 東方神起の2人 そして 分かれて行った 3人 には 教祖にはなって 欲しくない。


チャンミンが 以前 写真集のインタビューで こんなことを言っていたので ・・・


まだ 若年24歳の チャンミンは 的をついたことを 言っている。  


読んだことのない人は 是非 読んでほしい。


ちょっと 記載してみる。




写真集:太陽のインタビュー(チャンミンインタビュー一部抜粋)




「ひまわりって太陽の方を向いて咲いているんですよね。そして、太陽から栄養をもらって成長していく・・・。ひま


わりって僕らみたいかなって思った。ファンに対する思いはそれに似ている気がするし、でも、時々、逆でなきゃ


いけないのかなって思ったり。たぶん、僕らとファンはお互いに、その時々で太陽になったりひまわりになったり


してるんだと思う。ただ、一つだけ気になるのは、僕たちを太陽だと思ってくれるとするなら、ひまわりみたいに太


陽を絶対的な存在には思わないでほしいということ。 応援してくださるファンがいてこその僕らだとは思っている


けど、アーティストはファンの人生においては、現実的な支えやパートナーにはなれないし、ステージや作品で


期待に応えることはできたとしても、それぞれの生活や未来の責任を持ってあげれないから。僕らのことで、悲し


ませてしまったり、元気がなくなってしまったり、そういうことがあると僕も苦しい。『だけど、できることは歌うことく


らいしかないんだよな』って。だけど、それくらいしかできないとしても、ひまわりみたいに太陽を見ると元気にな


れたり、栄養をもらえる、そんな栄養剤みたいな存在になれるんだとしたら、精一杯頑張りたいし、見てほしいと


思う。 僕もユンホもファンの一人一人も、みんなが一度きりの人生を送ってる。人と人はいろんな出会い方があ


って、そこで絆が生まれることはステキなことだと思うけど、その絆を、無理やり何年もお互い支えあっていくもの


だよねっていう環境にはしたくないんです。 それは僕とユンホの関係とも一緒。強固に“こうあるべき”っていうこ


とは作りたくない。どうしてかって、硬いものほど何かの衝撃でポキンと折れやすいから。 逆に、ゴムみたいな


柔軟なものはその時々で形をながらも壊れないでしょ。僕は大事なものほどそういう関係が一番いいかなって思


ってる」


チャンミンが すっかり 混乱している 私に 答えをくれたでは ないかっ ・・・


さて 私は チャンミンが 一番嫌がっている ファンに なってはいないだろうか?


ふと 胸に手を 当てて 聞いてみる自分 で あった。 あは


彼の インタビューを読むと 今の状況に 一番胸を 痛めているのは ファンでも誰でもない 教祖のように 持


ち上げられてしまった 当の本人たちなのでは と ・・・

 

強固に“こうあるべき”っていうことは作りたくない。どうしてかって、硬いものほど何かの衝撃でポキンと折れやすいから。 逆に、ゴムみたいな柔軟なものはその時々で形をながらも壊れないでしょ。僕は大事なものほどそういう関係が一番いいかなって思ってる




Gellry Sistersのお洒落探しの日々

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