にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

 

 


俺はアングラーだ。
餌釣りで岸壁に雁首ならべてる投げ釣り連中のジジイ共とは違うぜ。
エギングで華麗にお魚ちゃん釣っちゃうワーム使いよ。
とくに、あの投げ釣り連中の真横についてワームぶん投げてこれ見よがしにシャクって大物釣り上げた時の、あのジジイ共の忌々しげな視線がたまらない。
悔しかったらお前らもやってみろってんだ。
適当にぶん投げてクーラーボックスに腰掛けて呆けた顔して魚がかかるのを待ってる、あの情けない連中には侮蔑的な言葉しか思いつかないぜ。
あのアホ共の1割でも減ってくれたなら俺達の釣りももっと楽しくなるってもんだ。
1時間でも2時間でも5時間でも6時間でも釣り場を占有しちゃう餌釣り連中なんぞ釣り場の雑草っていうか障害物っていうか、とにかく邪魔以外の何物でもないからな。
だから、最近の俺のお楽しみは夜釣りなんかで1人で釣りしてるジジイやらオヤジやらの真横でこれ見よがしにキャストしてやるってやつだ。
それでもって、さっきも言ったようにでっかい魚でも釣り上げた日にゃあ奴らの夜釣りを台無しにしてやったって気分で達成感もひとしおよ。
それにな。
俺はけっこうがたいが良い。
だからたいていのヤツは面白くない顔こそするが俺にビビって面と向かって文句は言ってこない。
腹の中でどう思っているか容易に想像できるだけに奴らの屈辱感を大いにたきつけてやれるのがなおさら楽しいぜ。
そんなわけで、その夜とある漁港の尖端にケミボタルの明かりが点っているのを見つけた俺は、そいつを本日の犠牲者に決定してやったぜ。
行ってみると、何だかこじんまりしたジジイって言うかなんて言うか、まあどうでも良いがそいつが竿受けに2本、竿を出して投げ釣りしてやがる。
俺はもちろん挨拶無しで、そいつから1メートルちょいの真横に立ってキャストしてやったぜ。
そいつは俺のいきなりのキャストにちょっとビクッとしたみたいで顔を上げてこちらを睨んできたが、俺はそれがどうした文句があるかって顔でにらみ返してやった。
まったく情けないジジイだぜ。
文句の一つでも言ってみろってんだ。
そいつは小さく溜息をついて、いつあたりがあるかもしれない・・・永遠に来ないんじゃないか?・・・自分の竿へと視線を移した。
ヤツの出してる竿のラインをちらっとだけ確認してみる。
けっこう綺麗にまっすぐ投げているのが見て取れた。
それなりに腕の立つジジイらしいが所詮は投げ釣りだ。
もうちょっとしたら、ヤツの射線上にキャストしてやろうかな。
なんて意地悪げな思いつきに心をウキウキさせていた俺の足下で何かが動いた。
不覚にも俺は小さな悲鳴を上げて後ろへ飛び退いちゃったんだが、見ると丸々した猫が3匹これまた俺のアクションにビックリしたのか弾けたように明後日の方向へと逐電しやがった。
俺は逃げ遅れた1匹の横っ腹に蹴りを見事に決めてやったぜ。
間抜けなそいつは畜生らしい悲鳴を上げながらよろよろとその場から離れて行きやがったぜ
「ざまみろ畜生め」
俺はぼやき、一通りあの4本足の毛玉共への罵倒を繰り返してから再度釣りに集中しようとしたんだが、これまた忌々しいことに隣のジジイが笑いを堪えて肩をふるわせてやがる。もちろんネコ共にも腹が立ったが、俺よりも遙かに格下の・・・はずの・・・このジジイに笑われたことがなおさら腹に据えかねず、俺は思わず恫喝にも等しい物言いで言い放った。
「何だよ」
ジジイが顔を上げた。
さぞかしビビってんだろうって思ったんだが、ジジイは眠そうな顔でこっちを見上げている。
そうしてからくたびれたライフジャケットのポケットからたばこを取り出しておもむろに火をつけた。
あのうっとうしいどころじゃない煙が舞い、俺は激昂した。
「たばこなんか吸ってんじゃねえ!!」
それでもジジイは顔色一つ変えようともしない。
このジジイ、俺が怖くないのか?
それともとっくにぼけてやがんのか?
「あんたさあ」
ジジイが口と鼻からだらしなく煙を漏らしながら俺に言いやがった。
「今のは良くないな」
「だから何なんだよただのネコだぜ」
それとも今のは、てめぇの飼い猫か?
だったらしつけが全然なってないぜ!
因縁つけられたらきっちり言い返してジジイを黙らせようと次の台詞を待ち受けていたんだが、それは俺が思っていたのとは全然違っていた。
「あんた、釣り始めてどれくらいだ?」
ジジイが聞いてきた。
「8年だが」
そこら辺のニワカと一緒にすんなって感じで胸張って答えてやったぜ。
「俺は2年ちょいだ」
「何だよニワカじゃん」
「ああ」
ジジイは頷いた。
何だよ早くも降参かよ。
「それじゃあ、あんた海に落ちたことはあるかい?」
「あるわけないじゃん」
俺は下らないこと聞くなよって、あからさまな口調で言ってやったぜ。
ま、まあ調子こいてテトラにはまりかけたことならあるけど、あれはノーカンだぜ。
「俺はあるんだ」
またまたたばこを深々と吸いながらジジイは言いやがった。
何だよ今度は武勇伝比べかよ、だったら俺も負けてないぞ。
「冬の海にね」
「え」
俺はさすがに声を詰まらせた。
冬の海に落ちてあんたどうしてここにいられるんだ?
こいつ、フカしてんじゃないだろうな。
「夜釣りを始めた最初の年にね」
ジジイが話し始める。
「あんたも経験あるんじゃないかな?ちょっとばかり深く積もった雪に足を突っ込んじゃってバランスを崩して転んじゃうってやつさ」
思わずああ、それなら俺もって言いそうになり、慌てて小馬鹿にしたようなふうで鼻を鳴らしてやったぜ。
「おれは深夜の漁港の際で、それをやっちゃったんだ・・・何の心構えもなく冷たい水に沈んで俺は気を失った・・・そして気がついたら綺麗な青空の下に拡がる花畑のど真ん中に俺はいたんだ」
おいおいそっち系の話かよ馬鹿らしい。
「はっ、馬鹿みてぇ」
俺は心中抱いたそのままを声にしてせせら笑ってやったんだが、ジジイはそんなことも気にしてないのか、死人のような声で話し続ける。
「すごく暖かくて良い匂いがしてさあ・・・俺は起き上がり歩き始めたんだ。どうしてそっちの方なのかはわからないんだが、とにかくそっち目指して歩かなきゃって気分で歩き続けたんだ」
面倒くさいジジイにぶつかっちゃったな、地雷を踏んだなって思ったんだが、なぜだか俺は黙ったままジジイの話に耳を傾けた。
聞き終わったら、最近の若いヤツはって泣き喚くくらいに馬鹿にしてやろうって思ったぜ。そいつも一興ってやつだしな。
ジジイが話し続ける。
「そうして歩き続けると、小川が見えてきたんだ。ちょっと勢いをつければ簡単に飛び越えられそうな小川でねえ・・・俺はそいつを飛び越えようと思ったんだが向こう岸にひょいひょいって猫たちが顔を見せ始めたんだよ」
そのくだりだけはジジイのヤツちょっと嬉しそうな声で言いやがった。
「みんな見覚えのある顔だったんだ」
ジジイのくせにガキのような声で小さく笑ってやがる。
とんでもなく気持ち悪いぜ。
「俺が初めて釣りに行った時に集まってきた奴らだったり、俺が釣ったイワシやらサバやらホッケやら・・・いろんな魚をかっさらっていったヤツだったり・・・俺に懐いて、日中釣りの時、いつも俺の足下で行儀良く座っていたヤツだったり・・・いつの間にか姿を見せなくなった連中だったんだ」
ジジイの、指に挟んだたばこがだんだん短くなっていく。
「俺はとても懐かしくなってさ・・・川を飛び越えて奴らのところへ行こうとしたんだが・・・」
伸びたたばこの灰が静かにじじいの足下へこぼれ落ちた。
「そうしたら、あの猫たちが一斉に毛を逆立たせて俺を威嚇し始めたんだ。みんながみんな、敵意丸出しのうなり声で牙をむき出しにして俺を睨んでいるんだ」
ジジイは悲しそうな声で言った。
「まだ来るなって、そう訴えているのがわかって俺は向こう岸に渡るのを諦めたんだ・・・そうしたら」
「そうしたら?」
不覚にも俺はそう尋ねてしまった。
「いつの間にいたのか、俺の足下に1匹だけ見覚えのあるネコが纏わり付いていたんだ」

「・・・それって・・・」
「ちょっと前までここの釣り場でよく見た猫だった。俺の釣った魚を狙って良くこのあたりをうろついていたやつさ」
「・・・それって・・・」
「ヤツが俺の長靴にかぶりついて必死に止めてくれているんだ。だから俺は渡るのを諦めたんだ」
「あの・・・それって・・・」
ジジイは静かに頷いた。
「あいつは、俺が渡るのをやめたと気づいたのか、あの時の、魚をねだったりする時の可愛い声でひと鳴きすると、来た方向へとかけていった・・・俺は追いつけなかったけど・・・そして」
「・・・そして?」
「気がついたら、冷たい海の中でもがいていたよ。運良く漁船に寝泊まりしていた漁師さんが浮き輪を投げてくれて、そして引き上げてくれたんだ」
嬉しそうにジジイが言う。
「なんてったって真夜中だ。俺はもう神様仏様で漁師さんにお礼を言った後で、震えながら良く気づいてくれましたねってさ・・・そしたら、漁師さんが言うには寝ていたら猫たちがいつもと違った雰囲気で鳴き声を上げていて、何だと思って外に出てみたらあんたが浮いていたってさ・・・あんた、猫に助けられたなって笑われちゃったよ」
ジジイは根元までになっていたたばこの先を指先でもみ消した。
「俺は猫に助けられたんだよ」
そう言ってヘラヘラ笑いやがる。
俺は何か気の利いたことを言ってジジイをへこませてやろうと思ったんだが・・・
「ほら、かかってるぞ」
ジジイがそう言った途端、俺が握っていることも忘れかけていた竿先にデカい引きが来た。今までに経験した引きの中ではそれほどじゃないが、それでもけっこう良い重さだ。
そうして釣り上げると40越えだと一目でわかるカレイが釣れてくれた。
俺はさっきまでのジジイの妙ちくりんな話にビビりかけていたことも忘れて、今夜の釣果をジジイに見せびらかそうとしたんだが・・・
いつの間にかジジイは俺から4、5メートル離れたところに佇んでいる。
良いもの釣れて良かったじゃないかってな笑顔を俺へと向けている。
そして、ジジイの足下には10匹を下らない猫たちが纏わり付きながら俺へと光る瞳を向けている。
緑だったり黄色だったり金色だったり。
「なあ、兄ちゃん」
じじいが語りかける。
「夜の釣り場は猫たちの縄張りなんだ」
猫たちがニャーニャー声を上げて俺を凝視している。
まるで、そうだぜこのジジイの言うとおりだぜ、お前ふざけたことしたら俺達が狩ってやるからなとでも言わんばかりの意思を込めた鳴き声を俺に向けてくる。
・・・何だ・・・何なんだよ・・・ここ、いつも通っている、知った釣り場のはずなのに・・・それに・・・
恐ろしいことに、未知の領域に素っ裸で放り出されるような無防備感に、俺は戦慄していた。
・・・それに・・・このジジイ・・・人間なのか?・・・
俺は恐怖に駆られて、その場から遁走した。
「猫は大切にな」
背中からジジイが声をかけてくる。
何の変哲もない声質なのに、俺にはこの世のものとも思えない冥府からの呼ぶ声のように思え、振り返る事もせず車に逃げ込み、この漁港から逃げ出したんだ。
「猫は大切にな」
その声は、しばらくの間俺の耳から離れなかった。

一週間後。
俺は意を決してくだんの釣り場へ足を運んだ。
夜にだ。
・・・あのじいさんは・・・
はたしてそこに、あの夜の釣り場で・・・俺にとっては・・・背筋が冷たくなるような教訓を与えてくれやがったじいさんが竿を出していた。
「こんばんは」
俺は・・・俺にとっては初めてのことだけど・・・思わずじいさんに挨拶をした。
じいさんは振り向き、少し考え込んでから思い出したように挨拶を返して寄越した。
「この前のカレイはデカかったね」
不思議だ。
あの夜のじいさんとは雰囲気が全然違ってる。
俺は思った。
このじいさん、あの夜は猫共に取り憑かれてたんじゃないだろうな。
そうした心証が、いっそうあの夜の異常さを際立たせる。
俺は軽く会釈してから・・・これまた俺にとっては初めてのことだが・・・じいさんにむかって、隣良いですか?って聞いちゃったぞ、俺いったいどうしちゃったんだよ。
自分で自分に困惑しているのを他所に、じいさんはああどうぞって快諾してくれた。
俺はじいさんからそれなりに間隔を開けて店開きを始めたんだ。
猫たちの視線を感じながら。
この、夜の釣り場が猫たちの支配地域だって事を痛感しながら。
釣り場では決して猫たちを怒らせてはいけない。
そうだ。
猫は大切に・・・
とくに、夜の釣り場では・・・


                                                                    完
 

 

 

 

 

 

猫は大切に・・・ (ΦωΦ)フフフ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
にほんブログ村