短編 夢に・・・
その日、夢を見た。
白昼夢だ。
あきらかにこれは夢だと自覚している寒風の港で俺は釣りをしている。
いつものように投げ込みでアブラコやらカレイを狙うのだ。
寒い。
それでもやめられないのが釣りってもんだ。
俺の左側。
ちょっと離れたところで見てくれの良いあんちゃん2人と嬢ちゃん1人がキャッキャはしゃいで糸を垂れてんのがけっこううざいんだが、それはそれで夢の中なんだから好きにやってくれ。
と、何だよお前ら釣り方知らないような面構えなのに浮きサビキで渋く決めてんのはどういうわけダ?
まあ、夢なんだからお前らが水玉パンダでもかまやしないが。
ちょっとヤンキーぽい嬢ちゃんが嬌声を上げた。
お、なんかかかったんか?
ちょ、無理無理無理!
なんて嬌声から悲鳴に変わってやがる。
そして、慌てた連れのあんちゃん達が竿を受け取って、なんと見事に釣り上げやがった。
何だこれ?
男女3人で、釣り上げたお魚ちゃんを囲んでるんだが魚種がわからないらしい。
どれどれ?
俺は3人に割って入り連中の釣果を確認した。
ニシンだ。
美しい銀鱗に微かな青みを帯びたデカいニシンが1尾ピチピチはじけてやがるぞ見事だな。
あー、こりゃニシンだよ
俺は言ってやった。
ニシン?
今時の若いのはニシンも知らんのかいって思いはしたが、やはりまあ夢の中だ。
俺はちょっとばかり大人げない羨望を覚えながらも彼ら彼女らを賞賛してやったぜ。
ああ、デカいニシンだなあ見事なもんだよ。
ニシンなんだ
俺がそう言うと3人はちょっとばかり鼻高々で足下のニシンを見つめてる。
おじさんありがとう
ヤンキーぽい嬢ちゃんが嬉しそうな顔で俺に無邪気そうな笑顔を向けた。
また教えてね
ああ、いつでもどうぞだ
気を良くして俺は応えた。
そしてこうも思ったんだ。
ああ、良いな。
俺もそろそろニシンに・・・
そこで目が覚めた。
ううう何だ何だ?
夢かいな。
だけど、えらいリアルな夢だったな。
そして俺は、何かに誘われるように支度を調えいつもの釣り場に赴いた。
埠頭には人はまばらだ。
風雪厳しい本日の天候に怯み、家で酒でもかっ喰らってるんだろうな軟弱者め。
ま、まあ夢につられて釣りに来てる俺が威張れた話じゃないんだが。
でもまあ来ちゃったんだからしかたがない。
俺は手持ちの中で一番の長竿に胴付きの8号針が6つほど付いた仕掛けに15号の重りを繋ぎ、荒れてる海へとぶん投げてやったぜ。
そうしたら・・・なんてことだ・・・
1発目からあたりが来た。
リールを巻くたびに引きが強くなる。
何かが次々と針にかかっているんだ。
これは・・・ニシンの群れに当たったってことじゃないのか?
そして、その日はニシンがたくさん釣れた。
えらい望外の釣果で、あれはまさしく正夢以外の何物でもなかったんだ。
まあ、その夜は気持ち良く眠りについたんだが。
また夢を見た。
俺は釣りをしている。
俺の左側には白昼夢に出演してくれたあんちゃん2人と嬢ちゃん1人がうるさいくらいにはしゃぎながら釣りをしている。
ああ、またこの連中かい。
妙な夢が続くもんだ。
それにしても腹が立つくらいうるさいんだが。
唐突にまた、あのヤンキーっぽい嬢ちゃんが悲鳴を上げて。
またまた釣った魚が何なのかわからないらしい。
今度は立派なホッケだった。
ニシンの時と同じやりとりだった。
またお告げの夢かいなってんでいつもの港に足を運んだら例年になく見事なホッケが入れ食いだった。
俺は途方に暮れたね。
何だよ俺は。
怪しい予知夢でも身についたか?
また数日後。
鼓膜が割れるくらいのはしゃぎ声の中で、あの3人組がサクラマスを釣った。
やっぱりあの連中サクラマスを知らなかったんだ。
おいおい、もうシーズンじゃないだろうって夢の中のヤツらの釣果に「?」マークを大量に浮かべながらのリアルの釣りはサクラマスが2尾の大釣果だった。
次の夢はイナダ。
あいつらまたまたイナダを知らなかった。
おまけにあいつら釣り場でラジオガンガン鳴らしながら釣りしてやがる。
前回にもまして騒々しくなってやがる。
俺はこめかみのあたりがピクピクしたんだが、まあ、あいつらは見てくれとは違ってフレンドリーなヤツらだから我慢してやる。
そしてお次はブリときたもんだ。
またまたあいつらブリを知らない。
そして・・・
その夢の中ではあいつら俺となじみになったって勘違いしてやがるのか耳元にあれだこれだと釣りのうんちくを語り始める。
釣り糸を垂れる俺様の左にはあのヤンキー崩れの嬢ちゃんが。
右側には鼻ピなんかしちゃってるヤンキーそのもののあんちゃんが。
さらには俺の背後から陽キャパリピの典型ですとばかりのあんちゃんが。
3人が3人あーだこーだと人の釣りにダメ出ししてくるからたまらない。
・・・うるさい・・・うるさい・・・うるさい・・・
さすがに俺はぶち切れた。
お前らのその態度は何だ!
人の釣り方に口出しするな!
そもそもお前らは何なんだ!
良いから静かに釣りしてろ!
夢の中で俺は声も枯れるくらいの怒声でヤツらを黙らせた。
3人は怒りはしなかった。
俺に殴りかかるとかってのもなかった。
ただ無表情で、何だか俺に裏切られたって言いたいようなしらけた目で俺を凝視しているからなおさらに気味が悪いんだが・・・
俺はそんな3人の死んだ魚の目のような濁った視線に曝されながら気まずい瞬間に身を固くした。
いったい何が始まるんだ?
その時、あの嬢ちゃんの竿が大きくしなった。
俺は青ざめた。
竿受けから竿が吹き飛び、眼前の海に白波が弾け、魚ではない何かの咆哮が響く。
呼んじゃったね。
陽キャパリピのあんちゃんが呟く。
ああ、呼んじゃった。
鼻ピのあんちゃんが深々と頷く。
そうして俺の耳元で、あのヤンキー崩れの嬢ちゃんが異様に魚臭い吐息を伴う呪詛の声を囁いた。
俺の鼓膜に注ぎ込んだ。
・・・あれが何なのかわかってるよね、おじさん・・・教えてよおじさん・・・
知らない・・・知るもんか・・・
ヤンキー崩れの嬢ちゃんが嘲笑する。
・・・ふふふ、知ってるくせに・・・
そして、海の中から・・・
あれが・・・
俺は悲鳴と共に飛び起きた。
ひどい夢だった。
畜生。
あんなもの、俺にわかるわけないじゃないか。
うるさくしたのはお前らじゃないか。
だけど・・・
あの、海から現れたものは・・・
俺は抑えきれない衝動に駆られた。
だめだ・・・
行っちゃいけない・・・
だけど・・・
俺は支度を調える。
そうしていつもの港を目指す。
そこにはあの3人がいた。
俺を待ち構えていた。
もはや俺は夢と現実の境界を見失っている。
あのヤンキー崩れの嬢ちゃんが、足下を指さす。
そうだな、そこが俺の釣り場なんだな。
そして、戦慄しながら釣りを始める。
もう、逃げられないからだ。
あの3人に魅入られてしまったから。
俺はその時を待つ。
海が弾ける
眼下の領域からそれが出現する。
完