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屋上には不思議な物が待ち構えていた。
待ち構えていたというより出現したと言った方が良いのか?
屋上には何もなかった。
・・・迎えってどこよ・・・
俺は思わず首を傾げたくなったんだが、何もないはずの空間に突如として何らかの機体のものと思われる昇降扉が出現したのだから俺は度肝を抜かれてしまった。
思わずあれは何だと下山宙将補殿に聞きたくなったが黙ってろとのご命令を思い出して、かろうじて沈黙を守ったぞ。
「ついて来て」
下山宙将補殿の物言いが、遠足で迷子になりかけた残念な生徒を引率する教師のようで俺はちょっとばかり苛ついたが何せ相手は将官殿だ。
何とも薄気味悪い状況なんだが下山宙将補殿の私は何でも知っている的な態度に俺は、反感を抱く一方で安堵してもいる。
その昇降扉は何の変哲も無いゲートそのものだが、何もない空間にその間口だけが出現しているため怪しいどころの話じゃない。
・・・こいつは何だ?・・・
それでも何かの搭乗口であることには違いないようなので乗れと言われれば黙って乗るしかないじゃないか。
その搭乗口は羽虫サイズの諜報ドローン対策なんだろうエアカーテンで遮蔽されていて、俺は促されるままにそれを潜って機内に入った。
内部は兵員用の輸送機そのもののレイアウトで別段珍しさはなかったので、やはりこいつは新手のアクティブステルスな垂直離着陸機か輸送用の大型ヘリなんだろう。
・・・兵員区画は10メートルってとこかな?・・・
2人掛けの座席が2列で各12席縦列していることから、この機体が相当な規模なのがうかがえる。下山宙将補殿は昇降口近くの席に着き隣へ来いと手招きしてくるから俺はおとなしく隣の席に腰を落ち着けた。ちなみに内壁に横並びの窓はシールドが降ろされていて外の景色は見ることができない。
なんとも胡散臭い代物だなとうがった想いに囚われてしまったんだがまああれだ。
乗りかかった船だ、多くは語るまい。
一方の下山宙将補殿は新装備の自慢をしたくてうずうずしている様子だぞ、俺ついて行けるかな?
なんてとてもどころじゃなく心細くなってしまった。
「この機体はアステックスと言います」
昇降扉が閉鎖されたのを確認して下山宙将補殿が解説してくださる。
「advanced stealth technology helicopter Experimental の頭文字を取ってastehexというわけです先進ステルス技術実験ヘリコプター・・・ちょっと無理があるかもしれませんが」
「な、何だかすごいですね」
俺にはこう答えるしかなかったぞ。
それにしても全然わからなかったってのはすごいが・・・もしかしてあれのことか?
アビエーションウィークの記事で量子光学を応用した光波情報攪乱技術の概念を読んだことがある。あくまでも可能性としてだがそうした革新的ステルス技術を世界各国が研究しているって話だ。
機体の形状に関係なく視覚的に存在しないかのように欺瞞する新式偽装装備の可能性なんだが、たしか、これを電磁的欺瞞にも・・・波長云々の特異性はあれど光も電磁波の一種だからな・・・応用してレーダーにも映らないとかなんとか聞いたこともある量子ステルス技術の第2世代だってわけで、俺達の部隊でも烈火に搭載できたらすごいことになるななんて夢を膨らませたことがある。
第1世代は素材的アプローチで量子ステルスを謳っているちょっと胡散臭い話だったんだが第2世代は量子的光波制御なんて、これはもうハイテクノロジー過ぎて俺達みたいなカボチャ頭じゃ理解不能な黒魔術だ。
そしてもちろん俺達のあったら良いな的呟きは中隊長殿の耳にも入り、あったとしてもうちの部隊の予算じゃ無理だ、そもそもそんな代物で楽をしようなんて弛んでるぞこのキャベツ共、だったらこうしてやるぞ訓練訓練また訓練だぞと活を入れられるなんて笑えない顛末を迎えた記憶があるぞ口は災いの元だな。
「新式の偽装装備が実用化しつつあると聞いたことがありますが、まさかここまで見えないなんて驚きです」
下山宙将補殿はこちら関係の専門らしいし俺の付け焼き刃の知識なんかじゃ理解できないような防衛技術の結晶なんだろうから、さすがにこの程度の感想しか口にできないのがなんとも情けないな。
いらんこと言ったら確実に自身の無知無学をさらすことになりそうだ。
一方の下山宙将補殿は端から俺の感想なんかどうでも良かったらしい。
「量子光学・・・光の方ですよ・・・を応用した光波制御の成果と言いましょうか・・・あ、こんな話退屈ですよね」
少し自慢げに詳細を語ろうとして下山宙将補殿は思い直したかのようにはにかんでみせた。
「ははは、さすがに」
やはりそっちか量子光学的光波制御か俺もけっこうわかってるじゃんなんて密かに我が身を褒めてはみたが深い深い技術的な話になったら生き恥をさらすのは確実なので笑ってごまかし、なるほどすごいな程度の意思表明で誤魔化しちゃったぜ。
「いつか烈火にも使えるようになると良いなあ」
こちらとしても機動騎兵の脳みそは容量足らずだって呆れられるのが明白なので笑ってごまかしたんだが下山宙将補殿の表情の変化に懐かしい高校時代の面影が伺えてしまい俺はちょっとばかりどぎまぎしちゃったぞ。
「ええと、そろそろ離陸ですか?」
顔が火照るのをごまかそうとそう聞いたんだが下山宙将補殿はしてやったりっていう得意顔を浮かべた。
「もう飛んでますよ先輩」
「え?」
なんてことだ全然気づかなかったぞ、俺かつがれてんじゃないだろうな。
「そういう意味でのアステックスなんです」
どうだすごいだろと言う顔で下山宙将補殿は人並みサイズの胸を・・・失礼・・・張ってみせたんだが俺は慌てて視線をそらすために天井を仰ぐ羽目になった。
「ふふふふふ」
どうにも俺をからかい甲斐のある下級士官だと楽しんでいる嫌いがあるんだが、それともこれは下山さん独自の親しみの表現方法なんだろうか。
・・・ああ、そういえば演劇部の皆さんも先輩後輩同輩丸ごとそんな感じだったなあ・・・
俺の中で過ぎた日々の記憶が鎌首をもたげ始めるが、それを許さない何かがまた息を吹き返し、黒く重たいしこりが胃のあたりを鈍く締め付ける。
・・・そうだな・・・
その痛みを俺は許容した。
これは罰だ。
思い出してしまった罰だ。
誓いを反故にしかけた罰なんだぞ吉川静治。
・・・これが全部終わった時は・・・その時は・・・
瞼のあたりがぴくぴく痙攣してやがる。
「見えず聞こえず捕らわれず」
俺の心の葛藤を、もしかしたら気づいてしまったかもしれない・・・そうだ聡明な彼女ならそうなんだろう、俺の高校時代を見聞きしているはずなんだから・・・下山宙将補殿は話題を、この胡散臭い新型ヘリの売り文句を口にして、貴様があれやこれや悩んでいるのは了解するがこちらが関知する話じゃないぞ知ったことかという態度を取ってくれたのはありがたかった。
まあそのせいで俺と下山宙将補殿の間を天使が通り抜けちゃったんだがこの沈黙も気まずいなあ。
そもそもこんなただっ広い乗務区画に二人きりというのはどうにも気持ちが落ち着かない。
ややあって下山宙将補殿が口を開いた。
「いろいろお話ししたいことがありましたので客室乗務員は搭乗させませんでした」
あらかじめ、こうなることを予期していたとでもいうように下山宙将補殿は言った。