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 「航宙防衛軍では近年、女性将校は髪を伸ばすことを推奨しているんです。短く刈るよりも伸ばしてポニテにしてヘアスプレーで固めてピンで留めた方が扱いやすいということでして、私も一朝事あらば宇宙服を着て出撃する身ですので」
 「下山さ・・・宙将補殿もでありますか?」
 「もちろん」
 そう事もなげにお話になる宙将補殿の態度が忌々しくもあり気に食わないんだが、こればかりは下っ端の身である俺としても、ああそうなんですかとこたえるしかない。
 「お食事はおすみですか先輩?」
 「ハイ?ええ、はいすみました」
 「それはけっこう」
 そう言って下山宙将補殿は俺の体面になる席に座るとお膳を下げる用のパネルにタッチする。
 それはもう働き者の配膳ロボットが見事なマニュピレーターさばきでお膳を回収してくれたぞ。
 その間にも下山宙将補殿はパネルにメニューのコマンドを呼び出し、俺にコーヒーでいいかと尋ねられる。
 まるで田舎から上京した先輩が都会慣れした後輩に気後れしていますという状況なんだがコーヒーは飲みたいので気を取り直し、俺はお願いしますって答えた。
 「さあ、座ってください先輩」
 「ええ、はい」
 何だかものすごく下山さんのペースなんだが。
 それでもまあ上官殿のご命令だ。
 俺は母親に行儀良くしなさいと諭されるガキんちょの様な心境で席に着いた。
 「吉川さんにはこれからあるところへ同行していただきますが、移動手段の時間調整にあと2、30分かかりますのでちょっとだけお待ちください」
 「はい、了解であります」
 それはもちろん異論はないが、下山さんとその時間をどう潰せば良いんだ?
 さすがに高校生活はいかがでしたかなんて話じゃ間が持たないぞ。
 聞いたところでそれがどうしたってくらいにしかならないし。
 ただ下山さんの方は懐かしそうに俺を見てくれているんだが、演劇部で同じ時間を過ごしたといえば多盛川のことで揉めたあの後に部室でやらかした、いろいろあるけどお疲れ会くらいしかないんだけど・・・それかな?
 ・・・うーん、やっぱり間が持たないな・・・
  どうせならその分遅れていらしてくだされば俺はもう一品、都会のご飯を楽しめたのになあなんて途方に暮れつつ何気に視線を向けたテレビが代々木公園で反戦思想の皆さんが繰り広げている一大集会の実況を始めた。
 どうやら俺達がやらかした復興施設での防衛戦についての糾弾に全力投球していますって感じの一大反戦全国大会みたいなデモ集会を展開しているようで、けっこうな人数の皆さんが聞いているだけでも頭痛がしてくるようなシュプレヒコールを上げ続けている。
 俺は愕然としてテレビを凝視してしまった。
 これほどまでに国民の皆さんの厭戦気分が色濃くなっているなんてのは、さすがに上海自治区から知ることができない。
 大陸と本国の人々が抱く危機感の乖離と言えば良いんだろうか?
 何だか俺達が無垢な難民達に非情な陵虐を働いているぞ、これで良いのか?みたいな防衛軍批判というか弾劾というか、とにかくこの世のありとあらゆる悲劇と惨劇はお前らが原因だお前達が悪いという論法で、壇上に立つ活動家の親分みたいなヤツがアジってる。
 仕立ての良いスーツを着た意識の高そうな顔立ちのヤツが、いかにも私は正義を訴求しているといった態度でそれとはまるで釣り合わない怒声を上げている風景に俺は何かとてつもなく醜悪なものを見てしまったという心証を抱いた。
 ・・・こいつらって・・・
 俺達って、こんなヤツらのために戦っているのか?
 一体、俺達の戦争ってなんなんだ?
  こんなヤツらのために俺の戦友達は死んでいったのか?
 俺は席を立ちテレビのモニターをぶん殴ってやりたい衝動を必死に堪えた。
 何なんだこの明るいところで闇鍋をかき混ぜてますみたいな連中は。
 それら集団の掲げる横断幕やのぼり旗の中には滅ぶべくして滅んだ忌まわしい国の汚らわしい文字までが混在し、その混沌の濃度をより濃密で一層いやらしいものにしているからなおさらだ。
 吐き気を催すほどに自己評価が高いくせに、その実日本に寄生することでしかその存在価値を維持できない畜生にも劣る連中が、ここでも反戦集会のおこぼれにあやかろうと息巻いているが、そもそもそこに群がってる日本人達にだってお前らの言語が理解できちゃいないんじゃないか?
  日本人と一緒に血と汗の代償を払って国土の復興を断行しようとしている華人や台湾人、ASEAN連合人の決意をあざ笑い、あぐらをかいて大国任せの国土復興を夢想しているお前達が一体何を叫んでいられるんだ?
 そして、そうした怠惰で狡猾な連中との連帯に一抹の疑問すら抱かない我が国の活動家諸氏の何とも愚かな事よっていうか買収でもされてるんじゃないのか?
  何なんだこの厚顔無恥な偏執ぶりは!
 そうした心中抱く俺の怒りが顔に出てしまったらしい。
 「吉川先輩・・・」
 宥めるような声で下山宙将補殿が声をかけてくださる。
 「噂には聞いていましたが、まさかここまで苛烈だとは・・・」
  冷静に答えたつもりだけど、俺の胆力が貧弱なせいもあり声が少し震えてしまった。
 まったく、楽しいお食事時間が台無しだぜ。
 そう思ったのはどうやら俺だけではないらしく、窓側の席にいた士官殿が席を立ちレジへ向かうと受付のお姉さんからテレビのリモコンを取り上げる。
 ハイテク張りのレストランでもこういうところは超がつくくらいアナログ的なのがいかにも我が国の風土という趣で微笑ましいってもんだが、その士官殿がテレビのチャンネルを変えるか切るかのためにリモコンを操作しようとしたその時、デモ集会を仕切っているらしい万年野党のリバタリアリズムの権化みたいな・・・俺もこいつの顔と名前くらいは知ってる。それくらい我が国の防衛政策に否定的発言を繰り返し、こいつらの標榜する自由至上主義に基づき「兵達よ銃を捨てよ」の世迷い言をまき散らす害悪以外の何物でもない奴が、俺にとっての常識というかこの世の秩序を構成するすべてのエレメントを崩壊させるに等しい、その状況では決して現出するはずのない名前を口にした。
 ・・・ここは一体・・・
 頭の中が真っ白になるとは、まさしくこういうことを言うんだろうか。
  ・・・ここは一体・・・俺の住んでた日本なのか?・・・
 衝撃どころの話じゃなかった。
 その忌まわしい男は俺にとって、決して汚してはならない人の名を口にしていた。
 「・・・我が党北海道支部学生部の勇敢であり聡明でもある女性部員をご紹介いたします・・・」
 俺が抱いたのは怒りと殺意だった。
 その忌まわしい政治家は、よりによって橋本裕子の名を呼んだんだ。
 

 

 


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