鼻につくのは、土埃と硝煙の匂い。

遠くに響くは銃声と爆発音。

塹壕に身を伏せ、周囲を確認した後、彼は呟いた。


「いつ終るんでしょうか?この戦争…。」

別に、誰かに宛てた言葉では無かったが、


「んなこたぁ、末端の俺等にゃ分かんねぇよ。」

隣にいた、中年の兵士は吐き捨てるように言った。


別に彼だって、明確な答えを求めていた訳ではない。

ただ、
緊張と恐怖と、
何より、今にも破裂しそうなこの心臓を、少しでも落ち着かせたいだけだった。


見ると、彼の顔色は完全に血の気が引いて、紫色の唇は、ガチガチと音を立て、震えていた。


「なんだ?戦場は初めてか?」

そう尋ねてくる中年の兵士に、彼は黙って頷く。


「そうか、まあ散々言われたとは思うが、
俺からも1つだけアドバイスしておこう。」

そう言って、1つ咳払いをした後、

「いいか?俺達の部隊は何があっても撤退命令が絶対だ!
何を忘れても、それだけは絶対に忘れるんじゃねぇ!」


そう、その言葉は、戦場に出る前にも散々言って聞かされていた事だった。



そして、その直後にあがる信号弾。

「そう、あれは確か…殲滅戦の合図。」


勝敗がほぼ決まったような勝ち戦だからと言っても、
もちろん敵前逃亡は重罪だ。

「ちくしょう、やるしかないのかよ!!!」

死なない覚悟と相手を殺す覚悟。

無理矢理くくって塹壕を飛び出す。

「うぉぉおおお!!!!」
気合いを込め敵陣に走り込もうとする。

前に、


「バカ野郎!!!」

中年兵士の怒声が飛んできた。

「人の話、聴いて無かったのか!!!」


しかし、彼には何の事だか理解出来ない。


「撤退だ!さっさと此処を離れるぞ!」

再度、怒鳴られる。


「でも、あれは殲滅戦の合図では?」

兵士に付いて、走り出しながらも彼は尋ねた。


「そうだ!敵も味方も区別無く殲滅!

巻き込まれたくなきゃ、さっさと戦場から離れろ。

そういうこった。」


直後にあがる、コレまでとは比べ物にならない爆発音。


「ほら噂をすればなんとやら!我が軍のエース。ゼロ様のご到着だ。」

皮肉っぽく言って、音のした方をアゴでさす。




全速力で撤退しながらも、


彼は、

視界の端、

立ち上る土煙の中に、


燦然と立って戦場を見下ろす、
金髪の女性を、

見た様な気がした。


フワフワと漂う様に飛んでいる光の球は、優しい光を発しながら、目の前を漂っていきます。


見ると、こちらを振り返っていた晶子さんも、あっ、と間の抜けたような声を上げ、その光を見つめていました。


いや、晶子さんの視線はその光ではなく、私の後ろの方へ注がれています。


その視線を辿り、私も後ろを振り返ると、



そこには、おばあちゃんのお墓を囲む様に、たくさんの光の粒が浮かんでいました。


不定期的に、七色に光が変わる粒達が漂う景色は、


ただひたすらに幻想的です。



これとよく似た景色を、私は一度見たことがありました。


そう、私の病気が治った日。
そして同時に、大好きだったおばあちゃんの命日。


空に、虹こそ掛かっていないものの、

この光達は、あの日見たものに違いありません。


「おんなじだ…。」

勝手に口が動いていました。


「おばあちゃんの光?」

いつの間にか、後ろに立っていた晶子さんが尋ねてきます。


質問の意味はわかりません。
ただ、何故か意図は伝わってきた気がして、

私は、

「はい。」

と頷いていました。



「あの墓の中に、お骨とか入ってる?」


「はぁ…、確か…。」

詳しく憶えては、いませんでしたが、確かそんな話を両親がしていた気がします。


「ふ~ん、それで…」

晶子さんは、一人で納得したように唸ると、

「あの子、お酒弱かったのね…」

と、つぶやいています。


「えっ!!知らなかったんですか!?」

思わず、本日一番切れのあるツッコミを入れていました。


「いや~、なんとなく強いんだろうな~って思ってただけで…」


推測で、あんなに堂々とした態度で、お酒を選んだ晶子さんの潔さに、
軽く憧れすら抱いてしまいそうになりました。


「いや、でもこの綺麗な光景が見れたんだから、それも良しとしようじゃない?」


なんだか、凄く強引に、まとめようとしていました。
「本当に、綺麗なんだから…」

そう念を押すように呟いた晶子さんの顔は、


しかし、何処か悲しげでした。




二人で、会話も無く、その光景を眺めていると、

晶子さんは、小さく語り始めました。


「なんて言ったらいいんだろうな、
本当は、なんだか凄く嬉しいはずなんだよ。
綺麗だなって思えるはずなんだよ。

でも、素直に悦べないんだ…」


唇を噛み締め、拳を握りしめながら晶子さんは続けます。


「自分勝手なのは分かってる!

それでも…貴方のおばあちゃんを初めて見たとき予感があった!
直感があったんだ!!

この子は、私と似ているって、
おんなじなんだって!!


話しかけてみて、それは間違いじゃないと感じたよ。

話した時間は、決して多くはなかったけど確信したんだ!

間違いじゃないって!


そして、それはあの子も、同じ様に感じていたんだと思ってたんだよ!

さっきまではさ、」

そこで晶子さんは、一度、大きく背伸びをしてから、話しを続けました。


「でも、違ったんだ。


この一面に溢れる光を見たときはっきり分かってしまった。

なんだ、
あの子の内面は、こんなにも美しかったのか、あまりにも綺麗じゃないかってね…


気を悪くしないでね?
別に、貴方のおばあちゃんを悪く言ってる訳じゃ無いんだよ。


ただ、
それでも、根っこの部分では私等はおんなじだと思ってたんだよ、それがどうだい?

蓋を開けてみたら、光輝いてるじゃないか、眩し過ぎるぐらいに!


ははっ!

滑稽な話さ、勝手に勘違いして!浮かれて!喜んで!
とんだ笑い話だよ。」


力無く笑っている晶子さん。

そんな彼女に、私は語りかけます。


「晶子さんの悲しみは、今の私にはちゃんと理解出来ないけど、

貴方の言ってる事は違うと思います!」

はっきりと告げます。

「晶子さんは優しいです!
凄く優しくしてくれたし、一緒にいて楽しかったです!」


乾いた笑を浮かべながら晶子さんは言います。

「いいんだよ?
恵ちゃん、お世辞なんて言わなくたって?
第一、自分の事は自分が一番分かってるさ。」


それでも私は言い続けます。

「分かって無いです!
私はお世辞なんて言って無いです!

晶子さんは笑わせてくれたし、
歌だって歌ってくれました!
感動しました!
綺麗な歌でした!」



晶子さんの乾いた笑いは消えていました。

「もう辞めてくれない?恵ちゃん。
綺麗なのは歌の方であって私ではないわ。

勘違いして、浮かれて、挙句その子供に慰められて、
私ったら惨めすぎるじゃない?それに…」

「まだ会ったばかりの貴方に知った風な口を聞かれるのは
、ちょっとイラつくわ…。」

突き放す様な物言いは、拒絶と恐ろしい程の冷たさを含んでいました。


それでも私は食い下がります。


「辞めないです!」

「辞めろっていってんのよ!!!!」

罵声、
いや、怒声が飛んできました。
こちらを見る晶子さんの眼光は鋭く、刃物の様な冷徹さで私を睨んでいます。


「ごめんね、怒鳴ってしまって、でも、今、凄く気分が悪いの、だから今日はもう大人しく家に帰りなさい。」

有無を言わせぬ圧力を持って、話し掛けてきます。
いや、これはそんな優しいものでは無く命令でした。
決して逆らってはいけない命令。

それでも、私は言わなくちゃいけないと思いました。


「嫌です!」

瞬間、頬を激しい熱が焼きます。

いや、熱ではなく痛みと気付いたのは数秒後、頬を擦った指に赤い色が付いていたからでした。

刺すような憎悪の視線、それでも私は喋り続けます。


「晶子さん言いました。
私は悪い事何もして無いって!
嘘じゃ無いって言いました!


私はおばあちゃんを信じてます!
だからおばあちゃんが信じた友達も信じます!


おばあちゃんの親友は絶対私に嘘つきません!!!!」


強く晶子さんを見つめます。



刺すような視線は、
次第に、硬さを解いてゆき、
そして、私の知ってる優しい瞳に戻りました。


「あははっ、参った、降参。私の敗けだよ!」

大笑いし始める晶子さん。
「ったく、本当似てるわよ。」
目の端に涙を溜めながら、腹を抱えて笑っています。
豪快な笑い声は、
しかし、少しだけ震えていました。



ひとしきり笑った後、晶子さんは私を抱きしめ、

「ありがとう」

そう言いました。


抱きしめられている最中、あるアイディアが浮かびました。

「晶子さん!」

呼びかけ、私は首に掛けていたペンダントを外すと、

「これ、貰って下さい。」
そう言って晶子さんにペンダントを渡しました。

おばあちゃんが作った、魔除けのコインを2つ連ねたペンダント。


思い出の品ではあったけど、
おばあちゃんの遺品はお家にたくさんあるので、
友達の方にあげた方がきっとおばあちゃんも喜んでくれると思いました。


「いや、気持ちだけで嬉しいわ。」

そう言って晶子さんは、受け取ろうとしません。

「でも…」

私も食い下がります。


困った様にペンダントを見つめる晶子でしたが、

突如、あっと声をあげると、

「やっぱりコレ貰っておいてもいいかしら?」

と尋ねてきました。


「だから、あげるって言ってるじゃないですか!」

晶子さんは、フフっと小さく笑った後、

「律儀な奴。」


そう言って、お墓の方に駆けて行きました。


走る彼女の手には、いつの間にかマーガレットの花が握られていました。


おしまい
お酒を買ってから墓地に戻ると、

晶子さんは、お墓の隣に腰かけ、歌を歌っていました。

日本語でも、英語でも、無い言葉。


歌詞も全くわからないけど、その歌はなんだか優しい響きを持っていて、私はいつの間にか聴きいっていました。


「どうでしたか?お嬢さん?」

歌い終わり恭しく一礼して見せると、晶子さんはにこやかに近づいてきて、そう聞いてきました。


「あの、スゴく良かったです!」

もっと上手く、この感動を伝えたかったんですが、咄嗟に出てきたのは、そんなありふれた言葉でした。


「そうかい、そいつはどうも。」

晶子さんはそう言ってこちらへ歩いてきて、

「じゃあ、コンサートの報酬頂きますか~」

そう言って、いつの間にか私が抱えていたはずの日本酒を奪い、栓を開けていました。


「まだ飲むんですか~?」
私が驚きと呆れの入り混じった声を上げると、

「なによ~!いいじゃない。私のお金だし~。」

批難がましい目で、こちらを見ながら、

「本当、融通の効かなそうな所もそっくり!可哀想に嫌な所まで似ちゃったのね…」


そう言って、今度は悲しそうな表情で私の頭を撫でてきました。


「酔っ払ってるな~」

私の頭をぐりぐり撫でている晶子さんを、何処か他人事の様に観察しながら、そんな事を考えます。


お父さんもお母さんも、あまりお酒は飲まないので、こんな風に酔っ払って、感情を露にする大人を見るのはけっこう新鮮です。


なんだか面白いのと、珍しいので、思わず繁々と眺めてしまい、

気が付くと、かなりの至近距離で、目と目が合った状態になってしまいました。

「あっ…、」

なにか喋ろうとしたんだけど、次の言葉が出てきません。

最初の時も思ったけど、晶子さんの目はとても大きく、そしてその瞳の黒色は、恐ろしい程澄んだ色をしています。

そう、まるで全てを吸い込んでしまいそうな程、綺麗な黒…




「…ちゃん、恵ちゃん!」
晶子さんの呼びかけでハッと気が付きます。

「なによ、ボーとしちゃって…」


そう言いながら、私の顔を覗き込んでいました。


「ねえ!ちゃんと、きいてるの?」

っていうか目が据わっていました。


「…もう、まじめにきいてよね。」

口を尖らせ文句を言ってくる晶子さんの体は、フラフラと左右に揺れています。


「なによ~?その批難がましい目は~!」

黙って話を聞いていたら、今度は在らぬ因縁をつけ始めました。


「私がずっとお酒のんでて、一向におばあちゃんに手合わせないのが、そんなに気に入らないか~。」


激しい勘違いと思い込みによって、何故か私がすごく悪いみたいになってしまっています!
(というか、自覚してるならはやく手を合わせてくれればいいのに)


「はいはい、そんな顔しなくても分かってるわよ。やればいんでしょ?」

ヒラヒラと手の平を上下させると、晶子さんは改まっておばあちゃんのお墓に向き合います。


「全く、泣く子と手負いの獅子には適わないわよ。」
呆れた様に呟きます。

私のお願いは手負いの獅子と同等の力をもっているらしいです。
(っていうか、泣いてお願いした訳でもないけど…)


お墓の前の晶子さんは、目をつぶって静かに手を合わせると、

「やっぱり止めた、こんなしみったれたのは趣味じゃないわ。」

そう言い放ち、ずかずかとお墓の石段を上ると、見下す様に、墓石の正面に仁王立ちして、


「私の酒を飲め~~!!」

そう言って持っていた一升瓶を逆さまにして、墓石にお酒を浴びせかけ出しました。


私は呆気に取られてしまい、ただ呆然とその光景を眺めていました。


お酒を全てかけ尽くした後、

「ったく…」

しばらくそのまま立ち尽くし、

「…勝手に死んでんじゃないわよ…」

小さくそう続けました。



私はなんて声を掛ければいいか分からず、二人共動かないままに、時間だけが過ぎていきました。

先に、その沈黙を破ったのは晶子さんでした。


「ごめん…、なんかシラけさせちゃったわね…。」


申し訳なさそうにそう言った後、

よし。
っと気合いをいれた晶子さんの表情は、すでに笑顔になっていました。



「っていうか、やりすぎちゃったわね~、お酒も半分以上残ってたのに、勿体無い事しちゃったわ。」


かぶりを振って、酷く落ち込んでしまった晶子さん。

いや、
大袈裟な素振りで、嘆いているように見せている晶子さん。

と言った方が正しいでしょうか。


少なくとも、さっき晶子さんの本心を、垣間見てしまった私には、そう感じられました。



その後も、ふざけたり、おどけて見せたりしながら、度々話しかけてくる晶子さんでしたが、

私は、先程見せた寂しそうな表情が気になってしまって、

少し前までの様に、ツッコミを入れたり、軽口をはさんだりする事が出来なくなってしまいました。


次第に、会話も無くなっていき、無言の時間が増え、

「じゃあ、私、帰るわね。」

晶子さんは言いました。

「なんだか、最後は変な感じになっちゃったけど、恵ちゃんと会えて楽しかったわ。今日はありがとうね。」


私の頭を撫でてから、こちらに背を向けると、晶子さんは歩き出します。


なにか言わないと!

咄嗟にそんな考えが浮かびます。



けれど…

何を感じたのか、

何を言いたいのか、

どうしたいのか。


何もわからなかったけど、
それでも、
晶子さんが、そのまま帰ってしまってはいけないとだけは、はっきり感じました。


とりあえず、呼び止めなくては、
声を張り上げ呼びかけます。

「晶子さん!待っ…」


しかし、
私の声は、途中で途切れます。




目の前を、

光の球が漂っていました。