ローリング・ストーンズ野郎の雑記 -201ページ目
ローリング・ストーンズに関する雑記とその他

インド系食事もマレー系食事もとりたて「カライ!!」と思ったことはあまりないのですが、上のようなものを食べると、

「バンコクに戻ってきてしまったんだなあ」

と妙に気分が落ち着くのが、かなしい。
コーヒーショップの美人店長が運んできた、チキンハンバーグまたはつくねのグリーンカレーかけ。

ひとくちほおばったら、しばらくは口がきけない辛さでした。
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清志郎氏との親密な交友関係を任じる「ロッキン・オン」発行人としては、

「キヨシロー、RCを育てたのはオレ」

的な無自覚の自負があるのだろうけれど、「ロッキン・オン・ジャパン」に清志郎が出てるたびに僕はフクザツな気分とともに毎回買ってたものです。

「COVERS」が出た頃の雑誌ももうバンコクの手元にはないので、過去のインタビュー記事が再録されている特別号「忌野清志郎1951-2009」を買いました。

上の写真は有賀幹夫氏撮影の一枚です。

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カンボジアにもあって、ビルマにもあって、タイにもあるアメリカン・チャーハン。

ケチャップごはんにハム、ソーセージ、目玉焼き、トリの足一本の昔なつかしいオコサマランチの類ですが、十二歳になる里子がそのラーメン版をつくってくれました。

「マレー人の家に世話になっているのに、ブタなんて食べていいのか」

などとブスイなことは言わずに僕は涙をこらえながら、は大げさですが、ありがたくイタダキました。
メンはインスタントでも、スープはきちんとしたチキンのだし。

これは、バンコクの里親のかたわれににいってきかせなくては。

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今年二月の病気を機に、それまでペンディングになっていた案件を一気呵成に動かしたり、マレーシアのペナンに出入りする機会が急増してから半年以上が経過。

途中に、二月時よりもシリアスな健康状態に陥りましたが、今はこの二ヶ月で三度目のペナンです。
待遇もいいし、このままカルチャー教室 のチューター職におちついて、世界遺産の島で悠々自適に過ごしたい気分ですが。

写真の上側からの沿岸部は2004年12月のインド洋大津波でかなりの被害を受け、高層マンションの住人は階下におりられない状態にもなったのだそうですが、今は元気になりました。
ベルト着用のランプがつくまえに、いちおう、美人CAさんにカメラ使用を申告しました。

上の写真は下のカメの右肩部のあたりです。

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マレーシアのペナン島でもDVDが販売されていた映画「キャデラック・レコード」の主要登場人物の一人が写真のマディ・ウォーターズ。

上の動画「ローリン・ストーン」がブライアン・ジョーンズ率いるロンドンのアマチュア・バンドの正式なバンド名の由来となった話はあまりにも有名なエピソード。

何かのステージにあがる際に、自分たちのバンド名がなかったことに気づいたブライアンが咄嗟に思いついたのが「ローリング・ストーンズ」という名前だった、というのが今や通説となっています。