ローリング・ストーンズ野郎の雑記 -183ページ目
ローリング・ストーンズに関する雑記とその他

今年二月の緊急入院後にメインの仕事場に顔を出してみたら、僕の机がなくなっていた。

僕が大げさに誇張しているのではナイことは、タイフルーツさんは知っていると思います。
机の中や本棚のものはダンボールの中に無造作に放り込まれて、物置に投げ込まれていた。

「ギースさん、それで黙ってるんですか」

と多くの方々に同情されたけれど、「いや、心は晴れ晴れとしてますよ」というのがキレイごとでもなんでもない、僕の正直な実感でした。
以来、日本人の資本がからんでいない団体と企業に下駄をあずけて9か月になりますが、元をただせばタイ生活のハジマリがこんな感じだった。

「タイ人」のテキトーさにストレスをためていたのではなく、タイ人を扱いきれない(日本からの赴任ではない)日本人のあとしまつ、たとえば、自分が双方からのキラワレ者役を任じることに神経をスリ減らされていたダケだったんだなあ、ということもわかってきた。

よって、僕はもともとタイ人をうまく扱おうなどとは微塵にも考えていないし、むしろ、いいように使ってくださいませぐらいの気分しかないので、美人中国人アナウンサーをのぞいては周りはタイ人だらけの現在のチェンマイ滞在も苦にはならない。

写真の、ジミー・カーター元アメリカ大統領のNGOかNPOのパーティーでは、偶然にも、10年前にいっしょにお仕事をしていたタイ人とも再会した。
むこうは僕のヒゲ面が、はじめは誰だかわかんなかったようですが。
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ユーチューブをランブリングしてると、ロックの殿堂25年記念ステージの映像をヒット。

ミック・ジャガーとU2の「ギミー・シェルター」

ひとつだけ注文をつければ、女性ボーカルはアッチへ行ったりソッチへ行ったりしてるファギーではなく、ほかにもググッとくる人選はあったと思うんですが。
しかし、そんなことよりも、ミック・ジャガーさん、これで66歳だというのだから畏れイリマス。

ところで、チェンマイのホテルはD系なのでインターネットも「天地人」も問題ないと思いますが、もろもろの状況によってはコチラのヒト の連絡網を使う場合もあるかも知れません。

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右肩に大きなイレズミを掘りこんでいる女親分に、

「サワディークラップ(ごきげんうるわしゅうございます)」

と挨拶しにいっただけで、ビデオカメラ付きiPod nano を謹呈してくれるトコロが、今度は、黒革の手帖ではなく、赤革の手帖をくれた。
ただ、ずいぶんと立派な大判のシステム手帳はデカイし、ぶ厚いし、重いし、おまけに中身は今までみたことがないタテ型カレンダーもあったりして、来年もまた日本のポケット版を併用します。

去年の今ごろ はすでに年末年始モードでしたが、一度ならず二度までも大騒動を起こしてしまった今年はそういうわけにもいかず、明日から飛行機に乗って、十二年ぶりのチェンマイでお仕事です。
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1966年4月発表。
■収録曲
01.Mother's Little Helper
02.Stupid Girl
03.Lady Jane
04.Under My Thumb
05.Doncha Bother Me
06.Going Home
07.Flight 505
08.High And Dry
09.Out Of Time
10.It's Not Easy
11.I Am Waiting
12.Take It Or Leave It
13.Think
14.What To Do

アルバム体としてローリング・ストーンズをはじめて聴いたのは「メイド・イン・ザ・シェイド」でしたが、自分のお小遣いで初めて買ったストーンズのLPレコードがコレでした。

イギリス本国4作目にして初めての全曲ジャガー=リチャード(66年当時は「S」ナシ)で構成されたコンセプトアルバム。

という評価は僕は全然知らなかったので、とにかく、ジャケットがカッコイイという理由だけで買ったLPレコード。
1978年にはまだ「ディセンバーズ・チルドレン」のジャケットは未知の世界でした。

代表的な収録曲は「マザーズ・リトル・ヘルパー」「レディー・ジェーン」「アンダー・マイ・サム」「アウト・オブ・タイム」といった、いわずと知れた、女性蔑視ソングの代名詞。
また、曲づくりには参加できなかったけれども、ハープシーコード、ダーシマー、マリンバなどを自在に演奏するブライアン・ジョーンズがもっとも光り輝いて頃の一枚とも言われています。

ラジオのオンエアの都合上、一曲三分前後が主流だった時代に、ストーンズが十一分を超える「ゴーイング・ホーム」をアルバムに収録したことが、ビートルズを刺激し、「アフターマス」の一年後に「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」が登場してきたのではないか、と僕は思っています。

そうした大名盤も、あろうことか、本国英国では95年に、日本では97年末に一旦は販売終了となった時には、まるで自分が通っていた高等学校が廃校にでもなったかのような一抹の寂しさをおぼえたものですが、2002年にめでたく復刻。
「ヘルパー」のステレオミックスと「アウト・オブ・タイム」のフルヴァージョンはイギリス盤でしか聴くことができないだけに、歓迎すべき再CD化だった。
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バンコクにおけるMac人口が爆発的に激増しているとは思えないのだけれども、スノウ・レパード に続いて、解体清掃 のスリル感がなくなってしまったボタンフリーのマジックマウスも初回入荷数完売店が続出しているのだそうです。

個人的には今やマウスはデスクトップでしか使わなくなってしまったので、マウスよりも六年生になってしまった写真の、ベロベロになりかけているマウスパッドを新調したいのですが、「フォーティ・リックス」のボックスセット、探してみようかな。

紀伊國屋書店の上のフロアにあるCDショップには今年七月の時点では、まだ陳列されていたので。