デモ隊はカネをもらって、さわいでいる。
というのは、タイランドにかぎらず発展途上国では半ばジョーシキ化している普通の傾向だと思いますが、日本のマスコミ大手や人気テレビ番組がソレを言ってしまうと、
「人民」だとか、
「共闘」だとか、
「解放」だとか、そういう言葉が大好きな知識人サンたちからの集中砲火がヤッカイなのかな。
また、「サピオ」誌あたりは平然としてなのか、泰然としてなのか、
「うしろに中国がいるのでわ」
ぐらいは書き始めているころなのかな。
「ヤジンたちはいつになったら静かになるんですか」
とウンザリを通り越して絶望的なマナザシになってるのは、日本からのゴルフ客を世話しているコリアン老婦人だけではないのですが、赤シャツは占領区をさら
に拡大するとハリキッテいるのだから、たまらない。
人間の体にたとえたら、心臓の冠動脈の一本がすでに壊死した状態で、さらに2本の動脈を切断するゾ、と言ってるのに等しい残虐非道ぶりを発揮している。
内閣即時退陣も夢ではなくなってきて、増長の絶頂のある赤シャツは、平時
(写真)であれば東南アジア屈指の商業地区に位置する高額ショッピングセンター前広場でゴミ散らかしは当たり前、
糞尿タレ流し
のあさましい光景を展開中。
僕個人は「恥を知る」文化に生まれ育ったことを、いまさらながらに感謝しています。
これは、赤シャツを着ていないタイ人も僕と同じようなことを生理的に感じているのかも知れません。
↑は普段のショッピングセンター。
国民不在のまま、迷走を続けるタイ政局の五年の個人的ノート
~2005年
・一族企業をシンガポール企業に売却した利益をタクシンがひた隠しにし、巨額を脱税。
・タクシンの盟友であった有力新聞人が義憤とともにそれを暴露し、20万人規模の反タクシン運動に進展。
・脱税のみならず、麻薬撲滅推進運動における処刑執行(口封じ)の乱用、一族企業への優遇措置、医療費一律30バーツ制などの低所得者優遇政策による国家財政の逼迫、初級公務員による恐喝行為の多発ほか、「国家の私物化」が各方面の有識者から問題視され、タクシン陣営は孤立無援化。
2006年
2月
・タクシン下院解散。
4月
・主要野党3党ボイコット下での下院総選挙で愛国党圧勝。
・再組閣後に、タクシン自身が10月内の(再)総選挙の実施を表明。
9月
・10月総選挙を反故にする意向を残したまま、タクシン渡米。
・クーデターによってタクシン内閣退陣。
・クーデター発生後24時間以内に、国王陛下が国軍首脳に組閣を一任。
・組織されていない、中道派とされている一般国民もクーデターを支持。
10月
・元国軍司令官を首班とした暫定政権発足。
12月
・犯行グループ不明のバンコク連続爆弾テロ。
2007年
5月
・憲法裁判所が愛国党の結党過程その他を違法と判断し、同党に解党判決。
また、同党所属国会議員ほか100余名に公民権停止命令(ともに一審制)。
6月~8月
・同判決を不服とした愛国党支持者が暴徒化、80年代の宰相プレム枢密院議長宅を襲撃。
・暫定政権が草案した新憲法を国民投票が可決。
12月
・下院480議席の総選挙で旧愛国党勢力が過半数以上を獲得するが、比例投票では旧愛国党と民主党が拮抗。
2008年
1月
・一部不正のあった12月選挙の80余議席の再投票を経て、大物政党政治家サマックを首班にした民政内閣発足。
5月~8月
・内閣が新憲法改正を示唆したため、元バンコク都知事チャムロンらが組織する反政府運動が再燃し、先鋭化したデモ隊が一時は首相府施設に乱入。
・タクシンが06年9月以来の帰国。
・不動産不正売買でタクシン夫人に有罪判決が下った数日後に、北京オリンピック開会式への国賓級待遇の出席を装いタクシン夫妻はイギリスに逃亡するが、イギリス政府は政治亡命と認めず。
・タクシンは一族の資産を死守するために、逃亡劇の最中に夫人と偽装離婚。
9月
・サマック首相のタレント活動に違法判決がくだり、首相辞職ではなく失職。
10月~12月
・総選挙を経ずにタクシンの義弟が首相職を継いだため、反政府運動がさらに激化。
・反政府運動が国際空港運営を妨害。
・空港機能停止などの責任を問われてタクシン義弟首相が退陣し、単独野党の民主党党首アビシットが首相就任。
2009年
2月
・タクシン支持者が組織的に赤色衣類を着用し、下院解散総選挙を要求する反政府運動を開始。
4月
・パタヤで開かれていたアセアン会議場に赤シャツが乱入し、同会議は急遽中止。
・赤シャツがバンコク各所で暴徒化し、バンコクに非常事態宣言。
・非常事態宣言早期に首相が軍事行動を指揮し、デモ隊占領地を解放。
・武力衝突時に、赤シャツの無差別銃撃によって一般人2名死亡、重軽傷者多数。
9月
・赤シャツがバンコク大規模集会を計画するが、不発。
11月
・タクシンがイギリス新聞のインタビューに「国王の死後に我々の時代が到来する」と答えたことにタイ国内は騒然となるが、タクシンはインタビュー内容を頑強に否定。
2010年
2月
・病身老身をおして国王陛下の非公式発言「タイはみんなのもの」が各方面で波紋をよび、右傾マスコミは「みんなのものとは、タクシンのような売国奴は含んでいない」と拡大解釈をひろめる。
・最高裁判所がタクシンの私有財産の6割を不法所得と判断し、没収判決。
3月
・政府は赤シャツを抑制する理由で、バンコクおよび隣接県に治安維持法を発令。
以下略。