その昔、「一人一円募金」を提唱し、1970年代後半から90年代初頭にかけてインドシナ難民を支援してきた日本人が96歳の齢をもって、先日他界されました。
■<訃報>相馬雪香さん96歳=難民を助ける会会長
(「毎日新聞」11月10日)
■国際援助に尽力、「難民を助ける会」会長・相馬雪香さん死去
(「読売新聞」11月10日)
故人との想い出といえば、もうゆうに20年以上は昔になろうか、僕がまだ(たぶん今でも)ペーペーのシッタカ小僧だった頃に、
「ポルポト圧政時代に残酷無慈悲のかぎりをつくしたクメール・ルージュ系カンボジア難民のことも、他の難民と平等に援助するのは、ちょっとおかしくはないですか」
と素朴に質問したところ、「「おかしい」と思うのなら、こんなところで時間を無駄にしてないで、さっさと他のことでもすればいいじゃないの!」とエライ見幕で怒られてしまったので、僕は売り言葉に買い言葉よろしく、さっさと家に帰ってしまった若気の至りが、昨日のことのように懐かしい。
96年の人生をまっとうされた相馬さんぐらいの人物ともなると、「まあ、ワタクシが相馬先生の最後の弟子といったところかな」と自称し吹聴する人間は掃いて捨てるほどいると思いますが、僕の場合はむしろ、うしろあしで砂をかけるかような不忠者であったことを自負しているので、バンコクでひっそりと相馬さんの苦言に感謝しているところです。
「苦しさとうらみが強ければ...」は、手塚治虫「火の鳥・異形編」(写真)の主人公、八百比丘尼の名セリフ。
比丘尼の霊力をたよって寺にやってくる病人、ケガ人の中に異形の妖怪変化が混じっていることに吃驚仰天し、接触を拒否する可平(小間使い)のことを、比丘尼は、
「鬼か人かどうして見分けるのだ」
「へ?だって顔……」
「可平!苦しさとうらみが強ければ、人も鬼に見えることもあろう」
と一喝し、人間とお化けを分け隔てなく介抱するシーンが、今でも相馬さんの姿と重なる。
相馬さんのご尊父の尾崎咢堂翁が清濁あわせ飲むことを潔しとしなかったらしい(「天声人語」1954年10月7日)孤高にして崇高な政治家ならば、相馬さんは僕のようなナマイキな小僧が清濁あわせ飲むことで、
・「濁」だと思っていたのが実は「清」である場合もある (また、その逆も然り)
ことを知るのを教えてくれました。
