きっかけは「AB型の血液が足りない」だった | ローリング・ストーンズ野郎の雑記
3年前の12月26日早朝に発生したスマトラ沖大地震・インド洋大津波 は同日正午の時点でもバンコクでは「対岸の火事」だった。

昼下がりになって、国王陛下の肖像が打ち流されている被災地の映像がテレビに映し出されて、ようやく家の人間たちも色めきだった。
被災者救援センターは、「輸血用の血液が足りない。助けてください」と訴える。

日本人には信じられない話かも知れませんが、自分の血液型を知らない成人タイ人はけっして少なくない。
家人が「あんた、AB型やったね」と言うので、僕は献血後のリバウンドが厄介な高血圧症の手前、「いや、O型」と虚偽(遠慮)したかったけれど、バンコクの大学病院に連れて行かれ、400ccもの血液を抜かれた。

献血病院を紹介してくれた旧知のお役人に「人助けといえばギースさんだろう」とおだてられて、救援物資や休暇中の警察官の方々とともに僕がパンガンに到着したのは29日の昼でしたが、水のあるところの光景は想像を絶するものだった。
青く澄みわたった空だけが異常に平和でした。

それからの5日間の出来事は省略します。

しかしながら、そんな、忘れたい光景と思い出したくない体験以上に、この時期が来ると、プーケットの浜辺で犠牲になった日本人の幼い兄妹さんのことを思い出し、亡くなられた方々の冥福とそのご遺族の平安を祈ることにしています。