看板乱立文化の恐ろしさ | ローリング・ストーンズ野郎の雑記
日付的には一昨日の28日午後、僕は訪問先の高層ビルの32階にいた。
突然、窓ガラスがビシビシビシと大きな音を立てたので、室内にいた人々は原因もわからないまま戦慄した。

バンコク各所で突風が吹き荒れ、街路樹や看板類をなぎ倒してしまったらしい。
眼下の目抜き通りの中央分離帯の樹木の数本は根こそぎ吹き飛ばされ、舗道沿いの立て看板も飛散していました。

僕たちの周りでは「いや~、こんなスゴイ風って、あんまりナイよね」で終わったけれど、場所によっては巨大看板が落下し、その真下の屋台で食事していた女性を直撃してしまったのことだ。

そんな痛ましい事故は、英字新聞もトップ写真で掲載していた。
心の底から哀悼の念を禁じえません。

看板社会
この写真は毎度おなじみ「バンコク週報」 から。

僕が初めてバンコクに来た時にまず驚いたのは、空港から市内まで延々と続く、巨大看板群だった。
そこには「東南アジア」のイメージはなく、東京以上の派手さがあった。

その派手な看板は言い換えれば、消費文化のシンボル。
景気が冷え込んだ時は鉄骨ムキ出しのカラ看板も少なくなかったけれど、現在は派手さ加減がエスカレートする一方で、看板利権をめぐる争いごとも多い。

見た目は豪華な看板だけれど、それらの中には、ティーシャツにジーンズの低賃金チャンニーたちが鉄塔を登ったり降りたりしながら図面とにらめっこしている製作現場を見たことがある方々もいると思います。
聞き耳をたててみると、鉄塔のふもとで車座になってくつろいでいるニーチャンたちの会話はタイ語ではない場合もある。

それでももちろん、総責任者はいるだろうし、外資系広告代理店が仲介してればデタラメな工事体制はまず認めないはずである。

今回の事故を「テヌキ工事だったんだろ」といきなり決めつけたりはしないけれど、「なぜ崩壊したのか」の原因究明、賠償を「予想だにしない強さの突風だったからね。ちゃんちゃん」だけで完結させないことを願うばかりです。

ちなみに、3年ぐらい前にバンコクのデパートが老朽崩壊した事故を機に、当時のタクシン政権はバンコク各地のすべての建造物を安全点検し、危険建造物を特定したのはいいけれど、その後の行政指導はどうなったものなのだろうか。