国王陛下の御裁定でクーデター終息 | ローリング・ストーンズ野郎の雑記

クーデターのその後は、各種日本語ニュースでも伝わっている通り。


「無血クーデター」「クーデター成功」という表現には多少の物議もあるだろうけれど、夜中のクーデターから一夜明けてみると、空が明るくなったことで人心にもユトリが戻った


家の人間は19日から20日未明にかけて「マズイよね。また日本に行こうよ」とガラにもなく慄いていたクセに、ヒト眠りすると「マイ・ミー・アライ(なんでもない、なんでもない)」と何事もなかったかのように振舞っていることには、ビックリした。

「タイ人の強さ」(「能天気」ともいう)を改めて痛感した。

「愛国党構成員」とイバリくさってみたところで、100人エアロビクスのオバチャンらを取りまとめているだけなんですけどね。


らくがき


カメラ片手に街に出てみると、日系、外資系企業を含む大方の会社や、学校、銀行が休みになったこともあり、交通量が少ないこと以外はいたって平常どおりで、不穏な空気もナシ。

装甲車が集中したエリアでは、路上駐車の高級車にスプレー落書きをしているバカどもがいた(友人撮影)。

こういう愉快犯的お調子者が10人単位で出現したら、またヤバイ空気 に進展していったのだろうけど、国王陛下の「軍に国政を一任する」というお言葉が早い時点で明らかになり、事態は収束した。


国際世論の中には「民主主義の後退」と眉をひそめているムキもありますが、そんなリッパなものは元々タイにはない

むしろ、タクシン流金権政治を排除したことで民主主義に一歩前進した、と見るのが妥当なんじゃないだろうか。

向こう2週間以内に軍が組閣し、次期総選挙で再び民主的政権内閣が発足するものと思われる。

が、91年クーデターでは、このパターンを軍首脳が反古にしたことで暴動が起き、92年5月事件 に進展していったことを、タイ人は忘れてはいないだろう。


PMT

四角メンコは現在、イギリスに「亡命」中。

今さらながらだけど、一人で何役もやろうとしすぎた。

後続の人材がいなかったのか、目立ちたがり屋だったのか、おそらく両方だと思うけど、今回のクーデターがタクシンのサル芝居譲渡だったとしても、僕は驚きはしない。