別子銅山・端出場ゾーンの別子鉱山鉄道<愛媛県取材旅行(18)> | ゲイムマンの日本縦断紀行 + ご当地ゲーム制作・配信

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ゲーセンでゲームをプレイし、1面クリア毎に増える“ゲーム路銀”を交通費にして日本縦断を目指す「ゲーセン紀行」でしたが、ゲーセン巡りよりも、普通の観光旅行の方が主になってしまいました。

現在このブログ上でゲーム『香川県からの脱出』を制作・配信中。

 新居浜('15.8.12)

 

引き続き、マイントピア別子。
まずレストランで食事。入口が、別子銅山の最初の坑道「歓喜坑」の入口を模した姿になっている。
小エビのかき揚げ「どんでん丼」を食べる。太鼓のように円筒形に積まれた、かき揚げの迫力。
水樹奈々さん(新居浜市出身)オススメらしい。
食べ切れないほどの量に見えたが、ちゃんと食べられたし、おいしかった。

 


外に水力発電所の建物が見える。1912年(明治45年)に造られたそうだ。登録有形文化財。

 


下を流れる川の、滝壺の緑色が深い。
見上げると、山々に囲まれた場所だということがよくわかる。

 

13時に「東洋のマチュピチュ」こと、東平(とうなる)ゾーン行きのバスが出る。
乗るか見送るかだいぶ迷ったが、結局当初の予定通り、このバスには乗らず、端出場(はでば)ゾーンの鉱山観光を優先する。

 

新居浜市による東平ゾーンの公式動画

 


20分間隔で出ている、端出場の坑道へ向かう列車に乗った。
路線はかつての別子鉱山鉄道のルートで、機関車は市内の別子銅山記念館に保存されている明治時代のSL「別子1号」を再現したもの。
水樹奈々さん(新居浜市出身)のアナウンスが流れる。

 


石垣、トンネル、鉄橋を通る。トンネルも鉄橋も登録有形文化財。
(この写真は後で外から撮ったもの。鉄橋は足谷川鉄橋または打除(うちよけ)鉄橋と呼ばれている。1893年(明治26年)に建設された)

 


坑道入口に到着。かつて使われていた機械が並ぶ。

 


記念撮影スポット。

 


橋を渡って坑道に入る。

 


坑道の中は、ひんやり。温度計の表示は18.2度。
今日は外も暑くないが、昨日までの気候だったら、相当涼しいと感じたはず。

 


別子銅山の歴史を紹介する展示がある。
まずは最初の坑道「歓喜坑」の入口を再現。(実際はもっと山奥の、旧別子地区にあった)
1690年(元禄3年)、切上り(きりあがり)長兵衛が露頭を見つけたことに始まる。

 


江戸時代の採掘の様子を再現した江戸ゾーンから、近代ゾーンへ。
大きなジオラマが動く。
ベルトコンベア、リフト、鉄道、掘削機が導入されている。

 

採掘の拠点は、大正時代に旧別子から東平(とうなる)へ移る。1930年(昭和5年)、採鉱本部が東平から、ここ端出場に移されたが、東平にできていた町も引き続き賑わっていて、昭和40年代の閉山まで人が住んでいたらしい。

 

マイントピア別子

 

これまでの愛媛県取材旅行はこちら。

 

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