びわ湖浜大津('19.12.17)
浜大津の町側へ歩いてみる。
京津線の通る道。
4両編成の路面電車は、道路で見るとインパクトがある。
けっこう大人数で、テレビのロケをやっているところに遭遇。
何の番組かはわからず。
Google Mapを見たら、目的地を通り過ぎていたので少し戻る。
丸屋町というアーケード商店街。
雨だからこのアーケードはありがたい。
静かだが、店も人通りもそこそこある。
大津祭曳山展示館へ(入館無料)。
建物の前のスペースに、曳山(ひきやま)を描いた壁画がある。
毎年10月に行なわれる大津祭は、寛永15年(1638年)に始まった。
日吉大社の山王祭や、長浜曳山祭と並ぶ湖国三大祭の1つで、長浜と同じく曳山の巡行がメインとなっている。
まず1階の大型スクリーンで、祭の映像を見る。
大々的なお祭りであることがわかる。
係の方のお話によると、京都の祇園祭がベースになっているが、それぞれの曳山に、からくり人形があるのが特長。
ディズニーランドのパレードみたいに、特定の場所で止まって、所望(しょうもん)とよばれるからくり操演を行なう。
曳山は13基あり、それぞれ個性的。
ほかの地域の曳山にみられるような、大きな倉庫はなく、祭りのたびに組み立てて、終わると解体して保存する。
わずか半日で組み立てられるらしい。
道が狭いので、3輪になっているのも、大津の曳山の特徴。
後ろの見送り幕に、ベルギーの織物が使われている曳山もある。
(同じ織物の一部が、祇園祭にも使われている)
本祭の前夜に行なわれる宵宮(よみや)では、曳山に提灯が飾りつけられ、町の各所に展示される。
翌日の本祭(ほんまつり)、午前9時に13基が天孫神社に集合し、町なかを夕方まで巡行する。
曳山の上から、厄除けの粽(ちまき)が撒かれるというのも独特。
昔は祇園祭でもやっていたらしいが、祇園祭では現在、販売のみ行なっている。
粽といっても、葉っぱで作った入れ物だけで、餅は入っておらず、これを家の門口に飾ると厄除けになるそうだ(蘇民将来の伝説にちなむ)。
2階に、曳山を彩る彫刻や金具などの懸装品(けそうひん)が展示されていた。
2ヶ月毎に展示替えがあり、私が見たのは「郭巨山」という曳山のもの。
唐獅子牡丹の見送幕が派手。
各曳山のからくりの映像が見られる。
それぞれ、能楽や謡曲、中国の故事などがモチーフになっている。
孔明祈水山のように、元ネタにないシーンが描かれているものもあり、興味深い。
諸葛孔明が趙雲に命じて、矛で岩を突かせると、水が湧き出すというからくり。
この水で曹操の大軍を押し流したという話と、水がなくて困ったときに土を掘って泉を見つけたという話が伝わるが、どちらの話も三国志には出てこない(正史・演義とも)。
「三国演義」では、赤壁の戦いで、火計に有利な風が吹くよう、孔明が天に祈って風向きを変えさせる場面がある。
この風に乗って、曹操軍の船についた火が燃え広がり、曹操は退却を余儀なくされた。
この火攻めが、水攻めに変わって伝わった経緯を知りたいと思った。
(単純に、火攻めだとからくりで再現しにくいから、水に変わったのだろうか?)
曳山の、原寸大の模型が展示されている。
2階から見るとこんな感じ。
この曳山は「西王母山」。
謡曲の「東方朔」で、崑崙山に住む西王母が、3000年に1個しか実らない桃の実を、皇帝に捧げたという話に基づいて造られている。
ただし所望は、この話とはあまり関係がなく、桃が割れて中から男の子(桃太郎?)が出てくるというもの。
曳山展示館を出たところで、西王母山を正面から撮ってないことに気づき、外から撮影。
びわ湖大津観光協会 びわこビジターズビューロー(滋賀県)
JRおでかけネット(JR西日本) 京阪電気鉄道
※旅のマップはこちら。
※これ以前の「日本縦断ゲーセン紀行」はこちら。
・第234回 遂に大津から京都へ(びわ湖浜大津→大津→山科→六地蔵)
・第233回 かつて明るい廃墟と呼ばれた地(堅田→ピエリ守山)
・第232回以前
・大津(第224回~)
・八日市、野洲~草津(第222回~)
・テーマ別記事一覧
(ひたちなか海浜鉄道各駅探訪など)
スマホ用無料ゲームを作っています。
「脱出ゲーム 新入社員・江須恵(えすけい) 例のプールに閉じ込められた!」