近江八幡('18.10.22)
昨日来た、かわらミュージアムの中を通って、八幡堀を渡る。
広い通りを東へ進むと、まるでリゾートホテルのような外観のヴォーリズ学園。
引き返して、鍛治屋町バス停の角を南へ。
メンソレータム創業者の名を冠した、ハイド記念館・教育会館。
ヴォーリズが設計し、1931年(昭和6年)に建てられた。
ハイド記念館は幼稚園舎として長年使われた。
そして、ヴォーリズが後半生を過ごした家。
現在はヴォーリズ記念館となっている。
予約すれば見学できるが、いつ来られるかわからなかったので、予約していない。(しかも月曜定休)
外観だけ見る。
木の質感が生かされた下見板張りの外観。落ち着きがある。
夫人のために和室も造られたらしい。
昭和6年の建物が、よくこうして残っているもんだ。
残している方々の活動が素晴らしい。
ヴォーリズ学園
西へ。永原町の旧扇吉もろみ蔵にも、ビエンナーレの作品あり。
この永原町通りにも、古い商家が建ち並んでいて、いい雰囲気。
昨日訪れたボーダレス・アートミュージアムNO-MAはこの先。
さらに西へ。
アンドリュース記念館。
1907年(明治40年)に竣工した、ヴォーリズ建築第一号。
ヴォーリズの大学時代の親友だったが、若くして死去した、ハーバート・アンドリュースの遺族の資金をもとに建てられ、YMCA会館として使われた。
2階にナッツとドライフルーツの店があるらしいけど、入らなかった。
今日まだ昼ごはんを食べてないので、喫茶店だったら入ろうと思ってたけど。
中から体操の掛け声がする。介護予防支援センターがあるらしい。
瓦屋根や窓の意匠など、他のヴォーリズ建築より和風なところがある。
アンドリュース記念館の向かいに、社員宿舎として1940年に建てられた旧地塩寮。
地塩寮という名前は、新約聖書の「地の塩・世の光」(人々にとって欠かせないもの、役に立つものの意)に基づく。
この言葉はヴォーリズ学園の学園訓にもなっている。
アンドリュース記念館の隣に、近江八幡教会。
アンドリュース記念館と同じ年に設立されたが、火事で全焼し、1983年に再建された。
※旅のマップはこちら。
※これ以前の「日本縦断ゲーセン紀行」&地図はこちら。
・第221回 豊臣秀次と恋人の聖地(近江八幡)
・第220回 近江商人にあやかりたい(近江八幡)
・第219回以前
・安土、近江八幡(第218回~)
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